とんだ誤算でした…〈退職金3,000万円・年金月28万円〉の67歳・元大手企業常務、“安泰の老後”が突如終焉。家を失い、ボロボロの築古アパートで暮らし始めたワケ【FPの助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月18日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
どんなに潤沢な老後資金を蓄えていても、何が起こるかわからないのが人生。今回、定年後、妻に離婚を切り出された元エリートサラリーマンの事例をもとに、牧野FP事務所の牧野CFPが近年増えている「熟年離婚」で起こりうる老後の貧困について解説します。
Aさんの高級老人ホーム入居計画
Aさん(67歳)は、住宅ローンを払い終えた都内の分譲マンションで、妻のBさん(65歳)と二人で暮らしていました。
Aさんは60歳のときに大手企業を常務で退職し、65歳まで系列会社の役員を務めて、現在は完全リタイアしています。Aさんは勤めている間も退職後も、家庭を顧みることはありませんでした。
退職当時の貯蓄は、2社の退職金を含めて5,800万円余り。現在の収入は、Aさんが老齢厚生年金を月約23万円、くわえて75歳までは企業年金を月5万円。またBさんも、今年から老齢厚生年金を月約8万5,000円受給して、合計月約36万5,000円です。
Aさんは、70歳になったら現在住んでいるマンションに初孫が誕生した一人息子のCさん家族を住まわせ、自分たち夫婦は高級老人ホームで余生を過ごそうと考えていました。
退職後も家庭を顧みない夫に嫌気が差したBさん
A家の家計管理は、Aさんが勤めていた時も現在も、妻のBさんに任されていました。
しかしAさんは退職後、Bさんに相談なしに住宅ローンの残債1,500万円を完済し、部屋のリノベーションや新車の購入などにもお金を使ってしまったため、現在貯蓄は2,500万円に減っています。
さらに主な収入が年金となり、給与収入の3分の1に減っても、趣味のゴルフには通っていました。その費用は、勤めていた時はほぼ会社負担でしたが、現在は全額Aさんが払っています。しかも勤めていた時よりも、ゴルフに出かける回数は増えています。
また、勤めていた会社の後輩などとの飲み代も、退職した今もすべてAさんの驕りで支払っていました。見かねたBさんがAさんに、「年金収入だけでは足りない月は、貯蓄を取崩して生活しているのよ」と言っても我関せず。「夫婦で2人部屋に入るほうが、1人で入居するよりも月額費用が安いので、70になったら高級老人ホームに入ってのんびり暮らすか」が口癖でした。
Bさんは、夫が老後の生活に入っても、出かける先が会社からゴルフ場に変わっただけで相変わらず家庭を顧みないことに辟易し、また熟年離婚ドラマをテレビで観て、老人ホームで夫婦で暮らすより一人で暮らしたほうがよいかもと思い、ある策を考えたのでした。
突然の“離婚宣言”に困惑…離婚後の生活に不安のAさん
Bさんの実家では、同居している兄夫婦が介護状態の90歳を超えた母親の面倒を看ており、Bさんも年に何度か2~3週間ずつ、実家に泊まり込んで母親の介護を手伝っていました。実家に帰ったタイミングで、Bさんは温めていた作戦を実行に移します。まず、Aさんと息子のCさんに、メールを送信しました。
Aさんに送ったのは、“離婚の宣言”です。
メールを読んだAさんは、まさに青天の霹靂でした。内容を要約すると、
・結婚以来、家庭を顧みない生活は限界だから別れたいこと
・財産分与をして貯蓄は折半すること
・自宅はこのまま私(Bさん)が住むので、あなた(Aさん)は出ていくこと
・年金は、私が「3号分割制度」の手続きすること
Aさんは、何度もメールを読み返して、その夜は一睡もできませんでした。
翌朝、そんなAさんに、タイミングを見計らったようにCさんから連絡がありました。AさんはBさんから受け取ったメールの内容を話しました。今後の生活が急に心細くなったAさんにCさんは、親子と親交のあるFPに相談することを勧めたのです。
離婚後のAさんの生活
筆者はAさんから、「もし妻のすべての要求を受け入れ離婚したら、私はどのように生活をすればいいのか、教えてほしい」と相談を受けました。そこで、財産分与で貯蓄額、また3号分割制度で、年金受給額がそれぞれいくら減るか、それに伴い、どこに住めるのか、今後のAさんの生活をシミュレーションしてみました。
<財産分与>
財産分与とは、離婚するときに、結婚してから夫婦が協力して築いた財産を、公平に分け合う制度です。 Bさんは貯蓄は折半して、マンションはBさんが住むことを要求しています。Bさんのほうが取り分が多いですが、お互い納得すれば問題ありません。
現在の貯蓄は約2,500万円で、借入金はありませんので、1,250万円ずつ折半します。
<年金の「3号分割制度」>
日本年金機構「離婚時の年金分割」によると、夫婦が離婚したときは、老齢厚生記録を当事者間で分割にできる「合意分割制度」と「3号分割制度」が制度があります。
Bさん要求の「3号分割制度」では、平成20(2008)年4月1日以後の国民年金第3号被保険者(サラリーマンの妻で専業主婦など)の期間、相手方(Aさん)の厚生年金記録を2分の1ずつ、当事者間で分割ができる制度です。請求は当事者双方の合意は必要なく、離婚等をした日の翌日から2年以内に、国民年金の第3号被保険者であったほうが、年金事務所に出向き、「標準報酬改定請求書」を記載し、提出することで成立します。
年金分割が認められると、Aさんのところにも日本年金機構から「標準報酬改定通知書」が送付され、年金分割の請求をした月の翌月分から、年金額が変更されます。
なお、年金分割は、厚生年金の報酬比例部分に限られ、国民年金の老齢基礎年金等に影響はありません。
そこで、筆者はAさんの同意を得て知り合いの社会保険労務士に確認したところ、「3号分割制度」で年金が分割されると、Aさんの年金受給額は現在の月約23万円からおおよそ月約17万円に、毎月6万円減額されそうです。
今後の生活費は17万円に
Aさんは、今までの毎月の家計支出額を知りませんでした。そこで、離婚後の年金受給額と取崩しができる貯蓄額から、住める場所を探すことにしました。
財産分与後の貯蓄額1,250万円のうち、500万円を介護や看護費用に残しておくと、750万円は取崩すことができます。全額を生活費に取崩して、100歳まで生活すると仮定すると、その額は月に1万2,000円程度です。
よって、今後は毎月18万円の支出で生活することとします。
単身の高齢者にとって、賃貸住宅への入居が難しいワケ
Aさんが希望する、交通の便や買い物に便利な立地の物件を購入するには、中古のワンルームマンションでも、3,000万円は必要です。住宅ローンを組むのは、年齢からも収入からも無理ですので、断念しました。
次に、ネットで賃貸のマンションを探しました。気に入った物件が見つかっても、不動産仲介業者に問い合わせると断られます。どうやら年齢と単身の入居が問題になるようです。そうとわかれば、生涯住める終の棲家を探さないといけません。
内閣府「令和5年高齢社会対策総合調査」で、65歳以上で賃貸住宅の入居を断られた理由として、「高齢のため」が61.5%と最も高く、次いで、Aさんには当てはまらない「万が一の時の身元引受人がないため」28.2%、「家賃の連帯保証人がいないため」20.5%と続いています。
結局入居できる物件は、築古の木造アパートでした。室内はカビ臭く、土壁が剥がれかかった、約4年間空室だった部屋です。それでも家賃に共益費を含めると、月約6万円の出費です。
Aさんは、いくら名が通った企業の元常務でも、単なる高齢の無職として扱われることにショックを受けました。
「こんな老後になるとは……とんだ誤算だったな」
すっかり気落ちしたAさんは、近くのスーパーにカップ麺を買いに行く以外、出かけることはなくなりました。
芝居でひと安心のAさん
そんなある日の夕方、突然部屋のカギを開ける音がしました。
そして、Bさんがいつもように「ただいまー」と実家から帰ってきたのです。その後にCさん夫婦と孫も入ってきました。それを見て、Aさんは顔を伏せました。どうやら涙を流しているようです。
Cさんは「薬が効きすぎたかな」といい、Bさんはほっとしたように、笑顔でAさんを見ています。
この騒動は、「いくら言っても勤めていたときと同様、家計に関心を持ってくれないし、行きたくもない老人ホームに入居すると言っている。なによりこのままでは、家計が破産する」と心配したBさんが、Cさんに相談してひと芝居打ったのでした。
もし離婚すれば、Aさんは今までの生活は望めません。またBさんも、3号分割で年金受給が増えると、月約14万5,000円の受給額になります。しかしこのままマンションに住めば、マンションの管理費や固定資産税などの負担は今までと変わりません。
離婚することで離婚の原因は解決できても、離婚後の生活はどうするのか。特に熟年離婚をするときは、人生の終末まで熟慮して実行することが大切です。
牧野 寿和 牧野FP事務所合同会社 代表社員
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