煩悩はなくなりました…現役時代は生き急いだ60代独身・元商社マン。一転、老後は「年金月16万円」で穏やかに暮らすも、人生最後に「地元へ敗走」のワケ
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月23日 10時45分
(※写真はイメージです/PIXTA)
会社員生活も終わり、定年退職をして自由を手に入れたらあれをしよう、これをしてみたい、とさまざま思いを巡らせている人は多いでしょう。しかし、理想と現実にはギャップがあるもので……。本記事では、老後に理想のマイホーム購入を叶えたAさんの事例とともに、定年後の住宅購入の注意点について一級建築士の三澤智史氏が解説します。
賃貸か持ち家か
賃貸住まいとマイホーム購入、どちらがいいか議論になることが多いですが、一概に結論づけることはできません。なぜなら、人それぞれのライフスタイルなどによって賃貸と購入のどちらが適しているかは異なるからです。
賃貸物件における最大のメリットは、引っ越しのハードルが低いことです。転勤の多いビジネスパーソンにとって、賃貸暮らしは必須といえるでしょう。デメリットは、自分のものではないことです。リフォームや設備交換の自由度がないため、壁紙ひとつさえ自分の好きなように交換することができません。
会社員時代は賃貸物件で暮らす日々
Aさんは九州地方のある県で生まれ、東京の大学を卒業後はそのまま東京の商社に就職しました。仕事は多忙を極め、朝も夜もない生活。商社という職業柄から海外への赴任も幾度となく経験し、気が付けば独身のまま年齢も50代半ばになるころでした。しがらみが増える結婚は避け、気ままに生涯独身でいようと決めていました。
住むところといえば会社が決めた賃貸物件ばかりだったため、住まいには特にこだわりなく生きてきたAさんでしたが、老後の人生を大きく左右する転機が訪れます。それは、国内出張で訪れた地方で、集落の風景を目にしたときでした。
昔ながらの石積みの棚田で稲作にいそしむ人々や、神社の敷地内にある滑り台と砂場で遊ぶ子どもたちを見て、Aさんは幼少期に父親と観に行ったある映画を思い出します。大人になってからもさまざまな映画を観ましたが、Aさんのなかでその映画を超えるものはありませんでした。映画のなかの世界が、そこに実在していたのです。
「定年退職後はここに住もう」心に誓いました。職業柄、収入も多かったAさんは「カネさえあればなんとかなる」そう考えていたのです。
Aさんは「将来こんな家に住みたい」と注文住宅会社のパンフレットを手に夢を膨らませながら、定年退職を迎えました。ここからは、夢のセカンドライフが始まります。
夢の詰まったマイホーム
60歳で定年退職したAさんは夢のマイホームを建築します。土地は地方ということもあり、比較的安く購入できましたが、建物は細部にもこだわったため、総額は3,000万円まで膨らみました。貯金1,000万円と退職金で2,000万円、残りは15年間の住宅ローンでまかなう資金計画です。独身にもかかわらず貯蓄が少ないのは、浪費家であることと、過去の女性関係によるものです。
定年後は再雇用などの道もありましたが、定年と同時にすっぱりと仕事を辞め、年金は60歳から受け取り始められるよう繰り上げて受給し、収入内で支出を収めようと決めていました。
Aさんの月々の老後生活資金は、以下のようなものでした。
収入項目 収入金額 支出項目 支出金額
年金 16万円 住宅ローン 6万円
食費 4万円
水道光熱費 1万円
交通通信費 1万円
娯楽費 3万円
医療費 1万円
雑費 1万円
収入合計 16万円 支出合計 17万円
宣言どおり、しっかりと収支のバランスがとれているAさん。「年を取ってきたし、仕事を辞めたせいか、現役時代の煩悩がなくなりました」ハッハッハと笑います。
「穏やかな暮らし」からしか得られない幸せ
Aさんの生活は、仕事に私生活にと生き急ぐように過ごしていた退職前とうって変わりました。積極的に地域の人たちと田畑の耕作や地域の寄り合いを通じて交流を図り、贅沢をすることもなくなりました。地域になじみ、幼少期の憧れを叶え、理想の生活を送ることができたのです。貯金も約1,000万円を残しているため、経済的にも余裕があります。現役時代も老後も好きなように生きられて、自分は勝ち組だと信じていました。
しかし、移住から3年を経過したある日から、その生活は崩れていったのです。
不測の事態と移住の失敗
九州に住むAさんの父に、認知症の可能性があると母から連絡がありました。Aさんの母は免許を返納しているため、父の通院を支えることができません。そのため、Aさんは九州に戻り、両親の生活の面倒を見ることにしました。
幸い、Aさんには歳の離れた弟が九州にいるため、常に付き添って面倒を見る必要はありません。しかし、任せきりにするわけにもいかず、1ヵ月の半分を九州で過ごすようになりました。
こうして、九州と移住地を行ったり来たりする日々が約1年続きます。1年をかけて医療費や父の介護のための実家のバリアフリー化などの費用がじわじわとかさみ、貯金も底が尽きそうな状態に。さらに、体力も続かないことからAさんは新居でこもりがちな状況に陥ります。しばらく家にこもったあと、久しぶりに外で近所の人と会うと、なんだか上手くコミュニケーションがとれません。積極的に関わりを持とうとしなくなったAさんのことを住民たちからは避けられているようにさえ感じました。
結果的に、Aさんは新居を安価で売却することを決断。逃げるように引っ越しました。ぎりぎりオーバーローンにはならず、わずかな売却益が残ったため、貯金の一部とあわせて住宅ローンを返済。その後は、九州に戻り実家の近くで安い賃貸物件を借りて、両親の面倒を見ています。
いまでは、両親を支えることに親孝行の念を抱きながらも、「どうしてこうなったのか。老後も勝ち組だったはずが……」と後悔する日々が続いているようです。
日本人の寿命は延びている
厚生労働省が発表した令和5年度の「簡易生命表」※1によれば、男性の平均寿命は81.09歳、女性では87.14歳となっています。平成2年のデータ※2では、男性の平均寿命は75.92歳、女性では81.90歳と、約30年で6年も男女ともに寿命が延びている状況です。Aさんの父のように介護が必要な状態となってからも長く生きる人は少なくないのです。
Aさんは、大学卒業後ずっと独身で仕事と自分の私生活ばかりの人生を歩んできたため、家庭や家族との接点をあまり持つことなく定年退職を迎えました。そのため、両親や兄弟のことについて向き合う機会が少なかったのかもしれません。両親が長生きすることを踏まえたライフプランを十分に検討できていなかったといえるでしょう。
親の介護には準備が欠かせない
民間企業のアンケート※3によれば、親の介護に直面した人が「やっておけばよかった」と感じたことのランキングは以下のとおりです。
1位:公共サービスについての情報収集(43.6%)
2位:介護を受ける本人(親)との話し合い(31.0%)
3位:介護費用を貯めておく(29.1%)
親の介護をするにあたっては、事前の準備が欠かせません。Aさんについては、これらの準備をする暇もなく介護をすることになったため、精神面・身体面・経済面のすべてにおいて準備不足が露呈したといえます。
老後の住宅購入はあらゆるリスクを考えて慎重に
今回の事例では、マイホームの購入において想定するべきリスクやチェックすべきポイントが多く存在することがわかりました。住宅を購入する決断は決して簡単なものではありません。この事例を通して、限られた資産のなかでより豊かで後悔しない住宅購入を考えてみましょう。
〈参考〉
※1 厚生労働省 「1 主な年齢の平均寿命」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life23/dl/life23-02.pdf
※2 厚生労働省 「1 主な年齢の平均余命」表2 平均寿命の年次推移
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life10/01.html#:~:text=%E5%B9%B3%E6%88%902,5.98
※3 SOMPOホールディングス株式会社 「親の介護に関する調査」結果
https://www.sompo-hd.com/-/media/hd/files/news/2019/20191220_1.pdf?la=ja-JP
三澤 智史
一級建築士
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