ユニクロに1年間にわたって潜入取材!「時給1000円」のアルバイトとして入り込んだジャーナリストが思わず書き留めた、先輩社員の〈衝撃の一言〉とは?<br />
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月7日 10時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
ユニクロの店舗に時給1000円のアルバイトとして1年間潜入取材して溜まったメモは30冊以上。記録を書き残す以外に重要なメモの役割とは? ユニクロ、アマゾン、ヤマト運輸、佐川急便からトランプ信者の団体まで名だたる大企業・団体に潜入してきたジャーナリストの横田増生氏による著書『潜入取材、全手法』(角川新書)から一部を抜粋・再編集して、お届けします。
いい文章が浮かんでくるのは一回だけ
『ユニクロ帝国の光と影』を2011年に出版すると、ユニクロが文藝春秋を名誉毀損で訴えてきた。ユニクロ側はさらに3年半にわたる裁判の期間中は取材を控えてほしいと要望してきたのだが、裁判で文藝春秋が勝訴したあとも、ユニクロは私が決算会見に出席しようとするのを拒んだのだ。
そうした姑息なユニクロの鼻を明かすため、私はユニクロに潜入取材することを決めた。
ユニクロの潜入取材の最初の関門は面接試験である。特にユニクロの主要な労働戦力は、学生と主婦。私のような50代の男は浮いた存在となる。だが、面接に合格しないと潜入取材は始まらない。
2015年秋のこと。ネット経由で時給1000円のアルバイトに応募すると、一週間後に面接を受けることになった。
面接日は、最高気温が20℃を超える晴れの日だった。面接が行われる店長室に入ると、ミュージシャンの布袋寅泰を小柄にしたような店長と、お笑いコンビのチュートリアルのツッコミ担当の福田充徳似の副店長が待っていた。
「メモを取ってもいいですか」
面接が始まると同時に私は了解を求めた。
『ユニクロ帝国の光と影』の取材で、上司の話を聞くときにメモを取っていなかったためにこっぴどく怒られたというユニクロ社員の挿話を何度も聞かされていたからだ。
メモ文化の中で育ってきた店長と副店長に、異存があろうはずはない。というより、ユニクロマインドを身に付けたアルバイト候補がやってきたのではないかと好印象を与えることもできたかもしれない。実際、私は面接当日に採用を知らせる電話を受け、翌日から出勤となった。
ユニクロはメモ会社である。このことは、私の潜入取材にとって有利に働いた。いつでも、どこでもメモを取り放題なのだ。
ユニクロで働いていた1年間、ポケットに入るサイズのノートと黒のボールペンを常に携帯し、時間を見つけては誰はばかることなくメモを取ることができた。自分のシフトや毎日のミーティングの内容、店舗で起こった出来事、掲示板に張り出された連絡事項など、執筆の際の材料になりそうなことは何でもメモに書き留めた。
百円ショップで買ったA6サイズのメモは、働き終わるまでに30冊以上が溜まった。手書きのメモは、古典的ではあるが、潜入取材の記録を残す有力な方法だ。
メモの執筆材料集め以外の「重要な役割」
メモ帳を使うときに気を付けなければならないことは、決して落としてなくさないことだ。私の場合、サービス残業をしている疑いのある店長の出勤時間なども書いていたため、だれかが拾ってメモを読めば、潜入取材の意図が知られてしまうかもしれない。私は1日に何度も、メモがポケットに入っていることを確認した。
なかには、とびぬけて記憶のいい人がいるかもしれない。フォトグラフィック・メモリーといわれる映像記憶能力を持つような人だ。しかし、たいていの人の記憶は頼りなく、はかない。たとえば、昨日の夕食の献立は思い出すことができても、3日前、一週間前となると、自分が何を食べたのかさえ曖昧になる。
それはわれわれの記憶が日々、更新されており、脳に過重な負担がかかることがないようにと、必要のない記憶が消されていくように設計されているからだ。脳内で一時的な記憶を蓄えるといわれる海馬、そこにとどめておけるワーキングメモリーの許容量は、7個前後といわれる。
ジャーナリストを志すためには、そんないい加減な自分の記憶力に頼らないことが必要となる。何でもメモに残す。何が重要かという判断は二の次として、書くための材料を集めるために、とことんメモを取る。
さらに、あとで語るようにメモを残すことは、名誉毀損裁判で訴えられたとき、書き手を守ってくれるという重要な役割も果たす。
メモに残すのは取材のときだけにとどまらない。取材が終わり、何カ月かかけて本を執筆する際、途中でいい文章が頭に浮かんでくることがある。往々にして、ぼーっとしているときに、いい文章が浮かんでくるものだ。そのときも、必ず書き留める。
自分の頭に浮かんできたことだから、あとになっても簡単に思い出せるだろう、と考えるのは大間違いだ。いい文章が浮かんでくるのは一回だけで、そのあと、どうしても思い出せないということがしばしばある。浮かんだ文章を書き留めていないと、大きな魚を逃したような後悔に襲われて歯嚙みすることになる。
天候や匂い、BGMも書き留める
ユニクロの店舗では、バックルームでの〝袋むき〟作業から始めた。これは、店舗に送られてきた商品を、店頭に並べることができるように段ボールから出して、ビニール袋を剝く作業のこと。その作業中に私がメモしたのは、段ボールに印刷された中国の生産工場の名前だった。
いくつかの名前を書き写しているうちに、〈クリスタル アパレル〉という名前にピンときた。私が『ユニクロ帝国の光と影』を書くために、中国の広東省で取材したユニクロの下請け工場の〈晶苑集団〉のことだったのだ。
取材当時、その工場で経営幹部にインタビューした翌日、私は労働者の話も直接聞きたいと工場近くの市場で買い物をしていた女性に声をかけた。夫婦ともに〈晶苑集団〉で働いているという。夫婦と8歳になる一人娘が暮らしているアパートまで付いて行き、話を聞いた。
日本の間取りでいうと八畳一間のアパートには、台所とトイレ、それに親子3人が一緒に眠るベッドがあった。彼らは中国で〝農民工〟と呼ばれる出稼ぎ労働者であり、経済発展の下支えの役割を負うが、その生活はつましい。女性に将来の夢を尋ねた。
「体がつづく限り、夫婦二人で出稼ぎをつづけようと思っています。娘がちゃんとした教育を受け、上の学校まで行って、私たちのような出稼ぎではなく、事務所で働く人になってほしい。少なくとも娘の学校教育が終わるまでは、出稼ぎをやめるわけにはいきません」
その時のことを思い出しながら、今でも二人は同じ工場で働いているのだろうか、と考えた。もっといい条件の工場を見つけて働き場所を変えたのだろうか。
取材のとき、髪を後ろで二つに結んでいた女の子は、日本でいうなら中学二年生になっているはず。終始、興味深げにその様子を見守っていた少女は、両親の期待に応えようと勉強に励んでいるのだろうか、と店舗のバックルームで物思いに浸った。
段ボールについて来る送り状には、配送を担当する物流業者の名前が書いてあった。〈三菱商事ロジスティクス〉や〈ハマキョウレックス〉、〈ダイセーロジスティクス〉や〈SBSロジコム〉などの社名が書いてある。これもメモに書き取る。
私は物流業界の専門紙の出身なので、だれがどこからモノを運んできたかという物流の情報に人並み以上に興味がある。加えて、『ユニクロ帝国の光と影』にも同社の物流網について企業名を挙げて書いており、それ以降に起こったと思われる委託先の変化は新情報だった。
ユニクロは頑ななまで秘密主義の会社であるため、多くの企業が公開している取引先の物流企業の名前を公表していない。よって、ユニクロのサプライチェーン(供給連鎖)に関する情報にはニュースバリューがある。
「ここがメモの出番だ!」と思った瞬間
潜入する企業に関する情報が多いほど、何を観察して、何をメモに残すのかがより的確に判断できる。しかし、潜入する前に、相手企業のことをすべて把握するのは不可能なので、事前準備にそこまでこだわる必要はない。
準備不足を恐れて二の足を踏むより、思い切って相手の懐に飛び込んで、そこから何かをつかみ上げてくるのが潜入取材の醍醐味なのだから。何をつかみ上げることができるのかは、だれにも分からない。そこがおもしろいところなのだ。
メモには、5W1Hに沿って記録を残していくといい。いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どのように行ったか──というように。過剰に書く必要はないが、あとで読み返して、場面が浮かんでくるようなメモを心がける。できれば、天候や匂い、流れていたBGMや話し相手の服装なども書き留めておくといい。
大事なのは、メモはその日のうちに見直す習慣をつけることだ。書き足りない点は赤字で補足。自分の文字ではあるが、時間が限られた中のメモは走り書きとなる。
後で見返すと、何を書いたのかが自分自身でも判読できないことがある。けれども、その日のうちなら、何を書いたかという記憶を頼りに、読解不明の文字や文章を、十分に補うことができる。さらに、その日のうちに見返しておくと、メモの内容が頭に残りやすくなるという利点もある。
1年の間で、「ここがメモの出番だ!」と思った瞬間は、3店舗目の新宿駅東口にあったビックロ(2022年6月閉店)で、営業時間の後に商品整理をしていたときだ。ビックロで私が担当した仕事の一つに荷受け作業があった。
物流センターから毎日、トラックで運ばれてくる数百個に上る段ボールを、1階から3階までの指定された部署に運び入れる作業。繁忙期の感謝祭というイベントのときには、1日700個前後の段ボールが運び込まれた。マニュアルもなく、短い時間で狭いエレベーターを使って荷物を振り分けるという、誰もが敬遠したくなるような重労働だった。
その作業が終わって店頭の商品を畳み直していると、男性の正社員が私に声をかけてきた。
「荷受けは、大変だよね」
「いい運動だと思ってやっていますよ」。そう優等生的な答えを返すと、
「ホントに? 荷受けはいい運動なんかじゃないよ。奴隷の仕事だよ。奴隷の!」
というストレートな言葉が打ち返されてきた。
これはちゃんと受け取らないといけない。すぐに、商品整理をするふりをして、通路にしゃがみこんでメモ帳を引っ張り出して、彼の言葉を書き留めた。
横田 増生
ジャーナリスト
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