「一生働く」覚悟が必要…老後は2,000万円以上必要である確かな理由。多くの日本人が“受け入れるしかない現実”【弁護士がデータをもとに解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月4日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
少し前に話題となった「老後2,000万円問題」は、高齢夫婦無職世帯が30年間で約2,000万円の不足が生じるという試算に基づいています。しかし、この試算には考慮されていないポイントがいくつか含まれており、多くの人が老後に予期しない事態に直面する可能性が高い、とブラック企業被害対策弁護団に所属する弁護士・明石順平氏は言います。本稿では、明石氏が、こうした誤解が広まった背景と、実際に老後に必要となる資金について詳しく解説します。
貯蓄2,000万円以上ある世帯は“4割程度”
いわゆる「老後2,000万円問題」と騒がれたのは、今から5年以上前の2019年6月3日付金融審議会市場ワーキンググループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」がきっかけであった。
「2,000万円」の根拠は次のとおりである。
2017年の高齢夫婦無職世帯の一ヵ月の平均実支出は26万3,718円、一方、平均実収入は20万9,198円。その差はおおむね5万4,520円。これが30年続く場合、5万4,520円×12×30=1,962万7,200円。合計は、約2,000万円となる。
この計算には、介護費用等の特別な支出が含まれていない。さらに、住宅ローンの返済も入っていないので、住宅ローンの返済を既に終えていることが前提となっている。
しかもこれは「高齢夫婦無職世帯」であるから、単独世帯は含まれていない。高齢単独世帯の場合にどれくらいお金が必要になるのかは不明である。
2023年の「世帯主が65歳以上の世帯(2人以上)」の貯蓄分布を見ると、平均値は2,462万円だが、中央値は1,604万円であり、貯蓄が2,000万円以上ある世帯は全体の4割程度しかない。
「物価上昇」は考慮されていない
上記推計の最も大きな問題点は、物価上昇を考慮していない点であった。実質賃金算定の基礎となる消費者物価指数(持ち家の帰属家賃を除く総合)で見てみると、報告書が発表された当時と比べて、物価は6.6%上昇している。
この物価上昇分を単純に加えると、老後に必要なお金は、2,000万円×1.066=2,132万円となる。このように、物価が上昇していくと、それだけ必要なお金も増えていく。
物価上昇の最も大きな要因は急激な円安
この物価上昇の最も大きな要因は急激な円安である。
2019年当時は1ドル110円程度であった。しかし、今年になって一時は1ドル160円を超えた。つい最近円高方向に動いたが、それでも1ドル140円台後半であり、2029年当時とは比較にならない。
この急激な円安が最も大きく反映されているのが、輸入物価指数である。2020年を100とする指数で見ると、2019年当時は110程度であったが、2024年6月時点で172.3である。
輸入物価の高騰は、遅れて国内物価に反映される。したがって、今後も物価上昇傾向は続くと見た方が良い。
円安は「日本だけ金利が異常に低い」ことが原因
円安の最も大きな要因は、他国に比べて金利が低すぎることである。
コロナ禍の大規模な金融緩和・財政支出にロシアのウクライナ侵略が重なったことにより、世界中でインフレが進行した。そのインフレを抑えるため、各国の中央銀行は政策金利を引き上げたが、日銀だけは低金利のままだった。
つい最近、政策金利を0.25に引き上げたが、それでも国際的に見れば異常に低い水準である。セントラル短資FXが掲載している各国政策金利を見ると分かりやすい。
このなかで政策金利が1%にも届かないのは日本だけであり、日本の次に低いスイスですら1.25%である。
日本だけ異常に低い金利になっている理由は、自国のGDPとほぼ同じ規模の大量の国債を日銀が保有しているからである。金利を上げると莫大な評価損が生じ、実質的債務超過に陥る恐れがある。また、日銀当座預金の金利引き上げに伴う利払費の増加によっても債務超過になる危険がある。
他国と違って金利を大きく引き上げることができないため、為替介入を繰り返して無理やり円安を抑える必要がある。つい最近のわずかな利上げで円高方向に転換できたのでしばらくは延命できるかもしれないが、再度利上げ圧力がきた際にそれに応えることができなければまた円安が進む恐れがある。
人口予測が物語る“現実”……「一生働く」覚悟が必要
今後、円安がどこまで進行するかは不明である。したがって、「老後〇〇万円が必要」と議論することにあまり意味は無い。
円安を脇においても、そもそも人口予測からして、高齢世代を支え切れるようになっていない。
人口は既に減少に転じているが、年齢構成の割合を見ると、生産年齢人口(15歳以上64歳以下)と、14歳以下の割合は減少し続ける一方で、65歳以上人口の割合は増え続ける。生産年齢人口割合は2070年には52.1%になるが、65歳以上人口割合は38.7%である。
このように、長期的に見れば生産年齢人口で高齢人口を支え切れるはずが無いのである。これは政治が努力してどうにかなる問題ではなく、受け入れるしかない現実である。
なお、このように人口が推移するのは日本だけではない。OECD加盟国の中で合計特殊出生率が人口置換水準(2.07)を超えているのではイスラエルのみであり、他は全て下回っている。したがって、程度の差はあれ、先進国は日本と同じような運命を辿る。「一生働く」覚悟が必要である。
「年金に関する老後不安」に付け込む詐欺師に注意
年金に関する将来不安に付け込んでくるのが詐欺師であるので、注意を促したい。警察庁の発表によると、令和5年1月から12月末までに都道府県警が認知したSNS型投資詐欺及びロマンス詐欺に係る被害発生状況は、SNS型投資詐欺が約277.9億円、ロマンス詐欺が約177.3億円、合計で約455.2億円となっている。
私の専門分野の一つがこのような消費者被害なので、詐欺被害の急増は身をもって実感している。
典型的なパターンは、インスタグラムのストーリーやフェイスブックの広告を通じて誘導され、ラインの友達登録をして「投資家」等と称する者とつながり、言われるがままお金を預けるが戻ってこない、というものである。AIを利用した「FX自動売買」「仮想通貨自動売買」を売りにした詐欺が頻出する。そして、詐欺師達は「老後の年金に期待できないので投資をする必要がある」などと言ってくる。
お金の支払い手段は指定銀行口座への振込によることが多い。この場合、当該口座への凍結申請をして、残高があれば仮差押・本訴提起をして回収できることがある(全額回収は稀だが)。詐欺師の方は凍結に備えて複数口座を準備し、振込がされた途端に引き下ろすため、凍結をしても残高が数百円しか無いこともある。なお、口座凍結申請は弁護士に依頼してやってもらう方法もあるが、警察に相談すると警察の方から銀行に凍結申請をしてくれることが多い。
今のところラインは登録電話番号の開示に極めて消極的であるため、ラインのやり取りの相手を特定するのは基本的に期待できない。そうなると、詐欺を行った者を被告として訴訟提起することもできなくなる。したがって、ある程度被害額を回収できるのは、凍結口座に残高があった場合に限られるのが一般的である。
この場合、凍結口座の名義人を相手として仮差押や本訴提起をすることになる。名義人は個人の他、会社名義(合同会社が多い)のこともある。
凍結口座の残高は、預金保険機構の「振り込め詐欺救済法に基づく公告」というページで確認できる。
既に警察に相談して口座凍結済みの場合、このページを自分でチェックし、目的の口座の残高がある程度存在することを確認できたら弁護士に依頼するのが費用対効果から見て合理的である。なお、凍結から公告まで2~5ヵ月程度かかる。また、仮差押等の手続は公告から2ヵ月以内にする必要がある。
いつ公告されるか分からない上に、公告されてからの期間制限があるので、毎日チェックする必要がある。
弁護士による2次被害も
注意しなければならないのが、弁護士による2次被害である。投資詐欺被害は一般的に言って回収可能性が高いとは言えない。そういったリスクをきちんと説明せず、「回収できる」ことを強調して受任する弁護士がいる。
一般人を相手にした弁護士の報酬体系は基本的に着手金と成功報酬からなっており、全く回収できないようなケースでも、着手金だけは得ることができる。したがって、着手金欲しさにリスクを説明せず、受任する弁護士が出てくるのである。
このような弁護士の見分け方としては、法律相談を弁護士自身が対応しないとか、着手金が高いのに成功報酬が異常に低い(回収額の1~2%等)という点が挙げられる。また、ネットで大々的に広告展開していることも多い。詐欺に引っかかるのも要注意だが、その後に弁護士の2次被害にひっかかるのにも注意していただきたい。
最後に強調しておくが、「ネット上の儲け話は全部詐欺」である。例外など無い。「これは本当ではないか」と思ってしまう人が引っかかる。また、副業を検索して詐欺に引っかかる人も激増している。ネットで儲け話や副業を探すのはやめた方が良い。詐欺師はあなたの想像以上にネット上にたくさん存在する。
弁護士
ブラック企業被害対策弁護団所属
明石順平
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