こんなに働いてきて、まだ働かなきゃいけないんでしょうか…。勤続41年・64歳会社員、コツコツ貯めた「貯金2,000万円」で幸せな老後に夢膨らませるも、背後に迫り来る「老後破綻の影」【FPの助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年8月30日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
老後資金としていくら必要になるかは人それぞれ。どの家庭でも「我が家はこれぐらいあれば足りるかな」と考えながらお金の準備をしているのではないでしょうか。しかし、そうした計算を大きく狂わせるのが「物価の上昇」。今年の5月には「老後には4,000万円必要」という衝撃的なニュースも報道され不安が広がりました。そこで今回は、年金生活が始まるまでに2,000万円貯めた大橋さん夫婦を事例に、老後資金計画の落とし穴について南真理FPがアドバイスを交えて解説します。
老後資金の準備はバッチリ!晴れて仕事から解放されるはずだったが…
大橋秀夫さん(64歳)は来年3月末に継続雇用されていた会社を退職する予定で、いよいよ年金生活がスタートします。これまでは仕事漬けの人生。老後は妻桃子さん(64歳)と家でゆっくり過ごしたり旅行やゴルフを楽しんだり……そんな生活が始まるのを心から楽しみにしていました。
「これまでは仕事のストレスで休日を心から楽しむこともできなかった。でも、そんな生活もあと少しでお別れだ。これでようやく自由になれる」
営業一筋41年。とはいえ仕事が好きなわけではなく、生きるために仕事を頑張ってきました。大橋さんはこれまで数十年に渡って続けてきた会社員生活が終わることが嬉しくてたまりません。このように悠々自適に老後生活を楽しもうと思えるのも、現役時代にコツコツ貯めた2,000万円があるからこそです。
実は、大橋さんは60歳で仕事を辞めたいと思っていました。しかし、「老後は夫婦で2,000万円必要」というニュースを見て、その考えを改めたのです。老後に貧しい生活をして暮らすのは嫌だ。だったら身体が動く今頑張ろうと65歳まで働き、節約も頑張って貯金を増やしたのでした。
しかしある日、妻の桃子さんから「ここ数年で食料品や日用品の値段が上がっているでしょ。年金と今の貯蓄で本当に老後生活を安心して過ごしていけるのかしら」と、言われハッとしました。
確かにここ数年色々なものが値上がりしている感覚はありましたが、どこか他人ごとだった大橋さん。妻の一言をきっかけに、老後資金は本当に十分なのだろうかと、急に不安に感じ始めました。
「2,000万円もあるんだ、大丈夫に決まってる。でも念のため…」こうして大橋さん夫婦は、ファイナンシャルプランナー(以下、FP)に今後のライフプランについて相談することにしました。
【相談者プロフィール】
大橋秀夫さん(64歳):会社員。来年3月退職予定。
大橋桃子さん(64歳):無職(以前はパートで夫の扶養内で勤務)
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〈65歳からの大橋さん夫婦の年金受給額〉
・世帯の年金合計:228万円(手取り年208万円、月約17万円)
・大橋さん年金:147万円
・妻 桃子さん年金:81万円
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〈65歳からの大橋さん夫婦の支出予定額〉
・世帯の年間支出合計:273万円
・生活費(食費、日用品費、光熱費、通信費):年144万円
・住居費:年9万円
・保険料:年12万円
・車輛費:年22万円
・娯楽費等:年86万円
----------------------------------------
〈娯楽費内訳〉
・旅行代:年20万円
・ゴルフ代:年36万円
・孫にかかる費用:年30万円
※娯楽費等は大橋さん夫婦75歳までかかる支出として予定。
大切な老後資金に物価上昇が与える影響は計り知れない
私たちが普段の生活で購入する商品やサービスの価格がどれくらい変動しているか示すのに「消費者物価指数」という指標が用いられます。総務省統計局の公表(注1)によると、消費者物価指数は2020年を100とした場合、2024年6月時点で108.2に上昇しています。そして、今後2024年度から2026年度にかけて物価上昇率は2%程度で推移するとも予想されています(注2:日本銀行経済・物価情勢の展望より)。
公的年金は物価スライドといって賃金・物価の変動率に応じて年度ごとに改定されます(注3)。ここ数年の物価上昇を受け、年金額も増加傾向にあるものの現役世代の負担軽減のため引き上げ率は調整されており、物価上昇に追いついていないのが実情です。
FPがライフプランでシミュレーションしたところ、物価が現状のまま横ばいであれば、大橋さん夫婦が80歳時の貯蓄が約1,100万円、90歳時約1,300万円となります。しかし、もし仮に年2%物価上昇が続くと、家計の年間収支は65歳以降すべてマイナスとなります。そのため貯蓄を毎年取り崩していくことになり、夫婦80歳時の貯蓄は約750万円、90歳時は200万円となることが判明しました(物価スライドは考慮せず)。
大橋さんはFPから告げられたシミュレーション結果に愕然としました。
「老後自由に暮らすために、しんどい思いもして2,000万円貯めてきたのに。物価が上がることがこんなにも家計に響くなんて。一体どうすればいいんだ…」
注1:統計局ホームページ/消費者物価指数(CPI) 全国(最新の月次結果の概要) (stat.go.jp)
注2:経済・物価情勢の展望(展望レポート) 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp) 展望レポート gor2407b.pdf (boj.or.jp) pdf P3(2)物価の中心的な見通し参照
注3:物価スライド|日本年金機構 (nenkin.go.jp)
65歳以降も無理ない範囲で働き、年金を繰下げるという合わせ技
物価上昇率が年2%と想定した上で、FPは大橋さん夫婦に「年金の繰下げ」について説明しました。年金は66歳以後75歳までの間で繰下げて増額した年金を受け取ることができます。1ヵ月繰下げるごとに0.7%増額され、それが一生涯続きます。仮に70歳まで年金を繰下げれば、42%増額した年金を受け取ることができます(注4)。
なお、老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰下げることができます。大橋さん夫婦が70歳まで年金を繰下げた場合、
・大橋さん…65歳から受け取り:147万円 ⇒ 70歳から受け取り:208万円
・妻 桃子さん…65歳から受け取り:81万円 ⇒ 70歳から受け取り:116万円
となり、65歳からの世帯年金合計額228万円(月19万円)を70歳に繰下げることで、324万円(月27万円)受給でき、年間96万円(月8万円)年金が増えることになります。ただし、社会保険料などが差し引かれるため手取り額はこれよりも少なくなることには留意する必要があります。
そして、繰下げ期間中は、年金がゼロになってしまうため無理のない範囲で働いて収入を得ることも考えるべきでしょう。それによって貯蓄の取崩しを最小限にすることができるからです。
例えば、65歳から70歳まで夫婦それぞれで年間100万円ずつの収入があった場合、5年間の総収入と総支出を比べてみましょう。
〈65歳から70歳まで5年間の家計収入〉
5年間の世帯の収入総合計:1,000万円(手取り合計約900万円)
【内訳】
・大橋さんの収入:500万円
・妻 桃子さんの収入:500万円
----------------------------------------
〈65歳から70歳まで5年間の家計支出〉
5年間の世帯の支出総合計:1,395万円
【内訳】
・生活費:750万円
・住居費:45万円
・保険料:60万円
・車輛費:110万円
・娯楽費等:430万円
5年間での収支は、約500万円の赤字となるものの大橋さん夫婦は、2,000万円の準備がありますので、十分に賄っていける金額です。70歳からは繰下げで増額した年金を受給することができ、80歳時の貯蓄は約1,500万円となります。人によって安心できる貯蓄の額は違うとしても、このくらいのまとまった金額があれば不測の事態にも対応できるのではないでしょうか。
しかし、年金の繰下げには、注意点もあります。70歳まで繰下げたとすると、受取総額で65歳受給開始を上回るには82歳まで生きる必要があります。つまり早くに亡くなってしまうと繰下げしても意味がありません。
また、もともと65歳時点での年金額が多い方は、繰下げすると、将来の年金額がさらに増えるため社会保険料や税金の負担が増えます。年金の繰下げをすべき家計なのかどうかは個別性が高いため、事前にライフプランでシミュレーションするなど、入念な計画が必要不可欠です。
注4:年金の繰下げ受給|日本年金機構 (nenkin.go.jp) 繰下げ増額率早見表インフレによる老後資産の目減り防止には事前のシミュレーションが必須
FPからの話を聞いた大橋さん夫婦、その表情は複雑です。
「現役時代にコツコツと老後のお金を貯めてきました。自由の身になって旅行やゴルフに行ったり、孫と楽しい生活を送りたくてね。でも、健康なうちに週1~2回はアルバイトをしたほうが安心かもしれません。しかし、こんなに働いてきたのに老後も自由になれないのはツライものがありますね……。年金の繰下げも含め、今後どうするのか妻と相談することにします」とのことでした。
物価の動向は、今後の世界情勢や経済状況によってどのように変動するかは断言できることではありません。しかし、昨今のエネルギー価格の高騰や円安による輸入製品の価格上昇、日本の食料自給率の低さ等々を考えると、決して楽観視できません。大橋さん夫婦は、老後の備えとして2,000万円の資産形成ができていたため物価上昇したとしても、年金の繰下げを活用するといった選択肢がありました。
しかし、事前準備もなく年金生活を迎えるとなると、老後破綻する可能性も否定できません。
「まだ先だから」と、後回しにするのではなく、ご自分の家計の場合はどうなのかを是非シミュレーションしてみてください。その上で、今回ご紹介した年金の繰下げや資産運用等、取りうる対策がないか選択肢を探すことから始めましょう。
「老後資金はしっかり準備してあるから大丈夫」と、貯蓄をしてきたからこそ盲目的になってしまっていた大橋さん夫婦を教訓に、シミュレーションに基づいた老後の資金計画を立て、現実と向き合うことが“物価上昇で老後破綻を防ぐ手段”といえるでしょう。
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