お父さんの年代がいちばん厄介なんだから…退職金2,500万円の61歳元公務員、年金受給前に欲をかいて大恥。頭によぎった元銀行員の娘の“ある忠告”【CFPの助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月9日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
「令和5年退職金、年金及び定年制事情調査」(中央労働委員会)によると、令和4年度の定年退職者への平均退職金支給額は約1,878万円でした。退職金はまとまった金額が手元に入るタイミングですが、使い道を誤った結果、老後破産の危機に陥るケースも少なくありません。定年から1年後に“やらかしてしまった”元公務員Aさんの事例をもとに、詳しくみていきましょう。牧野FP事務所の牧野寿和CFPが解説します。
定年退職に浮かれる父…元銀行員の娘が“忠告”も
現在61歳のAさん(元公務員)と2歳年下の妻Bさん(パート勤務)は、都内の戸建て住宅で暮らしています。
およそ1年前、Aさんが定年退職したその週末、遠方に住む30歳のひとり娘(Cさん)夫婦がお祝いのため帰省して、みんなでディナーへ行ったときのことです。
食事会の最中、浮かれて酔っぱらうAさんに、
「お父さん……浮かれるのはいいけれど、老後のこともちゃんと考えてよね。お父さんくらいの年代の人たちが一番狙われるんだから。いきなりお金と時間ができていろんな判断基準が緩くなっているって思われているわよ、きっと。私も定年退職直後の人たちに営業行ったなあ」
と、Cさんが真剣に忠告しました。Cさんは結婚後、夫の転勤を機に転職するまで、銀行に勤めていたことから、浮かれているAさんのことが心配になったようです。
そして翌月、退職金2,500万円が振込まれたその日に、銀行から贈答品をもった営業担当者(Dさん)とその上司が、Aさん宅を訪ねてきました。
Dさんとその上司「このたびはご定年おめでとうございます!」
Aさんは「娘が言っていたのはこれか!」と驚くも、Cさんが以前勤めていた銀行であり、さらに話をしているとDさんとCさんが同期入社だったと判明。思わず昔話に花が咲きました。
その日はなにもなく帰っていきましたが、それからというもの定期的にDさんが家を訪れるようになり、その度、娘の銀行員時代の話などで盛り上がっていました。
そんなある日、Cさんから連絡が。
Cさん「やっぱり銀行からの営業はあった? 私の知っている人?」
Aさん「ああ、しかもDさんだよ、お前も知っているだろう」
Cさん「ああD君。いい人だけど……別にお付き合いで色々やらなくていいんだからね」
Cさんから改めてくぎを刺されたものの、すっかりDさんと意気投合していたAさんは、Cさんの忠告を話半分に聞き流してしまったそうです。
Cさんの連絡から数日後、いつものように訪ねてきたDさんはなにやら落ち込んでいるようでした。思わずAさんが「どうしたんだ?」と聞くと、「実は今月の数字が芳しくなくて……しばらく寄れそうにないです」とぼそっと答えました。
その話を聞いたAさんは、「それじゃあ俺が投資するから、次はおすすめの商品を教えてくれよ」と伝えたのです。
定年後、特段趣味もなく家にいることの多いAさん。一方、妻のBさんはパート勤めで家を空けることも多く、Aさんは暇を持て余していました。そのため、AさんはDさんとの談笑が日々の楽しみとなっていたことから、Dさんが今後も定期的に家に来られるよう、とっさにそこまで興味のなかった投資をはじめることにしたのでした。
なんだ、簡単じゃないか…運用成績に“ご満悦”のAさんだったが
株式や投資信託といった金融商品に投資して運用すれば、預貯金よりも高いリターンが期待できますが、元本割れのおそれもあります。Aさんは、Dさんから投資の基本を丁寧に教えてもらいました。
【資産運用の基本】
①長期間投資する……運用して得た利益を再び投資して、利益が利益を生む複利効果で資産が増える
②決めた金額で投資する……あらかじめ決めた金額で継続的に投資することで、投資銘柄の値動きのリスクを軽減でき、購入価格を平均化できる
③分散投資をする……1つの銘柄にだけ投資するより、国内・海外の株式や債券など、値動きが異なる複数の銘柄に投資することで、価格の変動をある程度抑え、安定的な運用が目指せる
そしてAさんは、Dさんに勧められたNISA(少額投資非課税制度)の口座を開設して、「成長投資枠」で年間投資枠240万円分の投資信託(ファンド)を購入し、あわせて「つみたて投資枠」で成長投資枠とは別のファンドに、毎月10万円ずつ(年間投資枠120万円)積立てることにしました。
Aさんの運用状況は、投資のタイミングや相場環境の追い風もあり非常に好調で、約1ヵ月後でおよそ1%のプラスとなっていました。
「なんだ、簡単じゃないか。たった1ヵ月でこんなに増えるなんて……こんなことならもっと早くはじめれば良かった!」
成功体験を得たことで徐々に投資への興味が強まるなか、次第に「個別株にも投資したい」と考えるようになったAさん。早速Dさんへ相談したところ、「うちの銀行では個別株の投資ができないので、証券会社で口座を開設する必要があります。ただ、正直あまりお勧めできませんが……」との説明を受けました。
Dさんの話を聞いたAさんは、すぐに近くの国内大手証券会社の支店へ足を運び、口座を開設。今回開設した口座はNISAと違って非課税制度や投資額の上限はないと聞き、非課税枠がないことにはガッカリしつつも「その分稼げばいいか」と楽観的に考えていたそうです。
そんななか、悲劇は唐突に訪れます。8月2日と5日の国内株大暴落により、投資した銘柄が軒並み暴落してしまったのです。実は、NISAをあわせてすでに1,000万円近くつぎ込んでいたAさん。「完全にやらかした! 年金前にちょっと欲張ったせいで大切な老後資金が……娘のいうことを素直に聞いておけば」と大後悔。
慌ててDさんに相談したところ、「いまは我慢のときです。むしろここまでの大幅な下落はチャンスですよ!」との返答。証券会社の営業にも同じように言われ、さらに投資を勧めてくる始末です。
Aさんの感覚では、いざ自分のお金が100万円も減ると、特に、これまで全幅の信頼を寄せていたDさんのことも信用できません。とはいえ、散々忠告してくれていた娘には恥ずかしすぎて相談できない……悩んだAさんは、以前からの知り合いである筆者のもとを訪ねてきたのでした。
退職金は狙われている
投資信託協会「2021年度60歳代以上の投資信託等に関するアンケート調査」によると、退職金の使い道は「預貯金(59.3%)」が最も高く、以下「日常生活費への充当(25.3%)」「旅行等の趣味(21.7%)」「住宅ローンの返済(20.8%)」と続き、「資産運用のための金融商品の購入(20.3%)」は、5人に1人となっています。
退職金で購入した(する予定の)金融商品は「株式(59.5%)」がもっとも多く、僅差で「投資信託(57.8%)」、「外貨建て商品(19.5%)」と続きます。
また、初めて投資をしたきっかけは、Aさんのように「金融機関から勧められた(男性13.6%女性25.7%)」や「退職金をもらった(男性12.6%女性5.1%)」となっています。
退職後のライフプランを再検討
A夫妻の今後の生活を検証するため、憔悴しきったAさんにライフプランを聞くと、しばらくはゆっくりしてから、また勤めるか起業するかして、70歳までは収入を得たいということでした。
当面のAさんの収入を考えると、65歳まで約4年間は無収入で、65歳からは老齢厚生年金を月約23万円、66歳からは夫婦で月約26万円、67歳からは月約28万円の受給が見込めます。
また、妻のBさんは、65歳までは今のパートを続けるとのこと。
投資した約1,000万円を除いた現在の貯蓄は、退職前の貯蓄や退職金を含めて約2,000万円です。万が一、投資した額が全額損失して、またAさんが65歳まで職に就かずに貯蓄の取崩しやBさんのパート収入、65歳からは年金収入に頼りきりで生活しても、今後の生計は維持できるでしょう。
しかし、このまま職に就くことなく投資を続けるのは危険です。
老後世代の投資は「余剰資金」で
Aさんは、投資して100万円損していると嘆きます。しかし、株価や投信信託の基準価格は、市場の動向によって上下します。損したと思った100万円が、今後投資した額より200万円以上、上昇するかもしれません。このブレのことを「リスク」といいます。投資をするには、このリスクをどう考えるかが大切です。
老後世代に投資する資金は、相場の動向に一喜一憂することなく、すぐに使う予定もない、子どもに相続してもいい余剰資金で、リスクを楽しむ余裕が必要です。このように考えると、Aさんが投資できるのは、ちょうど今までに投資した約1,000万円まででしょう。
退職金を「生前贈与」したAさん
筆者の話を聞き、落ち着きを取り戻したAさんは、無収入の間、投資は最小限にとどめ、NISAの「つみたて投資枠」を、毎月1万円に減額して継続し、「成長投資枠」の来年以降の投資はやめることにしました。
また、Cさん夫婦や近く誕生する孫のために、現在保有している株式は、相続税精算課税制度を使い、Cさんに生前贈与することとしました。
Aさんは、「退職後、金融商品に目的もなく投資を始めて、株価が下がったときに慌ててしまったけど、投資に興味は出てきたので、NISAのつみたて投資枠で投資は続けて、孫の小遣いくらいになればと思っています。それに、娘に生前贈与ができるいい機会になりました。あと相続できるのは、自宅の土地建物だけだとも言ってあります」と、笑っていました。
Aさんのように、退職後に老後の過ごし方を考える人がいる一方、退職後に再就職や起業をする人、趣味に生きがいを見つける人もいます。
しかし、目的もなく始める投資や生活費のためにと、退職金を含めた貯蓄を無計画に減らしては、高年齢になってから身を滅ぼしかねないため、くれぐれも注意しましょう。
牧野 寿和 牧野FP事務所合同会社 代表社員
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