高級ホテルでドライヤーやバスローブ、ハンガーなどの備品が盗まれる…旅行業界で「インバウンドの客よりも悪かった」と囁かれる客層とは?
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月12日 10時15分
物価が上がっている今、「値下げ」と聞くと消費者としてはうれしく感じるものですが一概に「良い」とは言えないようです。本記事では、「安売りプロモーション」の失敗例と成功例について、心理学者の越智啓太氏による著書『買い物の科学:消費者行動と広告をめぐる心理学』(実務教育出版)から一部を抜粋・再編集して解説します。
アフターコロナのGoToトラベルキャンペーン
2020年から始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対して、日本政府は、まだ流行が始まって間もない時期から「パンデミック収束後」の援助についての政策を打ち出しました。
いまとなってはあまりにも時期尚早な政策でしたが、この中心が「GoToトラベル」です。このキャンペーンは、コロナ禍の自粛によって大打撃を受けた観光業界を支援するために、国民の旅行費用に対して大規模な援助(最大半額支援)を行うというものでした。
この政策ははたして、旅行業界に良い影響を与えるでしょうか。コロナ禍で多くの旅館やホテルは収入が激減し、多くの宿泊事業者が廃業を余儀なくされました。そのため、この政策によって顧客が増加して、旅館・ホテル経営者の救いになったことは事実でしょう。
しかし、これが長い目で見て今後の旅行業界にとって良いことなのかは考える必要があるでしょう。この補助金は、実質的には国がお金を出した値下げに相当します。なにしろ半額ですので、普段は到底宿泊することができない高価な旅館に宿泊することも可能になったわけです。
高級旅館や高級ホテルの経営者が最初に感じた問題のひとつは、客層の変化でした。
このキャンペーンで来た客は普段の客に比べてマナーが悪く、ドライヤーやバスローブ、ハンガーなどの備品は盗まれる、ミニバーを使用しても申告はしない、大声で騒ぐ、酒に酔って暴れる、子どもが廊下を駆け回る、部屋がひどく汚される、などのトラブルが続出したのです。
また、ちょっとしたことでのクレームや無理な要求、ネットにネガティブな評価を書かれることも増大しました。一時インバウンドの客が増えたときに客質の悪さが指摘されましたが、観光業界では「GoToの客はインバウンドの客よりも悪かった」といわれています。
このような現象が引き起こされた理由はいくつか考えられます。そもそも、ホテルや旅館には、その宿泊施設の「格」にふさわしい人々が宿泊していました。彼らはそれらの宿泊施設に再び宿泊する可能性も高いので、大切に敬意を払って施設を利用していました。
ところが、大幅割引で来た客はその場限りの消費者です。おそらくリピーターになる可能性は少ないでしょう。そのため、彼らは「どうせもう二度と来ないんだから」と傍若無人に振る舞いがちだったのです。また、「せっかく泊まってやった高い宿」に対する要求水準も過度に高く、それゆえ実際に不満も多かったのだと考えられます。
問題は、これらの客と同宿したリピーターの客たち(高単価の旅館ほどリピーターが多いことがわかっています。旅館にとってはもっとも良い顧客です)です。彼らは、このような客に遭遇して「この宿もずいぶん変わったものだ」「前来たときに比べて居心地が悪い」とネガティブな印象を抱いてしまった可能性があります。
これらの客が「値段以外の理由」によって、次からは別の宿に流れてしまった場合、宿は最大のお得意様であるリピーターを失ってしまうことになります。そして、GoToで来た客の多くはGoToが終わると二度と来ないでしょう。「価格に惹かれてきた客は価格が上がると去る」からです。
興味深いことに、高級旅館や高級ホテルの中にはGoToトラベルに意識的に参加しなかったところもあります。これらの旅館やホテルは、値下げをして一時的に顧客を増やすよりは、値下げをしないでブランド価値、サービス水準を維持することを選んだのです。
カルビーポテトチップスの低価格での市場投入
低価格帯の商品を投入して市場シェアを奪うという方法は危険ではありますが、成功した企業も少なくありません。そのひとつがカルビーで、ポテトチップス導入時にこの戦略を使用しました。
ポテトチップスの二大メーカーといえば湖池屋とカルビーですが、この二社はその売上シェアをめぐって日夜戦いを繰り広げています。ところで、ポテトチップスを日本において製品化したのは湖池屋が先です。
湖池屋は1953年に創業した企業で、1967年にポテトチップスの量産化に初めて成功しました。この商品はハイカラな商品として売れ始め(初めはおつまみとして、次第に若者向けおやつとして)、湖池屋はポテトチップスの代名詞になりました。
そこに新たに参入したのがカルビーです。カルビーは1975年に湖池屋から8年遅れてポテトチップスを発売しました。しかし市場シェアは湖池屋が握っており、この戦いは苦戦が予想されました。事実、この戦いに挑んだ明治、不二家、東ハトはすでに敗退していたのです。
そこで、カルビーは低価格戦略で市場に参入しました。当時、湖池屋のポテトチップスは150円だったのに対して、100円(当時は消費税がなかったので、本当に100円玉一枚でポテトチップス一袋が買えました)で発売したのです(ほかにも、湖池屋が東日本中心の販売だったのに対して全国展開をするなどの戦略も使用しました)。
翌年には、大規模な広告プロモーションも行いました。とくに「100円でカルビーポテトチップスは買えますが、カルビーポテトチップスで100円は買えません。あしからず」というコミカルなキャッチフレーズを、やはりコミカルで庶民的なタレントの藤谷美和子さんが口にするというテレビコマーシャルは大きな話題になりました(藤谷美和子さんはこのコマーシャルがきっかけで国民的なアイドルになりました)。
その結果、カルビーは湖池屋からシェアを奪うことに成功し、ポテトチップスのトップメーカーになったのです。
一般に低価格戦略はあまり良い手ではないと考えられていますが、このケースは明確な成功事例といえるでしょう。すでに市場で大きなシェアを占めている企業がある場合、後発の企業がそこに参入するためには、低価格戦略も有効になる場合があるというわけです。
他の業態では、回転寿司チェーンやヘアカットチェーンなども同様な方法で市場に食い込んでいくことに成功しています。この戦略が有効になる場合、有効でない場合はどのようなケースなのかについて、みなさんも考えてみてください。
越智 啓太
法政大学文学部心理学科 教授
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