いままで頑張ってきたんだから…年金28万円の60代・元国家公務員パワーカップル、計4,000万円の退職金を1年で使い切った「まさかの理由」【FPの助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月16日 10時45分
(※写真はイメージです/PIXTA)
金融商品取引のトラブルに関する相談や苦情を受け付け、公正・中立な立場で解決を図る、証券・金融商品あっせん相談センター(略称:FINMAC)がまとめた2023年度の紛争解決手続事例によれば、2023年度に取り扱った紛争解決手続事案は215件。そのうち申立人が50代60代の事案は85件、約40%の事案でシニア世代が当事者となっていたようです。被害が甚大なケースも散見され、背景にはシニア世代の多くの人が、退職金などまとまった額のお金を手にするタイミングであることが推測されます。本記事では、Aさんの事例とともに退職金運用の注意点について、オフィスツクル代表の内田英子氏が解説します。
ゆっくりする時間が欲しい…年金繰上げで早めに年金生活を開始
Aさん夫婦はともに同い年の元国家公務員。30代で職場結婚を経て、二人三脚でキャリアを積み重ねてきました。定年退職後は再任用の話もありましたが、夫婦そろって断りました。仕事を中心とするライフスタイルを送ってきたAさん夫婦は、これまで必死にがんばってきたのだからゆっくりとする時間が欲しい、と考えたからでした。
退職金が2人あわせて4,000万円、公的年金が夫婦合わせて月40万円あったこともAさん夫婦の背中を押しました。60歳で繰上げ受給をしても月28万円の年金を受け取ることができるようでしたから、Aさん夫婦は2人で話し合った結果、つつましく暮らしながらまた働きたくなったら働けばいい、と2人で繰上げ受給をして、60歳でリタイアすることにしたのです。
ゆったりとした時間を過ごしていたAさん夫婦。退職から1年を過ぎたある日、妻は自宅に友人を招き、趣味のパッチワークをしていました。すると、ふと友人が、夫が退職金を受け取ったから、運用をはじめることにしたというのです。
「退職金専用の定期預金で、期間限定なんだけれども、年2%の利息が付くから全額預けることにしたの。2,000万円預けると40万円利息がつくんだからすごいわよね!」と話す友人はとても楽しそうでした。友人が預けることにした金融機関はAさん夫婦のメインバンクではありませんでしたが、口座を持っている銀行でした。ただ、退職金を受け取ってから1年以内でないと申し込めないということで、Aさん夫婦は利用できそうにありません。
友人が帰宅したあと、Aさんの妻はため息をつきました。いままでお金のことに無頓着で来たけれど、実際に生活を始めてみると、年金だけでは少し厳しい。まとまった退職金を受け取っているのに、なにもしていないのはもしかしたら損をしているのでは。そう、焦りにかられたAさんは、後日メインバンクへ運用の相談に行くことにしました。
「特別な部屋」で「特別なご提案」をしてくれた銀行員
銀行の窓口で相談内容を伝えたところ、奥の個室に通されました。銀行に行くまでは、なんで担当者は多額の退職金を受け取っているのになにもいい話しをもってきてくれないのだ、と少し腹を立てていたAさんの妻でしたが、特別感のある個室へ通され、クールダウンしてきました。
そして、Aさんの妻が少し緊張をしながら待っていると担当者が現れました。担当者はある商品のリーフレットを差し出してきました。「Aさまのような特別なお客様に、特別なご案内がございます」そういって差し出されたのは複雑な名称の金融商品のリーフレット。
「こちらの商品、預金ではなく元本保証はないものなのですが、年利率は13%で、定期預金や個人向け国債を上回る利息がつく商品です。元本割れのリスクはありますが、これまで私がおすすめさせていただいたお客様には損失が出たことはありません」担当者は断言します。
「特別な部屋」で「特別なご提案」をしてくれる担当者に、すっかりAさんはいい気分になってしまいました。そこで、一旦帰宅したAさんは夫にも説明し、「あなたにもいいんじゃないかしら」と夫とともに再度銀行へ行くことに。
その後、言われるがままに証券口座を開設。手つかずにとっておいた退職金を全額投じ、いわゆる「仕組債」を購入することになったのです……。
退職金4,000万のうち3,200万円を失う
仕組債を購入したAさん夫婦の退職金は結果的に、大きな損失を負い、4,000万円あった退職金は1年で3,200万円を消失し、800万円になってしまいました。
なぜこのような結果になってしまったのでしょうか。仕組債の内容について触れていきたいと思います。
仕組債は、その名称のとおり特別な「仕組み」を持つ債券でこれまでさまざまな種類が発行されています。一般的な債券にはない、スワップやオプションなどのデリバティブ(金融派生商品)が組み込まれているという特徴があり、多くの場合、預金商品よりも高い年利率が示されています。
Aさん夫婦が購入したのはEB債というもので、他社株転換可能債券と言います。紐づけられた株式の価格の推移に応じて満期時の受け取り金額、受け取り方法が異なるため、株式投資と同等の経済効果を持つといわれています。
なお、株式投資では価格変動による損失または利益がリターンとなりますが、EB債の場合は株式投資と同等の経済効果と言っても、価格上昇による恩恵を受けられることはありません。
個別の商品によっても異なりますが、たとえばよいケースでは利息を受け取りながら、元本が返ってくるという一方、最悪のケースでは、利息は受け取るものの元本割れし、加えて為替差損も加わる可能性もあるといった、利益がある程度限定されるなかで多大な損失も想定されるとても複雑な金融商品なのです。
表面的には魅力的に思えるが…
商品の内容やリスクについてひととおり説明は受けるなかで、Aさん夫婦が聞き、理解した仕組債の概要は以下のようなものでした。
・社債を発行するB社は老舗の金融機関であること ・満期は1年、年利率は13%(税引前)で預金や個人向け国債と比較すると断然利率はよく、かつ利払い日は年に4回あること ・参照される株式は米国の有名企業のものであること ・中途解約をすると元本割れする可能性があること ・ノックイン事由といって株価が一定の価格に達した場合、元本割れする可能性があるが、直近の株価の推移ではノックイン価格に至ったことはないこと
確かに、このような断片的な情報だけを拾っていくと、さほどの危険性は感じられないかもしれません。むしろ特別な価値ある組成の金融商品を勧めてもらっているという特別感を感じるかもしれません。しかし、これでは表面的な事項の理解にとどまっているといわざるをえません。
Aさん夫婦にこれまで投資経験はありませんでした。投資経験のないAさん夫婦にリスクの高い金融商品を勧めているところ、担当者は本人の意向を十分に理解し勧めているのか、という点には疑問が残りますし、リスクに関する説明不足も推察されます。
ただ、仕組債によって結果的に株式投資に近いことをするのであれば、表面的な情報の理解ではリスクの理解が不足しますから、Aさん夫婦は購入前にもっと商品内容や紐づけられた株価の過去の動き、事業内容や直近の決算内容、経済全体の構造などについて理解できるよう、努めるべきだったという反省点も挙げられます。
自宅の修繕費用や生活費の取り崩しが重なり…
Aさん夫婦はその後、自宅の修繕費用や生活費の取り崩しが必要になり、結局残った800万円の退職金もすぐに使い切ってしまいました。
Aさん夫婦にとって、退職金は老後生活に必要な資金だったのでしょう。これでは、本来大きなリスクをとって運用にあてていい資金ではなかったと言わざるを得ません。せめて、契約前にご自身に投資の知識が不足していることを認識し、ご自身たちにとって退職金はどのような用途が考えられる資金なのか、1度でも一緒に立ち止まって考えられる相談相手を選んでいただいていれば、このような事態にならなかったかもしれないと思うと、とても残念に思います。
内田 英子
FPオフィスツクル
代表
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