これまでの人生で最大の後悔…森永卓郎が〈小泉内閣〉誕生を心から悔やむ“深いワケ”
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月14日 10時0分
(※写真はイメージです/PIXTA)
経済ジャーナリストの森永卓郎氏が「人生のなかで最大の後悔」と語るのが、小泉内閣の誕生に“ほんの少しではあるが手を貸してしまったこと”です。それはいったいなぜなのか、森永氏の著書『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』(三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売)より、詳しくみていきましょう。
日本を支えた「株式の持ち合い」と「不動産担保金融」
1980年代前半まで、日本は外資系企業がほとんど存在しない稀有な国だった。私は1980年に大学を卒業したのだが、当時の大手の外資系企業というのは日本コカ・コーラと日本IBMくらいだった。
なぜ、そんなことが起きていたのか。私は「株式の持ち合い」と「不動産担保金融」が存在したからだと考えている。
「株式の持ち合い」というのは、取引関係にある企業間でお互いの株式を持ち合う仕組みだ。銀行と融資先企業、あるいは財閥系企業の場合は、グループ内企業で株式を持ち合っていた。
この仕組みがあると、企業を乗っ取ろうと思っても、持ち合いをしている企業は仲間の企業の株式を売らないから、外部の投資ファンドはそもそも乗っ取りを実現できない。
もう一つ、「不動産担保金融」というのは、銀行が融資をする際に融資先企業が持つ不動産を担保として取る仕組みだ。この仕組みのおかげで、銀行はきわめて低いリスクで融資をすることができる。
仮に融資先企業が返済できなくなっても、担保の不動産を処分すれば、資金を回収することができるからだ。
そのため、企業にとっては、銀行から経営への過度の干渉を受けることなく安定的な資金を調達できるし、銀行もリスクの小さい、安定的な経営が可能だ。不動産担保で焦げ付きが抑えられているから、低金利での融資もできる。
実際、日米の銀行の融資の利ザヤを比較すると、日本の銀行の利ザヤはアメリカの半分だった。企業にとっては安い金利で事業資金が調達できるのだから、産業競争力の強化につながる。日本の高度経済成長を支えた大きな仕組みがこの「不動産担保金融」だったのだ。
そんな素晴らしい仕組みなら、アメリカもやればよいと思われるかもしれないが、アメリカの国土は広大すぎて日本のような高い地価がつかない。だから、アメリカは不動産担保金融をやりようがない。
しかし、その日本の株式の持ち合いや不動産担保金融の仕組みを崩壊させる方法があった。
①不動産バブルを起こし、②バブル崩壊後の谷を思い切り深くし、③不良債権処理を断行する、という方法だ。
プラザ合意後、くしくも日本経済はこのシナリオどおりに動いていくことになる。
バブル崩壊後の「不良債権」…実は処理する必要なかった?
バブルが弾け、商業地の地価の大暴落で発生した最大の問題が「不良債権」だった。
不良債権というと、バブル期に調子に乗った企業が誰もお客が来ないようなテーマパークを建設し、それが経営破綻して、融資が焦げ付いたというようなイメージを持つ人が多いかもしれない。
もちろん、そうした事例もいくつかあったのだが、不良債権の大部分は「担保割れ」だった。
不動産担保金融の場合、銀行が融資をする際に、融資先企業の不動産を担保として取る。思い切り単純化して言うと、100億円の融資をする場合は、100億円分の不動産を担保に入れてもらうのだ。
ここで、不動産価格が5分の1に暴落して20億円になってしまうと、銀行は担保を処分しても20億円しか回収できないから80億円分の担保不足になる。この額が不良債権だ。
不良債権が発生した場合の対処法は、基本的に2つしかない。
1つは放置することだ。
不良債権先になったということは、経営が行き詰まったということと一致しない。地価が戻れば、不良債権問題は自然と解消していく。2024年現在、都心の商業地の地価はバブル期を大きく上回っている。だから、不良債権処理を断行しなければ、日本経済はほとんど傷も負わず、順調な成長を実現していただろう。
2つ目の不良債権への対処法は、不良債権先の企業を破綻処理することだ。
不良債権処理の断行を主張する論者は、「地価がいつ戻るかなんて、誰にもわからない。もっと地価が下がるかもしれないのだから、リスクを避けるためには不良債権処理を進めざるをえない」と言う。不良債権先の企業は“生体解剖”され、二束三文でハゲタカファンドに叩き売られる。
担保割れをしている企業を潰すのだから、銀行も融資の回収ができずに大きな傷を負うことになる。
この不良債権に対する2つの対処法の対立は、バブル崩壊後、1990年代の10年間にわたって続いた。
銀行は、不良債権処理の先送りを主張して、融資先企業を守ろうとした。融資先企業を潰せば、自分も返り血を浴びることになるのだから、当然と言えば当然だった。
政府も早期の不良債権処理には及び腰だった。とくに2001年1月に初代金融担当大臣に就任した柳澤伯夫氏は「日本が抱えている不良債権の問題は金融庁の政策の範囲を超えており、その解決のためには金融政策の変更が必要」との考えを強く打ち出した。
今から振り返ると、柳澤大臣の主張は真っ当で、金融緩和に転じて逆バブルを解消すれば、不良債権の問題は自然に解決される問題だったのだ。
しかし、政府は、不良債権処理の方向に大きく舵を切ることになった。小泉内閣が誕生したからだ。
じつは、私にはこれまでの人生のなかで最大の後悔がある。それは小泉内閣の誕生にほんの少しではあるが、手を貸してしまったことだ。
人々を惹きつけた小泉純一郎の“トーク能力”
2001年4月に自民党総裁選が行なわれたとき、私はテレビ朝日の「ニュースステーション」のコメンテーターをしていた。番組では自民党総裁選に立候補した4人の候補者による生討論会が行なわれることになった。本命の橋本龍太郎、対抗馬の麻生太郎、大穴の亀井静香、泡まつ候補の小泉純一郎の4人だ。
生放送の30分ほど前、私は司会の久米宏さんに呼び出された。
「森永さん、悪いんだけど、今日の討論会は実質的に日本の総理大臣を決めることにつながる大切な討論会なんだ。だから、僕に仕切らせてくれないか」
「何言っているんですか。この番組は久米さんの番組ですよ。そんなの当然じゃないですか」
「そういうことじゃなくて、僕が仕切るから、議論の最中に森永さんは口を挟まないでほしいんだ。ただ、森永さんもコメンテーターとしての立場があるだろうから、最後の質問は森永さんにまかせる。誰に何を聞いてもかまわない。その条件でどうですか?」
「もちろんです。承知しました」
討論がスタートすると、橋本、麻生、亀井の3候補は、饒舌に自説を語った。ただ、そこには力強いビジョンも希望をもたらす政策も感じられなかった。3人の議論が淡々と進むなか、久米さんが私に目配せをしてきた。もう時間がいっぱいだから、最後の質問をしてほしいというサインだ。
そこで、私の小心者ぶりが出てしまった。討論のなかで、小泉候補だけが黙って聞き耳を立て、ほとんど発言をしていなかった。そのとき、私は「バランスを取らなくては」と思ってしまったのだ。
私は質問する予定のなかった小泉候補に、最後の質問を振り向けた。
「小泉さんは厚生大臣を務めていらしたので詳しいと思うのですが、今後の日本の公的年金制度をどのように改革していこうと思いますか?」
小泉純一郎氏はここぞとばかりに、私の質問を無視して、こう叫んだ。
「この3人のような派閥同士の足の引っ張り合いをしているから自民党はダメなんだ。私は自民党をぶっ壊す。構造改革だ!」
そこで時間が来て、番組はCMに入った。小泉氏は4人のなかでもっとも強烈なインパクトを残すことに成功した。
その瞬間、私は「やられた」と思ったが、あとの祭りだった。
そこからの総裁選の展開は驚くべきものだった。
小泉候補の天才的なトーク能力に自民党員は酔いしれた。泡まつ候補だった小泉純一郎は、最終的に298票を獲得し、次点の橋本龍太郎氏の155票にダブルスコア近くの大差をつけて勝利した。とくに県連票(地方票)では、小泉候補123票、橋本候補15票と圧勝だった。
この小泉劇場に国民は熱狂することになる。
森永 卓郎
経済アナリスト
獨協大学経済学部 教授
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