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税務調査官「以前と変わらずお忙しい?」会長「おかげさまで!」何気ない会話に潜む落とし穴…安易に「役員退職金」を受け取ってはいけない理由【税理士が解説】

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月31日 9時15分

税務調査官「以前と変わらずお忙しい?」会長「おかげさまで!」何気ない会話に潜む落とし穴…安易に「役員退職金」を受け取ってはいけない理由【税理士が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

今回の事例の主役は、息子に経営を引き継いだ上田さん(70歳)です。社長の座を息子に譲り渡すと同時に、自身は取締役会長に。株式承継が有利になると聞き、そのタイミングで「役員退職金」を受け取りましたが、これが思わぬ悲劇を生むことに……。手続きはすべて正しく行っていたのに、いったい上田さんに何が起きたのでしょうか。さっそく見ていきましょう。

(※本記事で紹介する事例はフィクションです。)

上田さん(仮名)は現在70歳。関西を中心に居酒屋チェーンを展開しているT社の創業者であり、現在は取締役会長を務めている。今から遡ること10年、自身が定年を迎えた頃、事業承継を意識するようになり、後継者には息子を指名。株式承継は「10年以内」と設定し、令和4年に満を持して株式を贈与したが、待っていたのは最悪のシナリオだった。

還暦を迎え、「代表取締役社長」から「取締役会長」へ

上田さんは関西の大学を卒業し、最初は大手コンサル会社に就職。順調にサラリーマンとしてのキャリアを築いていたが、「好きなことをやりたい」という思いから30代前半で退職、妻とともに大阪で飲食店をはじめた。その後はサラリーマン時代に得た経営ノウハウを活かし、競合がひしめく飲食業界でも頭角を現すことができた。

そんな上田さんも50代に。T社は上田家で守っていってほしいという想いから20代後半の息子に「将来的な引き継ぎを前提としてT社に入ってくれないか」と打診し、なんとか承諾してもらうことができた。

息子の入社から数年後、上田さんは還暦を迎えた。ちょうどその頃、同世代の経営者が「会長」や「顧問」と呼ばれるようになっており、自身も「会長」への就任や退職について興味が湧いていた。

顧問税理士に相談すると「上田さんが会社から完全に引退してしまうと顧客や従業員の不安が高まるおそれがある。息子さんが独り立ちするまで、『取締役会長』として残られてはどうか」との助言があり、上田さんはこれを採用。「代表取締役社長」の座は息子に譲り、自身は「取締役会長」に就任することとした。

顧問税理士「役員退職金を支給すれば自社株の評価が下がる」

上田さんが代表取締役を下りる際、顧問税理士から「非常勤になり、役員報酬を大幅に減額すれば役員退職金を支給することができ、上田さんが保有している自社株の評価が大きく下がる。株式承継のチャンス」との話があった。

上田さんは「お金はいらない」と考えていたが、「株式承継の一助になるのであれば」という思いから役員退職金の受給を決断。自社株を引き受けてくれるという息子の気持ちも改めて確認した上で株式承継を実行する決意を固めた。

令和4年3月、T社の臨時株主総会が開催され、上田さんの役職は代表取締役社長から取締役会長に変更されることが決定した。同時に、上田さんに対する役員退職金の支給についても決議された。その後、T社は決算日である3月末までに役員退職金を支給し、5月下旬には決算、税務申告を完了させた。

同年6月中旬、顧問税理士が試算した自社株評価の結果を踏まえて息子と議論した結果、6月末に上田さんと息子は株式贈与契約を締結することに合意。翌年の令和5年3月、贈与税申告が完了。贈与税は予め試算していた通りであり、納税資金には困らなかった。これをもって株式承継が完結したはずだった。

T社の税務調査が実施されることに

令和5年12月、税務署から顧問税理士あてに「T社の法人税、消費税の税務調査を実施したい」との連絡があった。その際、「3日間のうち1~2時間で構わないので、会長、社長にもお話を伺いたい」との申し出があった。

コンスタントに利益を出しているT社にとって税務調査は特別なことではなかった。また、税務署からの要望についても顧問税理士から「めずらしくない」と聞いていたため、特に気にしていなかった。

税務調査当日、税務署の方が3名で来社。T社は経理部長と顧問税理士のほか、都合をつけた上田さん、息子も午前中だけは同席することとした。

税務調査が始まると、会社沿革、商流、主要取引先などを聞かれ、上田さんが「いつも通りだな」と感じた矢先に初めて経験する質問があった。

「会長は今も変わらず忙しいのですか?」

上田さんは思いのまま答えた。

「ええ、おかげさまで。息子が独り立ちするまでは頑張るつもりです」

税務署「役員退職金の損金算入は認めない」

迎えた最終日。税務署が税務調査の総括を行った。それは上田さんにとって驚くべき内容だった。

「会長の勤務実態や経営の関与度合いを総合的に鑑み、実質的に退職しているとは言い難い。したがって、役員退職金の損金算入は認めない」

続けて税務署からは「取締役として残っていたとしても役員退職金を損金算入できる余地はあるが、役員としての地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることが損金算入の要件となる」との説明があった。

税務署から根拠資料として示されたのは上田さんを最終承認者とする「稟議書」と上田さんの会社に対する影響力がよく分かる「経営会議の議事録」、あとは代表取締役退任前後で勤務時間が一切変わっていないことが一目瞭然である「勤怠管理システムの履歴」。税務署は調査期間中に確認したこれらの事実を総合的に鑑み、「退職前後で上田さんの職務内容が激変したとはいえない」として、損金算入は認めないと判断した。

贈与税の修正申告も必要に

税務調査から2か月。上田さんは顧問税理士と相談の上、税務署に対して何度も抗弁したものの税務署側の主張が覆ることはなかった。

最終的に「税務署との話し合いがこれ以上長引ければ会社に悪影響を及ぼす」と考えた上田さんは税務署の指摘を受け入れ、令和4年3月期の法人税の修正申告を行った。

さらに、役員退職金の損金算入が認められなかったことで自社株の評価が下がらず、息子が行った令和4年分の贈与税申告についても修正申告が必要になった。自社株の贈与自体をなかったことにはできないため、甘んじて贈与税の修正申告に応じた。結果的に息子はT社から多額の借入をし、納税資金に充てることとなった。

安易な役員退職金の支給はトラブルのもと

役員退職金は一度に多額の経費を計上できるため、法人税負担の軽減だけでなく、自社株評価の引き下げも期待できることから事業承継と組み合わせて検討されることが多い。

しかし、実質的に引退することができない経営者や本気で引退する気がない経営者に対して支給する役員退職金は、上田さんの事例のように損金算入することはできない。将来税務調査が行われて修正申告をすることになった場合には、法人税だけでなく自社株に対して課税された贈与税についても対応が必要となる。

では、上田さんと違って取締役として残らずに退任しておけば問題なかったのかというと、必ずしもそうではない。たとえ形式的に役員を退任していたとしても、実質的に退職していなければ上田さんと同じ結果になるリスクはある。

税務上、「実質的な退職」の明確な基準は明らかにされていないが、以下のような客観的事実が見受けられると役員退職金の損金性に疑義が生じると考えられる。

・現経営陣が最終的な経営判断を求めている

・常に経営会議に出席し、一定の発言をしている

・社内稟議の承認者になっている

・退職前後で勤務形態が変わらない

・退職前後で会社から受け取る報酬が激減していない

・社長室が残されている 

etc.

こういったことから、上田さんのような事態にならないよう役員退職金の支給については慎重に行うべきだといえる。

岡本 啓司

税理士法人プレアス 代表 税理士

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