子の学力に影響を及ぼした「具体的な親の行為」とは?…ふたごの研究から判明【慶應義塾大学名誉教授が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年9月28日 15時0分
(※写真はイメージです/PIXTA)
子どもの学力には、遺伝的・環境的な影響があるとよく言われます。しかし実際に「遺伝」や「環境」は、それぞれ子の教育過程とどれほど関係があるものなのでしょうか。本記事では、日本における双生児法による研究の第一人者である安藤寿康氏の著書『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新聞出版)から一部抜粋し、「遺伝」と「環境」それぞれが子の学力に与える影響について、ふたごの比較に基づいて解説します。
遺伝と環境を分けて考える
子育ての仕方が学業成績とどの程度関係しているかについては教育心理学や発達心理学、 最近では教育社会学や教育経済学の研究者たちが、さまざまな成果を出してきています。
たとえば親が子どもの自律性を尊重すること、しつけに厳しすぎないこと、読み聞かせをしてあげることなどが、子どもの学業成績と関係あるという結果が報告されています※。
ただこうした研究はえてして親が原因なのか子どもが原因なのかの区別をしにくいという問題があります。親が子どもの自律性を尊重して子ども扱いせず一人前の人間として育てようとしているから子どもの成績がいいのか、子どもの成績がいいから自ずと親も子どもの自律性を尊重できるのかわかりません。
さらにこれらの研究が扱っていないのが、まさに「遺伝」です。ひょっとしたら、親の知的で本好きな傾向が子どもに遺伝的に伝わったから、子どもの成績も伸びたのかもしれません。
行動遺伝学はこうした問題に、遺伝と環境の影響を分けて因果関係を示すことができます。
パーソナリティや発達障害・精神病理にはほとんどかかわっていない共有環境が、知能や学業成績には無視できないほどかかわっています。これはとりもなおさず、同じ家庭で育ったきょうだいが、遺伝要因の個人差とは別に、環境の違いからくる影響を受けて、互いに似ているということです。
そしてこれがだいたい学力の場合は30%くらいかかわっています。遺伝50%には及びませんが、それでもかなりの効果量を持っているといえるでしょう。特に学力の場合は、学校で習う勉強をする環境が家庭で与えられているかどうかが成績を左右します。
当たり前のことですが、いくら算数や理科の成績に遺伝の影響が50%もあるからといって、生まれつき掛け算九九やつるかめ算や連立方程式を解けるわけはありませんし、ましてや遺伝子の中にリトマス試験紙が酸性だと赤くなるといった知識が書き込まれているはずはありません。
ヒトはそれらを学ぶ環境に置かれたときに、脳の中にそれを理解し問題を解くための何らかの変化を起こします。それを起こしやすい神経ネットワークや神経伝達物質の分泌を、その子どもがもともとどの程度、遺伝的に持ちあわせていたかの違いが、遺伝の影響として算出されるわけです。
その前提として、そもそも「それらを学ぶ環境」がどのように、どの程度あったかも影響するのは言うまでもないことです。それでは親が家でいつも子どもに勉強しなさいと言い続ければ、子どもの成績はそれなりに上がるのでしょうか。あるいは世界文学全集や問題集をたくさん買って、子ども部屋に置いておいてあげればよいのでしょうか。
親の育て方が子どもの学力にどう影響するのか…ー双生児法から考える
私たちの研究では、学齢期のふたごの子どもとその親を対象に、家庭での環境、子ども自身の勉強へのとり組み方、そして学業成績との関係を調べました※。
双生児法による行動遺伝学的分析手法が他の分析手法と違って優れているのは、遺伝の影響と環境の影響を区別して因果関係を明らかにすることができるということです。
これまで、一卵性双生児と二卵性双生児の類似性を比較することにより、ある形質に影響を及ぼす遺伝と環境の程度を推定することができることをお話ししました。
「一卵性が二卵性よりもよく似ていれば、それには遺伝の影響がかかわっていると判断でき、さらに一卵性の類似性が二卵性を上回る程度が大きければ大きいほど、遺伝の影響が大きいと判断できる。逆に一卵性双生児も二卵性双生児もどちらも似ていたとしたら、それは遺伝によるのではなく、二人が経験を共有することのできる共有環境がかかわっていたと推察できる。さらに遺伝要因も共有環境要因も等しい一卵性ですら似ていないとしたら、その分は一人ひとりに固有に効いている非共有環境の影響である」これは身長や体重、知能や学業成績、外向性や神経質さなども、ある一つの形質として考えたものでした。この考え方は、因果関係について考えたい二つの形質にあてはめることができます。
たとえば親が子どもに本の読み聞かせをすることと学業成績との関係について考えてみましょう。これは子どもにより多くの読み聞かせをすることが原因となって、それによって学業成績が良くなるという結果をもたらすと考えられがちです。もしそうなら一卵性双生児のきょうだいでも二卵性双生児のきょうだいでも、同じように親が読み聞かせをするほど成績が良くなるという関係が見られるはず。
つまりふたごの一方にたくさん読み聞かせをしていれば、一卵性であろうと二卵性であろうと、もう一方の子どもにも同じようにたくさん読み聞かせをしており、その結果、卵性にかかわらず子どもの成績は良くなっているはずです。これならば 「共有環境」が原因です。そしてふたごの一方への読み聞かせの程度と、そのふたごのもう一方の学業成績とが、一卵性でも二卵性でも同じように高く相関するはずです。
しかしもしこれが遺伝が原因だったらどうなるでしょう。
つまり子どもが遺伝的に学業成績が良いほど、親も子どもによりたくさん読み聞かせをしたとしたら、一卵性のきょうだい間ではこの因果関係が同じ程度に現れますので、一方への読み聞かせの程度ときょうだいのもう一方の学業成績の相関が高くなりますが、二卵性だときょうだいで遺伝的に違いますので子の相関は低くなります。
この考え方に基づいて統計的な解析をすることで、読み聞かせと学業成績との因果関係が遺伝と共有環境、そしてさらには非共有環境によってどの程度を説明できるのかを推定できるのです。
学力に影響を及ぼした具体的な親の行為とは
ここでご紹介する調査は、科学技術振興機構(JST)の資金で首都圏に住む双生児家庭を対象に行ったかなり大規模なもので、小学校低学年だけでも784組もの双生児家庭が参加してくださいました。小学校低学年の結果が興味深いので詳しくご紹介しましょう。
子どもの学業成績は、算数と国語についてどの程度の成績を取っているかを4段階で答えてもらっています。小学校低学年の子どもはまだ自分でアンケートに答えるのは難しいので、調査はすべて親のアンケート報告、つまり親による主観的な意識評定によって行われています。
しかも学校による評価の違いは反映されていませんから、本当の学力かどうかは確かではありません。しかしそれでも次のような興味深い結果が浮かび上がってきました。
子どもの学力評定に統計的に有意にかかわっていることがわかったのは、次の4つの項目でした。
①読み聞かせや読書の機会を与えてあげること
②親が子どもに「勉強しなさい」と言わないこと
③子どもをたたいたりつねったりけったりしないこと
④子どもを自分の言いつけ通りに従わせること
このうち一番子どもの学力に影響を及ぼしていたのは読み聞かせや読書の機会(①)で、その個人差だけで子どもの学力のばらつきの5.1%を説明します。ところがその内訳を遺伝と環境に分けて見てみると、さらに細かいレベルで興味深いことがわかります[図表1]。
親が子どもに読み聞かせしようと思っても、子どもがそれを聞こうとしなければ成り立ちません。一方、子どもがいくら読み聞かせをしてほしいと思っても、親の方にその気がなければやはり成り立ちません。
さらにふたごのきょうだいは、一卵性であっても個性があり、いつも一緒に同じだけ読み聞かせをしているとは限りませんから、どちらか一方によりたくさん読み聞かせをしている場合もあるでしょう。子どもが本の読み聞かせを聞こうとする傾向は遺伝の影響として、親から読み聞かせをする傾向は共有環境の影響として、これらの影響力を、行動遺伝学の分析は統計的な手法によって算出することができるのです。
そしてその結果、子どもが親から読み聞かせをしてもらいたいと思う遺伝的傾向の影響力が0.9%、親が子どもたちに読み聞かせをするという環境的働きかけの影響力が3.9%、そして特に一人ひとりに個別に読み聞かせをする環境的働きかけの影響力が0.3%強あることが示されました。
これは子どもの読み聞かせに対する遺伝的素質いかんにかかわらず、親自身の積極的働きかけによって4%近く、学力を上げる可能性があることを意味します。これはかなり大きな効果があるといえます。
※ https://www.blog.crn.or.jp/report/02/273.html(安藤寿康〔2020〕格差と学業成績-遺伝か環境か) https://www.blog.crn.or.jp/report/02/291.html(安藤寿康〔2021〕小学生の学業成績に及ぼす家庭環境の影響-遺伝要因との関わり) https://www.blog.crn.or.jp/report/02/297.html(遺伝と環境が学力にどのように影響するか—家庭の社会経済的背景、親の教育的関与、本人の努力、そして遺伝)
安藤 寿康 慶應義塾大学名誉教授・教育学博士
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