金融資産1億円超、年収1,000万円…悠々自適な60歳元会社員のもとへ、市役所から「物価高騰緊急支援金・10万円」が届く理由【CFPが解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年9月8日 10時45分
(※写真は実際の物価高騰緊急支援金の案内)
低所得世帯を対象に、電力・ガス・食料品等の価格高騰による負担を軽減する支援として支給されている「物価高騰緊急支援金」。しかし、本当に必要な世帯に届いているかどうかは疑問があり……。本記事では山本さん(仮名)と伊藤さん(仮名)の事例の比較から、個人税制と社会保障の現状についてニックFP事務所のCFP山田信彦氏が解説します。
早期退職後、悠々自適な生活を送るも「緊急支援金」支給対象
山本さん(仮名/60歳)は市役所から届いた「(重要)電力・ガス・食料品等価格高騰緊急支援給付金」と書かれた封筒を開けて「ほう」と小さくつぶやきました。同封されていた文書には「世帯全員の個人住民税が均等割のみ課税者(または均等割のみ課税者および非課税者)となった世帯に対して物価高騰緊急支援金として1世帯当たり10万円を支給します」と書いてありました。
山本さんは新卒以来勤務していた大手総合商社を55歳で早期退職しています。本給以外の手当も厚い海外駐在期間が長く、人生の三大支出の1つといわれる住宅費は、海外勤務期間中は会社持ち、東京本社勤務期間中は社宅に住んでいました。そのため、退職時には1億円を優に超える金融資産形成ができていたのです。
ほかにも山本さんが早期退職をできた理由として、そもそも現役時代は仕事が多忙で趣味にお金を使う機会も多くなく、物欲があまりなかったことも挙げられます。
会社のしがらみから解放されたあとは個人コンサル事務所を開業して週2〜3日マイペースで働く一方で、あとは国内外の旅行、ゴルフ、友人との会食などに興じていました。
退職後の山本さんの65歳での公的年金開始までの収入の1つの柱は投資からでしたが、株式売買を繰り返すのではなく、長期保有銘柄からの配当金や高利率時に仕込んだ米ドル建て債券からの利金などが中心で、別途事務所収入・企業年金なども含めての額面年収はいまも1,000万円程度です。
しかしそんな山本さんは総合課税としての所得税も住民税も支払っていませんでした。そして今回「物価高騰緊急支援金」の対象者にもなりました。
まず、配当や利子に関しては確定申告をしない限り、所得税と住民税あわせて20.315%の源泉分離課税だけとなります(もし上場株式売買で損失が出た場合は確定申告をすることによって、上場株式配当金等との損益通算も可能です)。
一方、総合課税対象となる他収入に関しては、国民年金満額受給に向けての任意加入とともに個人事業主として加入した小規模企業共済、また本人iDeCoや配偶者の国民年金基金などの控除を活用することで、課税所得金額を最小限にできていました。
さらには退職直前に購入した自宅は、現金一括で支払えたところを、あえて借金による住宅ローン税額控除の恩恵をフルに活用することで、総合課税ベースの所得税と住民税はゼロになりました。住宅ローン控除額のうち所得税から控除しきれなかった部分は、一定金額まで住民税からも税額控除できる仕組みになっているからです。
お金に色はついていませんので、自宅購入時に調達した低金利な資金を事実上金融資産運用に回す一方で大きな節税効果も得ているのです。
山本さんは受け取った「あぶく銭」の10万円を、個人的関心の高い保護猫活動のNPO法人に寄附する予定です。
65歳で貯えがなく職探しを続けるも、支援対象外
もうすぐ65歳になる伊藤さん(仮名)の昨年の年収は400万円程度でした。
勤めてきた一般企業を60歳到達時に定年退職し、再雇用の際に年収は大幅に減ってしまいましたが、伊藤さんには有難い話でした。晩婚で独身時代は趣味のバイクを何台も乗り換えたりしていたことと、結婚後は教育費と自宅購入の支出が50代で重なり、ほとんど貯蓄ができていなかったのです。
しかしその再雇用も65歳までです。
公的年金を補う老後資金がまだ十分ではない伊藤さんの日課は求職サイト情報をチェックすることですが、そのついでに見たニュースには「低所得者への物価高騰緊急支援金」が報じられていました。
伊藤さんは山本さんのような給付金受給者が一定数存在することも知らずに、「自分は支援金の対象にはならない程度は稼げているということだ」とつぶやきながら、65歳以降も働き続ける覚悟を決めて求人情報の検索を続けました。
マイナンバー制度が果たすべき役割
企業の財務分析では期間損益を示す損益計算書と期末時の資産状況・会社規模を表す貸借対照表が両輪であり、各特例適用の判定にもこの2点がよく使われています。
一方、個人に対しての判定材料は生活保護給付など一部を除いてそのほとんどは単年の所得関係にのみ偏っていますが、その最大の理由は個人金融資産を包括的に把握するシステムがないことです。
また、その所得だけを見ても、いわゆる「金融所得」と分類されるものに関しては山本さんのケースのように確定申告対象に含めない「申告不要」を選択する限り、その金額は社会保険料負担または各種給付の判定基準から多くの場合除外されています。
マイナンバー制度に反対する人たちの最大の理由は「情報漏洩リスク」「セキュリティ体制への不信感」ということらしいですが、これは技術的な論点であり、制度利用強化への本質的議論とは異なります。国家にマイナンバーを通じて金融資産を把握されることは将来的な資産課税の道筋を作ることになるとの声もあります。その可能性を完全には否定できませんが、結局は現在でも本人死亡時には個人資産の全容を明らかにして、一定額以上になると相続税が徴収されます。
なにか後ろめたいことをしていない、ないしはする予定がない限り、個人情報の一元化はデジタル化が進捗する社会では肯定的に受け止めるべきでしょう。
それでもどうしても抗いたいというのであれば、試行錯誤的に起こる技術的問題を鬼の首でも取ったかのごとく叩いて留飲を下げるレベルではない、またはオカルト的な国家陰謀論でもない制度反対への理由を示すべきではないでしょうか。
社会保障制度の本来の理念に沿った運用にはすべての収入(フロー)に加えて資産(ストック)も反映されるべきであり、その手段としてマイナンバー制度を利用することに関して、社会正義の観点から正々堂々と議論されるべきと考えます。
日本社会の高齢化加速により、65歳以上の介護保険料や75歳以上の後期高齢者医療制度保険料、ならびに窓口負担割合の見直し等のニュースも耳にしますが、やはり基本は収入または所得だけでの線引き議論です。
合理的な思考による資産の守り方
どうやらこの国での現状、最も理にかなったライフプランは、山本さんほどではなくても現役時代に金融資産をできるだけ増やしておき、老後は働かずにその資金で暮らしていくことのようです。
伊藤さんは「現役世代の消費拡大と高齢者の積極的就労」という国の主張に沿った模範的な生き方をしていますが、合理的な思考による最適化策としては山本さん型が正解という状況が続いています。
最後に山本さんはいいます。「自分はマイナンバー制度の利用強化による金融所得課税並びに社会保険料徴収制度の改革が必要だと感じる。しかし、本来それで恩恵を受けるであろう層が、なにか漠然と怖いと感情的に反対している状況は残念でたまらない」と。
山田 信彦
ニックFP事務所
代表
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