年収380万円の49歳男性「本当につまらん暮らしです」…7年前は沖縄に正月旅行→リストラで給与が激減。妻は不機嫌、娘も息子も“休み返上”で働く〈貧困家庭〉の実態【ルポ】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年9月14日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
家賃月5万4,000円の公営住宅で妻と2人の子と暮らす49歳の山崎哲郎さん(仮名)。数年前まで建材メーカーの技能職として充実した日々を送っていた彼は、現在の生活を「本当につまらん暮らしです」と吐き捨てます。リストラによって人生が激変した家族の事例から、日本の貧困家庭の実態をみていきましょう。ルポライター増田明利氏の著書『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)より紹介します。
技能職をリストラ→40代で調理師見習いになった49歳男性
<登場人物>
山崎哲郎(49歳・仮名)
出身地:東京都町田市/現住所:東京都板橋区/最終学歴:高校卒
職業:給食サービス会社調理師/雇用形態:正社員/収入:年収約380万円
住居形態:公営住宅/家賃:5万4,000円
家族構成:妻、長女、長男/支持政党:特になし
最近の大きな出費:セラミックファンヒーター購入(約6,800円)
世間全体が年末年始休みモードにある1月2日。年末年始4日間の特別出勤を終えて帰宅したのは夕方5時近くになってから。両手には朝方に妻に頼まれた食品やトイレットペーパーなどを抱えている。ところが家のなかは空っぽ。妻も息子も娘も出払っていて、寒さがひとしお身に沁みる。
現在の仕事は給食サービス会社の調理師。いつもは別の保険会社の社員食堂&カフェテリアで働いているのだが、暮れの30日から臨時応援で大学病院に出勤していたのだ。
「本来の配置先会社は28日が仕事納め、なので社食も昼でおしまいです。だけど病院はお盆休みも正月も関係ないし、人手が足りないのでヘルプで入ってくれと頼まれまして。年末年始だからといって特に予定もありませんからね。賃金は割増しで特別手当も出すからというので首を縦に振ったんです」
会社から要請された出勤日は12月30日から1月2日までの4日間。30、31日は11時から20時まで。元旦と2日は6時から15時までの勤務ということだった。
「やることは入院している患者さんたちの病院食の調理、配膳、洗い物など。年末年始は一時帰宅する患者さんが多いけど、定員の8割はベッドが埋まっているそうです。だから作業量はほぼ普通の勤務状態だということでした」
現在は調理師として働いているが、元々の仕事は建材メーカーの技能職。
建材メーカーの技能職から調理師に転職したワケ
「工場で住宅関連品の製造を担当していたんです。玄関ドア、窓枠、網戸、屋根材、天井パネル、床用タイル。こういったものの設計や金型の作成、生産ラインの運転を担当していました」
工場勤務だが作業班の管理職に昇進できた。しかし2016年初めにリストラがあって退職、約4ヵ月後に今の会社に採用された。
「まったくの畑違いだけど仕事を選べる身分じゃないですから。当時で43歳だったので正規雇用で働けるところを優先させたんです。厄年過ぎて非正規じゃまずい」
調理補助員で入社し見習いからスタート、調理師免許を取得できてからは主任、副調理長と肩書も付いた。
「だけど給料は安いです。もう6年目になるけど手当込みの月給が30万円に届かない。期末手当込みの年収だって380万円台ですからね。はっきり言っちゃうと年収は以前より120万円以上も減っています」
こんな状況なので生活は縮小に次ぐ縮小だ。前の会社にいたときは千葉、埼玉エリアで勤め先まで1時間強ぐらいの距離なら中古マンションぐらい買えるかもと期待していたが、こんなに収入が減ってしまっては家を買うどころではない。夢のマイホームは諦め、ずっと都営住宅で暮らしていくしかないと思っている。
「健康にも無頓着になってしまいましたね。わたしは高脂血症と高血圧で内科・循環器科の医院に通っていたけど、血液検査と28日分の内服薬で4,900円ぐらい払うんです。そんなに悪くなっていないようなので9ヵ月前から通院するのを止めちゃったんです」
脂っこい食事は避ける、塩分もひかえる、食べ過ぎない。これで誤魔化していた。
「タバコも止めましてね。これも健康のことよりお金のことを考えてです」
その甲斐あってか、先々月に別の内科クリニックで検査してもらったところ、検査数値はギリギリで正常の範囲だったということだ。
「趣味といえるものはなく、たまに息抜きでスーパー銭湯に行くぐらい。女房も不機嫌なときがあって、くだらないことで喧嘩しそうになる。本当につまらん暮らしです。金銭面が良くないと生活全般が悪い方向へ行く。これが現実だと思う」
時給1,100円…臨時出勤もありがたい現実
だから4日間の臨時出勤がありがたかったのも事実だ。
「さっと計算したら1日出ると約1万5,000円ぐらいになる。4日働いたら6万円の増収になるはず。この金額は大きいですよ。だけど元旦の早朝に出勤するのはつらかったよな」
家を出たのは早朝5時10分頃。この時刻だとまだ辺りは薄暗い。寒さもきつく、ニット帽と不織布のマスク、手袋、ダウンジャケットという出で立ちでも風邪をひきそうだった。
「1日やれば先月に受けた虫歯の治療費が回収できる。3日やったら冷蔵庫を買い換えられるぞ。4日皆勤したら家賃分になる。そう思って頑張りましたよ」
6万円を使うのは簡単だが稼ぐのは大変だと思い知らされた気分だ。
「仕事自体は大変なものではありません。むしろ病院食は揚げ物がないから楽な方だった。カロリー制限や塩分制限されている患者さんもいるので盛りつけはグラム単位で慎重にしなくちゃならないけど」
年末年始でも入院生活をしている患者さんにとっては、3度の食事だけが楽しみということもあるので、温かくて美味しいものをという心づもりで働いた。
「自分のところもそうですが、応援出勤した大学病院の管理責任者も人手不足が深刻だとぼやいていました。アルバイトにしろパートさんにしろ簡単に辞めちゃうそうです」
アルバイトもパートも時給は早朝勤務で1,200円。9時から終業までは1,100円。これでは人が来ない。
「慣れればつらいことはないけど、若い人だとコンビニや飲食店の方が時給は高いからね。東京23区は売り手市場みたいだから地味で時給は普通レベルだと見向きもしないのでしょう。正社員募集にも反応がないって話ですから」
そんなわけで休みに入っている現場から駆りだされたわけなのだ。
「わたしは、このご時世だから50歳直前の自分が、もっと見てくれがよく賃金が高い別の仕事なんて就けるわけないと思います。文句を言わずに働くしかないです」
正月気分はまったくなかった…娘・息子もお正月返上で働き詰め
家は妻、大学2年生の娘、高校1年生の息子という4人家族だが、この年末年始は家族全員が働いていた。
「妻はもう5年ホームセンターでパートをやっていまして。今はデパートもスーパーも元旦から普通に営業していますからね。妻も29日から2日まで5日間のローテーションを組まれていたので普通に出勤していました」
奥さんの勤務時間は14時から18時までの4時間。やはり大晦日も元旦もなかった。
「大学2年生の娘はファミレスでウェイトレスのアルバイト。高校1年生の息子も郵便局で年賀状仕分けのアルバイト。よく働く家族でしょ」
大晦日は夜更しして元日はちょっと朝寝坊。お雑煮やおせち料理をつまみながらビールといきたいところだが、そんな正月気分はまったくなかった。
元日の朝食は出勤途中のコンビニで買った菓子パン2個とペットボトルの緑茶。これを地下鉄のホームで電車待ちの間に掻き込んだだけ。昼は賄いの焼き魚定食。何とも味気なかった。
「2日は娘が夕方から閉店までの勤務。息子はアルバイト終わりに学校の仲間たちと映画を観に行ったので妻と2人の夕飯だったけど、食卓に乗ったのは西友で買ってきたアジフライとポテトサラダ、インスタントの味噌汁だけ。まったく正月らしさはなかった」
一家4人が顔を揃えて食卓を囲めたのは3日の夜になってから。
「妻がスーパーで値引き処分になったおせちパックを買ってきたので、それをつまみながら缶ビールを1本。正月らしいことはこれだけだった」
特に会話が弾むということもなく、面白くもないバラエティー番組を観ながらの味気ないものだった。
「わたしの方は両親共に鬼籍に入っているのですが、妻の方はお2人とも健在で横浜で暮らしています。正月ぐらいは全員でご挨拶に出向くのが筋ですが今年は伺えませんでしたね」
山崎さん宛に来る年賀状も激減した。前の会社にいたときは職場の上司や部下たちから20枚ほどの年賀状が届いていたが、辞めた今はまったく交流が途絶えた。
「辞めた直後の正月は、かつての上司や部下が『新しい道で活躍することを願っています』という言葉を添えた年賀状を送ってくれたけど、次の年には1枚も届かなかった。会社での人間関係なんてこんなものですよ」
今年、親戚以外で年賀状をくれたのはメガネ屋さん、自転車販売店、保険のおばちゃん、お寺の住職さんだけ。
7、8年前までのお正月は奮発して家族全員で沖縄旅行したり、デパートに福袋を買いに行ったり、会社の仲間たちと明治神宮へ初詣に行ったりして賑やかなものだったが、今年は日当1万5,000円目当てで働き詰め。我ながら嫌になる。
「3日夜のニュースで空港の帰国ラッシュや新幹線のUターンラッシュを取り上げていたけど、我が家にはまったく無関係なこと。冗談で次の正月はハワイへ行くかと言っても家族には無視された。悲しいね、ホント」
電気、ガス、水道などのインフラ関係に従事している人、運輸関係の人、警察や消防の人、医師や看護師、元日の朝に新聞を配達してくれた人、郵便屋さん……。年末年始に働いている人は沢山いる。
「こんな風に思ったら仕事の疲れも少しは和らぎました。贅沢は言えないもの」
4日からは配置現場で通常業務に戻ったが、保険会社の若手君から「ゆっくり休めましたか?」と声を掛けられたときは適当に受け流しておいた。
「別の現場に行って早朝から働いていましたなんて言いたくないですから」
しがないおじさんだって見栄もあればプライドもある。だけど、今年もあまりいいことはなさそうだ。
増田 明利 ルポライター
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