Amazonやユニクロに潜入したジャーナリストが「潜入取材」にこだわるワケと女性記者に真っ先に潜入してほしいと願う〈ある業界〉とは?
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月28日 6時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
「私には夢がある。それは、いつの日か、日本に潜入記者が10人、いや100人生まれることだ」と話すのは、ユニクロ、アマゾン、ヤマト運輸、佐川急便からトランプ信者の団体まで名だたる大企業・団体に潜入してきたジャーナリストの横田増生氏。横田氏が潜入取材にこだわるワケとは? 著書『潜入取材、全手法』(角川新書)から一部を抜粋・再編集して、お届けします。
外面でなく本当の姿を描ける方法
私には夢がある。
それは、いつの日か、日本に潜入記者が10人、いや100人生まれることだ。
彼らが企業や政治家の事務所、芸能界まで深く潜行し、世の中で知られていない事実を暴き出す。そんなスペシャリストが100人も活躍するようになれば、日本の社会も山椒が効いたようにピリッと引き締まるだろう。
不正な会計処理で系列会社から巨額の賭博代を引っ張り出すボンボン経営者、外部の医師から相談があったにもかかわらず何カ月も公表せず健康被害を拡大させた企業、違法なカネで票を買う政治家、未成年の少年少女を食い物にする芸能関係者、女性へのセクハラ行為を働きながらも口裏を合わせて揉み消そうとする組織──。
そういった人でなしの周りにジャーナリストが身分を隠し、目を光らせ、悪事をすっぱ抜いたときの衝撃は計り知れない。
日本の社会が、もしかしたら潜入記者が周りにいるかもしれないと意識するようになると、不正行為や不祥事への抑止力になる。そんな専門家が日本で100人も活躍するようになれば、社会に心地よい緊張感が生まれてくるはずだ。
もちろん、潜入でなくとも取材はできる。けれども、書かれることが前提の取材となると、相手はできるだけいい人に書いてもらおうと努める。書かれることが前提ならば、誰だって取り繕う部分があっても不思議ではない。
そうした姿もウソではないが、その人の表層的な一面にすぎず、どうしても美化したものとなる。つまり、外面だ。
しかし、取材とは告げずに、その人の行動や言動を至近距離から観察したらどうなるだろう。正面からの取材とは別の側面が見えてくることがある。外面の下に隠された本当の姿までが表れてくることがある。その人の飾らない姿が浮き彫りになるのが潜入取材の魅力であり威力でもある。
女性記者に潜入してほしいある業界
私自身は成り行きから潜入取材をはじめた。あとで詳述するが、その当時、参考にしたのは、鎌田慧が書いた『自動車絶望工場』。トヨタ自動車の組み立て工場への潜入記だ。
その本を何度も読みながら、アマゾンの物流センターで働き、『潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影』を書いたのは20年ほど前のこと。
その直前に書いた本で取材費を使い果たし、手元不如意となっていた。ノンフィクションの本は書きたいが、取材費はない。
アマゾンで時給をもらいながら、本が書けるのならそれもありか、と思って手探りではじめた。もちろん、ノウハウもなければ、問い合わせる伝手も持ち合わせていなかった。
その後、宅配業界を取材するとき、ヤマト運輸と佐川急便に潜入取材した。名誉毀損裁判の後で、ユニクロから取材拒否をされたため、名前を変えてユニクロでも1年働いた。
国内だけではない。アメリカの大統領選では、トランプ陣営のボランティアとして働き『「トランプ信者」潜入一年』を書いた。
何度かの潜入取材を経て、さまざまなノウハウを体得してきた。私が潜入をはじめる前に知っていればよかったと思う知識がだんだんと蓄積されてきた。
この本は、潜入取材をはじめる前の私を思い出し、自分自身に指南書を書くことを想定している。知っておくと役に立つだろう、という知識をできるだけ詰め込む。
その一例を挙げると、名前の問題がある。
私が、もし潜入取材を繰り返すことがわかっていれば、ペンネームで書きはじめていた。
潜入取材の難関は、相手企業や組織にこちらの身分が露見することなく潜入する点だ。その入り口が最大の関所となる。
私の人相によって、潜入記者であることを見破られたことは、これまで一度もない。テレビやユーチューブの番組にも、多少は出演することがあるのだが、人はそんなことを記憶にとどめてはいない。顔バレするには、毎日のようにテレビに出ていることが条件となる。
しかし、名前は簡単にバレる。
私は2022年の沖縄県知事選で、自民党陣営にボランティアとして潜入しようとした。事務所に通い続けて3日目にこう言われた。
「明日も来るのなら、駐車場を使えるように登録しますので、名前と住所を書いてください」
通い詰めたことが認められたと喜んだのも束の間、すぐに事務局長の名刺を持つ男性が私の前に飛んできた。
「横田さんって、アマゾンやユニクロに潜入している方ですよね」
ネットで名前を検索したのだという。
事前に、住所は那覇市内に移していたが、名前を変える時間はなかった。潜入取材であることが露呈しないようにと願ってはいたが、沖縄での県知事選挙で飛び込みの内地人のボランティアは悪目立ちしすぎたようだ。
偽名を使えばいいだろう、もしあなたがそう思ったとしたなら、そうした安直な考えを捨てない限り潜入取材をモノにすることはできない。何かと色眼鏡で見られることの多い潜入取材の過程において、ウソは一つたりとも滑り込ませてはいけないのだ。
ウソをつかずに「本名」で潜入取材する方法
顔バレすることはないが、このように、名前を検索されると一発でアウトになる。ところが、もし私がペンネームで書いていれば、本名と潜入取材がつながることなく、自民党陣営に潜り込めていたはずだ。
もしあなたが、これからのジャーナリスト人生において潜入取材を多用したいと考えるなら、ペンネームで書きはじめることを強く勧める。そうすれば、潜入時にあなたの意図に気づかれることなく、取材に邁進できるだろう。
潜入取材といえば、男性ジャーナリストが貧民窟やドヤ街に潜り込み社会の矛盾を暴くといったイメージがあるかもしれない。たしかにそれは一面で正しい。明治時代の『最暗黒の東京』や『日本の下層社会』などがその代表例だ。
だがしかし、女性が書いた潜入物もたくさんある。
日本なら、作家の幸田文が芸者置屋の女中として働き『流れる』を書いた。フランスのシモーヌ・ヴェイユは『工場日記』を著し、アメリカのフェミニストであるグロリア・スタイネムは『プレイボーイ・クラブ潜入記』を書いた。日本において、明治から昭和にかけて、女性記者による潜入取材が広く行われていた事実は『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』に詳しい。
今日の日本で、女性ジャーナリストが真っ先に潜入すべきは、エステ業界ではなかろうか。
「全身脱毛6カ月0円」などという広告は、怪しさの極致である。ネット通販の送料無料と比べても、エステ業界のいかがわしさは際立っている。
〝0円広告〟でどうやって客をおびき寄せ、どれぐらいの金を巻き上げるのか。接客マニュアルはあるのか。施術をめぐるトラブルはないのか。合法的な労働環境となっているのか。疑問は尽きることがない。
男性には容易に足を踏み入れることができないが、女性であれば、明日からでも働けそうなエステ業界への潜入はお勧めだ。
横田 増生
ジャーナリスト
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