憧れ?嫉妬?それともモヤモヤ?なぜ私たちは「東大」に反応してしまうのか【『反・東大』著者に聞く】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月22日 6時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
「今年の東大合格者数」「東大出身タレント」「東大生の母親に聞いた頭のいい子の育て方」「東大出身YouTuber」……テレビや雑誌、ネットニュース、SNSを開けば「東大」を冠した見出しやキャッチコピーが目に飛び込んでくるのは日常の光景。私たちはなぜ、「東大」という言葉に(憧れにしろ嫉妬にしろ)反応し、何か一言申さずにはいられないのか……。「私たちは東大を内面化している」と話す『「反・東大」の思想史』(新潮選書)の著者で甲南大学法学部教授の尾原宏之さんにお話を伺いました。
私たちは「東大」を内面化している?
――尾原さんは著書のなかで「日本の近現代そのものが東大を頂点とするシステムによって生み出された」としています。東大に抵抗する勢力の側から東大を歴史的に再検討していますが、執筆のきっかけをお聞かせください。
尾原宏之さん(以下、尾原):2016年の暮れに新潮社の編集者と喫茶店で話した雑談が発端となっています。ちょうどその時期に東大理IIIにこどもをことごとく入学させた母親の教育を紹介する記事や番組、「東大」をタイトルに冠するバラエティ番組やクイズ番組などが増えていたんです。一方でネット上ではいわゆる「Fラン大学」など偏差値が低い大学に対する揶揄や中傷も目立っていました。
また、普段は学歴社会や学歴差別に批判的なメディアも毎年3月になると「どこどこの高校から東大に何人受かった」などの記事を一斉に出す。「東大礼賛があからさますぎないか?」と思ったことが執筆のきっかけのひとつです。
――「東大」に関するニュースや話題になると一気に人々の関心が集まりますね。ネットニュースの見出しとしても「東大」はとても強いという感覚があります。
尾原:そうですね、たとえば東大の推薦入試に関する話題でも非常に社会的な反応がある。東大にまったく関係ない人が、たとえば有名人が東大に推薦で入学することに『いかがなものか』とめちゃくちゃ怒っているんですよね。社会でも『この人東大なんだって』ということが話題になったりする。要するに東大というものを内面化してしまっているんですよね。老若男女、東大というものを絶対化しているのでは? そしてその価値観の内面化が最近特に強まっているのではないか? というのが今回の執筆の動機になっています。
――「東大の価値観を老若男女が内面化している。そしてそれが強まっている」ということについては、尾原さんはどのようにお考えですか?
尾原:基本的に不健全なことだと思います。東大生にとってもよくないし、東大生以外にとってもよくないと思っています。特にネットやSNSで、「東大」を名乗りつつ他大学出身者を露骨に見下す人がここ最近、増えたように思います。かつては東大出身者ほど言動に気をつけているな、という実感がありました。
「○○商事のやつは優秀だけれど、やっぱり東大が多い」とか、会社や社会のしがらみとは遠いところにいるようなYouTuberにも「東大」が付きまとっている。
一方で、私も地方の私立大学で教員をやっていて学生と接していても「どうせ私(僕)なんて」と異様に自分たちを卑下する学生が少なくないことを感じています。就職に関することでも「俺たちはバカだからこの程度でいい」とか「一流大に入れなかったし、勉強もしなかったからしょうがないよね」と内面化している。そういう空気が社会全体を覆っているのはとても不健全だと思います。
「自分は東大を出ていないから」”不公平”を正当化している?
――2021年の流行語大賞にノミネートされた「親ガチャ」という言葉もそうですが、格差を固定化するような言葉が頻繁に登場するようになった気がします。
尾原:「東大礼賛」の空気は、格差の正当化につながる側面もあります。「東大や京大、あるいは旧帝大を出ているからいい思いをするのが当たり前である」という思い込みは、「それ以外の人々は努力しなかったのだから冷遇されるのは当たり前である」という考えにつながります。
教育社会学の研究を見てもわかる通り、子供の学歴は親の収入や文化資本とも密接に関わってくるのですが、それを不公平と捉えさせない装置として、学歴が機能しちゃっている。子供のころからガンガン中学受験塾に通わせて投資した結果も大きいのに、不公平さを感じさせないようにしているというか「しょうがないじゃん、だって東大出てるんだもん」という流れになっている。
逆に東大に推薦入試で入ろうもんなら「ペーパーテストで公正に行われるべき」と非難が殺到する。多くの人たちが東大を内面化しているからあんなに怒るわけですよね。東大にものすごく比重がかかっている、もっと言えば東大入試に比重がかかっているわけです。東大入試を頂点とする大学入試こそが能力を判断する最もフェアな方法だという考え方が、現在の社会秩序を支えているといえます。
「外資系コンサル」「タワマン」…時代によって変わる価値と揺るがない「東大」
――「東大に対する挑戦者の戦いは倒幕運動のようなものであった」と綴られていますが、「倒幕」はこの先あり得るのでしょうか?
尾原:東大の時代は当面続いていくんじゃないですか。ただ、ずっとこのまま強化されていくというよりも、必ず問題や歪(ひず)みが発見され、それを克服するための揺り戻しが起こる、というプロセスが繰り返されると思います。
たとえば、東大の5教科7科目の入試から最も遠い世界が、面接や推薦です。戦後、医学部などのように面接を導入したり、高校の成績を重視したり、推薦枠を設けたりというのは、受験勉強や受験教育がこどもに負荷をかけ過ぎている、ペーパーテストでは測れない部分が多いという反省からでした。しかし、2018年に発覚した東京医科大学の入試における男女差別事件が象徴的なのですが、差別の手段に使われてしまいました。
尾原:また、一つの流れとして推薦入試に対する偏見というのもあリます。特に私立大学で、推薦で入学した学生は筆記試験で入った学生より学力が低いとされて推薦入学者をバカにするような傾向も最近目立っています。
階級文化ではないですが、貧富の差や格差が強まっていけばいくほど、「ペーパーテストは本当に平等なのか? つまり、東大に入るための学力というのは生まれつきとか本人の努力によって得られたものなのか?」というような問い直しはされると思うし、すでにそれは言われていることです。
そういう意味でも、マイケル・サンデルが『実力も運のうち 能力主義は正義か?』のなかで語った「人種差別や性差別が嫌われている(廃絶されないまでも不信を抱かれている)時代にあって、学歴偏重主義は容認されている最後の偏見なのだ」というのは日本にも当てはまります。それに対してどんな批判が出てどんな形になっていくのか……。「学力とは何か?」という問い直しは遠からぬ将来に来るような気がします。
ただ、「外資系コンサル」でも「タワマン」でもステータスになるものって時代によって揺れ動くけど、東大だけは揺らいでいない。設立以来、人間の格付けの基準として東大合格、東大卒という肩書が機能するのは当分変わらないんだろうなと思います。
尾原 宏之
甲南大学法学部
教授
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