借地人が勝手に「借地権譲渡」して大トラブルに発展…「借地権の相続税を払った」と主張する借地人に、地主は「そんなの関係ねー」と大激怒、はたしてその結末は?【税理士が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月2日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
地主と借地人の間で、借地権の譲渡をめぐってトラブルになることがある。借地人が借地権割合で算出した相続税を支払ったことで借地権を主張し、地主の承諾を得ずに勝手に借地権を第三者に譲渡してしまうのだ。地主は古い借地権契約では契約当初に権利金をもらっていない。しかし、地主と借地人が裁判までいかずに折り合いをつけるため、地主はこれまで借地権譲渡対価の10%程度の譲渡承諾料をもらって泣き寝入りすることが多かった。足掛け3年をかけ、もらってもいない借地権利金を取り戻した事例を元国税査察官の上田二郎税理士が解説する。
「使ってないからいいよ」と大昔に善意で貸した土地が…
強くなりすぎた借地人の権利をより柔軟にし、借地による土地の供給増加を図るために「新借地借家法」が平成3年に制定されてから33年が経過した。
土地の賃貸借を規律する法律は、民法の制定時から様々な改正を経て借地人の権利を強固なものにしてきた歴史がある。
本来借地権とは、建物を所有するために土地を借りる権利なのだが、他の不動産と同様に物件性の高いものに変化し、借地権として土地を貸した場合、地主の権利が相当に低くなる現象が生じた。
加えて、相続や贈与の計算の基礎となる財産評価「路線価」が借地権にお墨付きを与えた。路線価図では借地権割合が自用地価格に対して30%から都心商業地では90%にもなる。
昨今では借地権を新たに設定する場合には、その対価として権利金の授受がごく普通に行われていると言うが、戦前から貸している土地も多い。
特に関東圏では関東大震災で多くの建物が倒壊、焼失し、この救済のために施行した「借地借家臨時処理法」が借地の供給を増やした。
大昔に「使ってないからいいよ」と善意で貸した土地。当時は権利金に関する法律もなかったために権利金の授受はない。
「更地にして返してね」との口約束で少額な地代。経済成長とともに土地神話で地価が上昇しても、簡単に地代を上げることができず低廉地代のまま。借地人は「借り得」だ。
借地の家を相続するケースも増えてきたが、当初契約時に権利金の授受があった土地も、なかった土地も同等の評価額で本当に良いのか。
とある地主が直面した借地権トラブルを事例に、時代に取り残された借地権問題について考えたい。
地主の承諾なしに借地権を譲渡?
国税庁が公表する路線価図には借地権割合が表示されている。
相続した建物が借地上にあれば、その自用地価格(自分の土地である場合の評価額)に借地権割合をかけて評価額を算出する。路線価による評価額が1億円で借地権割合が70%なら、借地権評価額は7,000万円になる。
この借地権割合がひとり歩きしているように思えてならない。
「相続税を納めたのだから自分のもの」と、地主の承諾を得ずに借地権を譲渡する者が現れ、地主とトラブルになっている。
ここで理解を深めるために、借地権の変遷を簡単におさらいしたい。
借地権は、建物を所有するために土地を借りる権利だ。大正10年に制定された借地法(旧借地法)では、借地契約期間(法定期間)が満了しても、未だ借地上に建物が朽廃せずに存続していれば、借地人は地主に対して更新請求をすることができるとされ、地主が更新に応じない場合、借地人は地主に対して建物の買取請求権を行使できることとした。
これによって、地主は建物を買い取りたくない場合には契約を更新せざるを得なくなった。
その後、昭和16年に旧借地法の一部を改正し、借地期間が満了しても建物が朽廃せずに残っていれば、地主がその土地を自ら使用するなどの正当な事由がない限り、借地契約は自動的に更新される「法定更新制度」が導入された。
この改正によって、借地権の物権化が強く意識されるようになり、地主はいったん借地権を設定すると、土地を取り戻すことが事実上困難になった。
さらに、昭和41年には地主の承諾に代わる裁判所の許可制度が導入され、借地権の譲渡または転貸を地主が承諾しない場合でも、裁判所が地主に代わってその譲渡に許可を与えることができるようになった。
これによって借地権の物件化がさらに進み、いったん土地を貸すと相続などによって借地権者が代わっても地主側から借地契約の解除をすることができず、結果として半永久的に土地が戻ってこないことになった。
このように、土地の賃借権を規律する法律はさまざまな改正を経て、強固になりすぎた借地人の権利をより柔軟にするべく、平成4年8月から現在の「借地借家法」が施行されるに至った。
突如、土地の借地権が8,600万円で売り出された
ここで実際にあったケースを紹介したい。
この借地は東京近郊の私鉄の駅から徒歩3分の商店街にあるが、賃貸を開始した100年前には駅がなかった。使用後には無償返還する口約束によって低廉地代での賃貸が始まったが、当時は借地権料などの概念もないため権利金の授受はない。
最初の賃貸借契約は昭和54年。それまで口約束だったものを市販の「土地賃貸借契約書」を使って書面にした。
令和4年、突然この土地の借地権が8,600万円で売り出された。地主は地主の不動産管理会社からの連絡によって知ることになった。管理会社は不動産専用サイトに地主の土地の借地権が売り出されているのを見つけた。
地主があわてて借地人に電話をするが、「譲渡承諾料は弁護士を通じて話し合う」との返答。そして借地人から不動産仲介会社の名前が通知された。
その後、仲介会社を通じて新たな土地利用計画書が送付されるのだが、そもそも自分の土地の借地権を勝手に売り出され、しかも現在の低廉な地代までも新たな借地人に引き継ぐ内容に、地主が納得できなかった。
地主は仲介会社からの譲渡提案をすべて拒否した。その後1年が経過し、ついに借地人から面会要求の電話が入るが、地主は「裁判所に訴えてくれ」と一切の交渉に応じなかった。
そして、地主から借地人に対して次の条件を提示した。
①借地権譲渡対価(8,600万円)には、契約当初(100年前)に地主が受け取るべきだったキャピタル・ゲインが含まれている。更地価格の60%を借地権と主張するなら、契約時に支払うべきだった借地権利金のキャピタル・ゲインとして譲渡対価の40%(100-60%)3,440万円を支払え。
②地代は駅前商店街であるにもかかわらず、長らく固定資産税・都市計画税の2.8倍に抑えてきたが、新たな借地人地代は固定資産税・都市計画税の5倍を支払え。ちなみに近隣他者の地代は固定資産税・都市計画税の4~6倍に設定している。
「借地権割合」を主張するなら「相当な地代」も考慮すべき
紹介事例では、過去45年間に地主が借地人から受け取った更新料を含む地代の総額は3,550万円。そのうち固定資産税・都市計画税1,200万円を地主が負担している(45年以上前の地代台帳は残っていない)。
貨幣価値の変化もあって、地主がもらった地代の総額(45年間)と現在の借地権価格を比較してもあまり意味はないが、借地人が手にする譲渡代金は地主に支払った地代総額の2.4倍にもなる。
国税の通達では、借地権の設定に際して権利金の授受がない場合、自用地価格の6%を「相当な地代」としている。これで計算すると、路線価でも460万円(182,800円×420㎡×6%)になるが、査定した更地価格(1.43億円×6%)なら860万円だ。
これに対して地主が受け取る地代は年間92万円にすぎない。国税の通達による借地権割合を主張するなら「相当な地代」も考慮するべきだろう。
国税庁が定めた「借地権割合」によって、地主と借地人の間に巻き起った不安感や不信感そして憎悪。無用なトラブルによって、先々代から100年続いてきた良い関係がもろくも崩れ去った。
最後は不動産取引…どちらが着地を望んでいるのかで決まる
地主の要求から1年が経過し、借地人から謝罪の申し入れがあったという。
両者間で協議を重ね、地主が借地権を買い戻すことで合意した。話し合いになれば、落としどころはどちらがこの取引を望んでいるのかで決まる。買取価格は4,000万円。更地の査定価格1億4,300万円の28%で着地した。
地主は近隣の土地で同様の問題を抱えていて、是非とも裁判所での決着を望んだのだが、借地人が下りた形だ。
100年前に権利金の授受がなく、低額な地代で貸した土地。2世代下って地主に対する感謝を忘れ、商売がうまくいかずに地代負担が重くなっての行動だったのだろう。
「もらってもいない借地権料」など認められない
借地人が借地権を勝手に売却しようとした原因は、借地権割合で算出した相続税を支払ったことが原因だったと聞く。
地主は毅然とした態度で交渉にあたるべきだ。相続税を支払ったのは借地人と関与税理士の問題であって、借地人と地主との関係には影響を及ぼさない。
権利金の授受がなく「相当の地代」を支払っていない借地権利金には、キャピタル・ゲインによる地主の取り分が含まれている。借地権割合が60%ならその60%が借地権者の取り分。つまり更地価格の36%(60%×60%)を「相当な借地権割合」とすると、双方が納得できるのではないか。
それでも合意できなければ、最後は裁判所に判断を委ねるしかない。裁判所は借地権の残存期間、借地に関する従前の経過、賃借権の譲渡または転貸を必要とする事情、年間地代や更新料、その他一切の事情を考慮して、当事者間の利益の公平を図って承諾に代わる許可を与える。
もし裁判所が決めた額が不服なら、地主が裁判所の決定額で借地権を買い取ることもできる(借地権優先譲受申立)。
借地権割合による財産評価がひとり歩きしているように思えてならない。借地権設定当時に権利金の授受がなく、固定資産税などの3倍以下で貸す低廉地代の借地は相当数残っている。当初貸付から2世代下って地主との関係も薄れ、借地上の建物も朽廃してくるころだ。事例のような借地権譲渡も増加するものと思われる。
古くから貸している地主からすれば、もらってもいない借地権料をもらったとする借地権割合など認めることはできない。このようなケースなら「裁判所に決めてもらいましょう」と主張することを勧める。
元国税査察官・税理士 上田二郎
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