「忘年会でビールをこぼされても大丈夫」→真冬に“意外な商品を大ヒットさせた”クリーニング店のPOP、その予想外の戦略とは?
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月15日 10時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
2024年10月から最低賃金が全国平均で1,054円に引き上げられ、中小企業には賃上げの負担が増し、「賃上げ疲れ」が見られるようになっています。持続的な賃上げには業績向上が不可欠ですが、それだけでは現代の厳しい環境では生き残れないと、社員50名の新聞販売店を23年間経営し、多くの企業を支援してきた米澤晋也氏は指摘します。本稿では、米澤氏が、これまでの知見を基に、中小企業が“賃上げマラソン”を走り抜ける方法について、具体的な事例を交えて解説します。
10月からの最低賃金は過去最大。中小企業は「賃上げ疲れ」に……
10月から最低賃金が、全国平均で1,054円となり、上げ幅は過去最大を記録しました。昨年に続き、2年連続の記録更新ですが、早速、息切れを起こしている企業が出始めているようです。
東京商工リサーチが行った調査によると、2024年度の賃上げは、大企業が94%と前年度から4.1ポイント上昇した一方、中小企業は82.9%と前年度を1.3ポイント下回っていることが分かりました。
同調査は「中小企業は、重い人件費負担から『賃上げ疲れ』がうかがえ、持続的な賃上げ実現の課題もみえてきた」と締めています。
政府は、最低賃金を2030年代半ばまでに1,500円にするという目標を明言しています。中小企業は、この長いマラソンをどのように走り抜けばよいのでしょうか。
今、「業務改善」だけでは生き残れない
中小企業が持続的な賃上げを実現するためには、言うまでもなく、賃上げを可能にする業績をつくることが欠かせません。そのための方策として、DX化などが議論されていますが、結論から言うと「生活者も気付いていない欲求を創造すること」に尽きると考えています。
経済が良くなる3要素に「人口増加」「業務の効率化」「イノベーション」があります。これらは企業成長の3要素でもあります。しばらく人口増加は期待できませんので、残る2つに着手することになります。1つ1つ見ていきましょう。
業務の効率化が実現すると、リードタイム(工程や作業の開始から終了までにかかる時間や期間)が短縮します。これは、これまでの日本企業の競争力を支えてきた最大の要因と言えるでしょう。
これまで生活者は、モノの充足が課題でした。市場は枯渇しており、そこに効率よくモノを押し込める企業が業績を上げてきました。
しかし、今の生活者は、モノに満たされ満腹状態で、市場の飽和が進んでいます。「4Kテレビの次は8Kはいかがですか?」と言われても、もういっぱいいっぱいですよね。
この現象は日本に限ったことではありません。先進7ヵ国のGPDの成長率は、1960年代にピークに達し、その後、鈍化トレンドが続いています。このことは、多くの国でモノの充足がある程度完了したことを意味します。
驚くべきことに、私たちの生活習慣を根本から変えたインターネットをもってしても、鈍化傾向に歯止めをかけることができていないのです。飽和した市場では、大手を中心に、非常に競争が激しいゼロサムゲームが展開されます。とても中小企業が太刀打ちできるものではありません。
以上を整理すると、中小企業の業績対策は「業務の効率化」だけでは不十分と言えるでしょう。
【成功事例】真冬にものすごい数の「防水スプレー」が売れたワケ
残る業績対策は「イノベーション」ということになります。これが冒頭で紹介した「生活者も気付いていない欲求を創造すること」を指し、中小企業が生きる道であると同時に、持続的な賃上げ策の抜本策だと考えます。
イノベーションという言葉がひとり歩きをしており、解釈が曖昧になっているので、ここでは「感性価値創造」と言い換えることにします。「欲しい」「素敵」という気持ちを喚起する商品・サービス、売り方、ディスプレイなどの創出を意味します。
感性価値創造には、新たな市場を開拓する潜在能力があります。可能性に制限がない「プラスサムゲーム」なのです。
私の知り合いに、見事な感性価値創造を行った社長がいるので事例として紹介します。関東地方でクリーニング店を営む友人が「真冬に防水スプレーを売った」という事例です。
1年の中で、最も防水スプレーが売れるのは梅雨時期です。その次は台風シーズンで、最近では、豪雨が降る真夏にも売れるでしょう。一方、最も売れないのが冬ですが、同店では、12月と1月に、ものすごい数を売りました。どのように売ったのでしょうか?
12月と言えば忘年会が、1月と言えば新年会がありますね。飲み会では頻繁にお酌が交わされますが、そこでお酒をこぼされ服を汚した経験は誰にでもあると思います。しかも、そういう場には、いつもよりも良い服を着ていくと思います。
そんな場面を想像し、店主は次のようなPOP(商品の特徴などが書かれたカード)を作りました。
「忘年会でビールをこぼされても大丈夫」
年が明けたら「新年会でビールをこぼされても大丈夫」に差し替えました。
見事な実践だと思います。POPを作らなければ、お客様は防水スプレーの新たな使い方を知ることはなかったでしょうから、店主が新たな価値を創造したということになります。この実践からは、感性価値を創造すれば、市場は新たにつくることができるという洞察を得ることができます。
感性価値創造のために“数多くの人材は要らない”
話を賃上げに戻しましょう。
賃金の原資は売上総利益(粗利益)です。米国の経営コンサルタント、アレン・W・ラッカーが、アメリカの製造工業統計データを分析した結果、総額人件費と比例関係があるのは、売上総利益ということを明らかにしました。売上高でも経常利益でもありません。売上総利益が増えれば、総額人件費が上がるのです。これは、アメリカの企業に限ったことではなく、世界中の企業に当てはまります。
ただし、売上総利益に比例して社員数も増えれば、総額人件費は増えても、社員1人あたりの賃金は増えません。そこで労働生産性を改善する必要に迫られるのですが、そのための最も有効な方法が感性価値創造です。
感性価値創造のために数多くの人材は要りません。創造性豊かな1人がレバレッジとなり、人数を増やさず大きく稼ぐことができる、労働生産性の高い企業に進化するでしょう。
およそ10年後に最低賃金を1,500円にするということは、1年あたり約50円の賃上げが行われることになります。
まさに賃上げマラソンです。完走するためには、感性価値創造をスタミナ源として走る、エネルギー効率の良い経営が求められると考えています。
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