ナゼ?「うまくいったら高額報酬を保証」より「ヘマしたら高額報酬から減額」の契約のほうが〈高い成果〉を見込めるワケ【経済評論家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月12日 9時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
宝くじを買ったら、なんとなく当たりそうな気がしてくる。飛行機に乗ったら、落ちてしまうのではないかと不安を感じる…。このような感覚は、人間の脳が「錯覚」を起こすことで起こります。実はこの「錯覚」が、ビジネスや投資の結果を左右するともいえるのです。経済評論家の塚崎公義氏がわかりやすく解説します。
「一度手に入れたものは手放したくない」という人間の性質
私たちの眼は錯覚を起こします。「同じパンを、大きな皿にのせたときと小さな皿に載せたときで、それぞれ違う大きさに見える」等はよく知られています。
眼と同様に、脳も錯覚を起こします。「非常に小さな確率」は実際より大きく感じるので、宝くじは当たりそうな気がするし、飛行機は怖くて乗りたくないと感じる人も多いでしょう。
本稿が論じるのは「一度手に入れたものは手放したくない」という話です。
学生にマグカップを見せて「何ドルなら買いたいか?」と問う場合と、マグカップを学生に与えてから「何ドルなら売ってくれるか?」と問う場合では、後者のほうが高い金額を答える学生が多かった、という実験結果があるそうですが、学生にとってのマグカップの価値が入手前と入手後で異なる、ということですね。
通信販売で、「返品自由ですので、とりあえず試着してみて、気に入ったら購入して下さい」という場合がありますが、意外にも返品率は低いといわれています。日本人は「返品するのは失礼だ」と考えて返品を思いとどまる人も多いのでしょうが、そればかりではなさそうです。一度手に入れてしまうと、愛着が湧いて返品するのが惜しくなる、という効果も働いているのでしょう。
業績が好調な企業が「賃上げ」より「ボーナス増額」を選ぶワケ
企業の業績が好調なとき、「賃上げ」ではなく「ボーナス増額」をする場合が多いのは、賃金を上げてしまうと、将来業績が悪化したときに賃下げがむずかしいからだ、といわれています。
高い賃金を得てから失うと、労働者が非常に不愉快になる可能性が高いので、それを避けるために「1回限りのボーナス増額」を選択する、ということのようです。ボーナスであれば、毎回変動することを前提とした一時金という理解をしている労働者が多いため、減ってもそれほど不満がない、ということなのでしょう。
改革がむずかしい一因も「一度手に入れたものの価値を大きく感じる」という人々の錯覚かもしれません。改革により、10損する人と11得する人がいるとすると、組織全体としてはメリットとなるのでしょうが、11得する人の推進運動よりも10損する人の抵抗の方が強くなるため、改革が進まない、ということが起こりそうですから。
もうひとつ、損する人は「だれがどれくらい損するか」を具体的・明確に理解できる一方で、得する人は「自分がどれくらい得するか」を具体的に予想することがむずかしい、ということもあるかもしれません。たとえば、農産物の輸入自由化をする場合、農家は失うものを容易にイメージできますが、消費者は農産物の小売価格がどれくらい低下するのか、イメージするのがむずかしいでしょうから。
「高い報酬を出そう。だが、ヘマをしたら減額するぞ」
「成功報酬」という報酬体系があります。「うまく行ったら謝礼を弾む」という契約をすることで、相手のやる気を引き出そう、という発想なのでしょうが、本稿から考えると「高い報酬を約束するが、ヘマしたら報酬を減額する」という契約にしておいた方が相手のやる気が出るかもしれません。
子どもに勉強させようと思ったら、「よい点をとったらオモチャをあげる」ではなく、「オモチャをあげよう。でも、悪い点を取ったら取り上げるから、そのつもりで頑張って勉強しなさい」というほうがよいかもしれません。
もっとも、その場合にはこどもがオモチャで遊んでしまって勉強しない、というリスクもあるので、オモチャに鍵をかけておく、といった工夫は必要でしょうね。もうひとつ、何度テストを受けても良い点がとれなかった場合にオモチャが無駄になる、という可能性もありますね。別の子どもがいれば、再利用できるのでしょうが…。
投資初心者が「株を塩漬け」にしがちなワケ
人間の脳の錯覚で有名なのが「儲かったときの喜びよりも、損したときの悲しみのほうが大きい」というものがあります。
これが株式投資を思いとどまらせる要因として働いているため、「投資初心者は〈せっかく値上がりで得た利益を失いたくない〉という気持ちが強いから、利食い売り(利益確定売り)が早過ぎる」とか「資産全額を銀行預金にする人が多い」とかいわれています。
「オモチャを得る喜びよりも一度自分のものになったオモチャを失う悲しみの方が大きい」というのと「金融資産を獲得する喜びよりも、一度獲得した金融資産を失う悲しみのほうが大きい」というのは似ていますね。
投資初心者は損切りが苦手だともいわれています。株価が購入価格を下回ると「いま売ったら損失が確定してしまう。それは嫌だから、株価が戻る可能性に賭けて、売らずに持っていよう」と考えて値下がりした株を塩漬けにする人が多い、というのです。
本来であれば、値上がりしたときも値下がりしたときも「買った値段のことは忘れて、自分が豊かになるためには売るべきか、持っているべきかを考える」のがよいのですが、投資初心者の場合には脳の錯覚がそれを許さない、というわけですね。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義 経済評論家
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