多くのオーナー経営者が「M&A」を検討せざるを得ない状況だが…そもそも「事業承継」にはどんな選択肢があるのか?【専門家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年9月13日 12時10分
(※写真はイメージです/PIXTA)
オーナー経営者が事業承継を検討する際、どのような選択肢があるのでしょうか? 本稿では、作田隆吉氏(オーナーズ株式会社代表取締役社長)が事業承継の選択肢とM&Aの位置づけについて解説します。なお、本稿の記述は株式会社を前提とした考察となっている点をお含み置きください。
事業承継における4つの選択肢
まず、事業承継には、誰に事業の経営を託すかという「経営権」の問題があります。経営者としての仕事を誰に託すかという問題です。
一方で、株式は配当を受け取る権利(利益配当請求権)や残余財産を分配し受け取る権利(残余財産分配請求権)など、経済的利益を受けることができる「財産権」としての側面も有します。譲渡する株式に価値がつくのは、株式にこうした財産権としての側面があるからです。
こうした「経営権」「財産権」という2つの性質に基づき事業承継を類型化すると、図表1のような整理が可能となります。なお、一般的には、親族内承継を第一優先で検討し、候補者がいない場合には役員・従業員への承継を検討、それでも難しい場合には外部からの招聘やM&Aを検討するオーナー経営者が多いようです。以下、順を追って見ていきましょう。
【選択肢1】親族内承継
まず、親族内に後継者を定め、株式を後継者に託していくのが親族内承継の選択肢です。後継者には、経営者としての能力適正はもちろん、会社を経営していく覚悟が求められます。この点、経営者保証の有無も大きく影響があるところです。
中小企業庁は、政府関係機関(商工中金など)が関わる融資の無保証化枠を拡大するなど、事業承継時の経営者保証解除に向けた施策を行っていますが、経営者による会社の連帯保証を求められるケースは多く残っており、経営者保証の存在が親族内承継を実現する上での課題となっています。
なお、株式は相続財産に含まれるため、遺産分割の対象となります。相続人が複数存在する場合、そのまま相続が行われてしまうと後継者以外にも株式が分散してしまい、安定経営が阻害されるリスクが生じます。そのため、後継者以外にも相続人が存在する場合には、遺言の活用とあわせて他の相続人の遺留分に配慮した対策を行うなど、親族内承継をスムーズに実現する準備が欠かせません。
親族内承継が抱えるもう一つの課題として、利益が出ている会社ほど、後継者の贈与や相続による税負担が重くなるという問題があります。こうした後継者の税負担を軽減させ、円滑な事業承継を支援する制度として、事業承継税制が設けられています。
事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を贈与又は相続等により取得した場合において、その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、その納税を猶予し、後継者の死亡等により、納税が猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度です。事業承継税制を活用するためには、対象株数や承継パターン、雇用確保要件など一定の要件がありますので、留意が必要です。
【選択肢2】リリーフ
株式会社においては、株主(オーナー)が経営者に経営を託す、いわゆる所有と経営の分離の原則が取られていますので、必ずしも次の経営者が株主である必要はありません。後継者候補が親族内にいるものの、まだ経営を担うには若すぎるといったケースでは、外部あるいは役員・従業員から適任者を任命し、後継者候補へバトンをつなぐ役割を担ってもらうこともあり得ます。
ただし、リリーフで任命するオーナーシップ(=所有権)を持たない経営者に、オーナー経営者と同じ覚悟や責任を求めるのは難しいと感じるケースも多いのではないでしょうか。中長期の会社の成長を実現するためには、中長期の目標と連動させた報酬・インセンティブ設計を行うなどの工夫も重要になるでしょう。
【選択肢3】MBO/EBO
リリーフにも難しさを感じるケースでは、役員・従業員に事業の所有権・経営権を託していく選択肢も考えられます。これをマネジメント・バイアウト(MBO)といったり、エンプロイー・バイアウト(EBO)といったりします。現役員・従業員が所有権を取得し経営を担っていくため、一般的に、外部企業と行うM&Aと比べて社内の理解を得やすいメリットがあります。
他方、非上場企業におけるMBO・EBOの一番の難しさは、役員・従業員への株式の譲渡により、オーナー経営者が希望する対価の実現が難しい点にあります。すでにオーナー経営者個人として十分な資産を株式以外に蓄えているケースでは実現しやすいかもしれませんが、多くのオーナー経営者は引退後の生活資金や子供へ残す財産を考えて、一定の対価を期待することが多いのが実情です。
一方、ファイナンスの工夫によってオーナー経営者に一定の対価を支払い、MBO・EBOを実現できる場合もあります。具体的には、中小企業のM&Aにおいては、銀行が提供するコーポレートローンを活用する選択肢があります。コーポレートローンは後述するLBOローンと比べ融資枠が小さいものの、利息負担が低く、MBO・EBO実行後の安定経営に資する側面もあります。さらには、セラーズ・ファイナンスといって、売主となるオーナー経営者に、MBO実行後の一定期間、会社に対して貸付をしてもらう選択肢もあります。ただし、いずれのファイナンスの活用も対象会社が安定的にキャッシュ・フローを生んでいることが必要で、活用できる会社は限られるといえるでしょう。
なお、M&Aファイナンスにはメガバンクが中心となって提供しているLBO(Leveraged BuyOut)ローンというものがあり、大型のM&A案件を中心に融資が提供されています。一般的に利率が高く設定され(執筆時点において2-3%台、大型案件で高レバレッジを提供するローンではさらに高い利率が適用される)、融資額としてはEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)といわれる利益指標に対して3-7倍(場合によってはそれ以上)の水準で提供されるもので、M&Aの活性化をファイナンス面から支えています。ただし、このLBOローンは主に10億円単位以上のM&A取引を対象としており、残念ながら多くの中小企業M&Aにおいては提供されていません。
【選択肢4】M&A
親族内承継も役員・従業員への承継も難しいといったケースでは、廃業を避けるため、M&Aが事業承継の有力な選択肢となります。具体的には、事業の所有権と経営権のいずれも、売却により第三者に託していく選択肢です。
世の中は少子高齢化。キャリアの多様性も広がる中で後継者候補が辞退するケースもみられ、多くのオーナー経営者がM&Aを選択肢として検討せざるを得ない状況です。少し古いデータになりますが、中小企業庁によれば、2025年に経営者の年齢が70歳以上となる企業数は245万社。そのうち後継者未定の企業は実に127万社あるそうです。さらにこのうち60万社ほどは黒字であると推計されており(図表3)、政府は2029年までに年間6万件の事業承継M&Aの実現を目標に掲げて税制優遇や補助金などの施策を講じています。
いかに、今後成長性が見込まれるマーケットであるか、おわかりいただけると思いますが、それゆえ、中小企業のM&Aを支援する業者も急増しています。中小企業M&Aを支援するサービスのほとんどは、その呼称を問わず、実態はM&A仲介サービスといわれるものです。M&A仲介サービスは売り手と買い手を中立の立場でマッチングするサービスです。当事者の利益を守り、追求することを支援するサービスではありません。売り手オーナーからみたM&A仲介サービスのリスクについては、本連載の別の機会で詳細を解説したいと思います。
作田 隆吉
オーナーズ株式会社 代表取締役社長
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