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M&A仲介会社「弊社クライアントに、貴社との資本提携に関心のある企業がいます」←この誘いに乗った「オーナー経営者」の末路

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月29日 12時15分

M&A仲介会社「弊社クライアントに、貴社との資本提携に関心のある企業がいます」←この誘いに乗った「オーナー経営者」の末路

(※写真はイメージです/PIXTA)

オーナー経営者のもとに、M&A仲介会社から「貴社との資本提携に関心がある企業がいるので、一度会ってほしい」というDMが届くことがあります。後継者不足により事業承継M&Aのニーズが高まっている昨今では、このような打診に興味を持つ経営者も多いでしょう。しかしM&A支援を行う作田隆吉氏(オーナーズ株式会社代表取締役社長)は、「仲介会社や買い手からの提案に乗る形で進めることは、事業売却に失敗する大きな要因である」と指摘します。

買い手は比較して決めるべき

オーナー経営者のみなさんのもとには、M&A仲介会社からのDMがたくさん届いているのではないでしょうか。その多くは、買い手の存在を示唆するものだと思います。「貴社“のような”事業に」、「関心を示す“可能性がある”企業がいる」といった記載は、具体的に貴社の買収を希望している買い手が存在しないと考えられ、飛びつくに値しない情報であることは、過去記事『M&A仲介会社から届く「弊社クライアントが、貴社のような優良企業様との資本提携を希望されております。」というDMの“真意”』でお話ししました。

一方で、「“具体的に貴社との資本提携に関心がある企業がいる”ので一度会ってほしい」というアプローチがM&A仲介会社からあった場合、 買い手の存在を偽ってはならないことを定めるM&A仲介協会の倫理規則に反していない限り、実際に買い手がいるのかもしれません。あるいは買い手から直接事業売却の打診があったのであれば、買い手が貴社に一定の関心を持っているといえるでしょう。

こうした打診があると、オーナー経営者としては、「自社を買いたいと言ってくる会社はどんなところだろうか」、「なぜうちのような会社に関心を持ってくれているのだろうか」と気になるところだと思います。最近では完全成功報酬を謳ったM&A仲介会社も増えてきていますので、「会ってみて気に入らなければやめればいい」と、オーナー経営者が気軽に買い手と会いやすい環境になってきているのではないかと思います。しかし、こうした仲介会社や買い手からの提案に応じて事業売却を進めることが、売り手が事業売却で失敗してしまう大きな要因となっています。

今回は、オーナー経営者がこうした買い手の打診に乗る形で事業売却を進めることの具体的なリスクについて詳しくお話ししたいと思います。

買い手の競争環境が作られない⇒足元を見られやすい

売り手にとっての1つめのリスクは、売り手にとって魅力的な条件が勝ち取れないということです。仲介会社経由で接触した場合であろうと、買い手から直接連絡が来た場合であろうと、買い手は1対1で売り手と交渉していることを知っています。そのような状況においては、当然ですが買い手は「ぎりぎり売り手が応諾してくれそうなライン」を狙って条件を提案してきます。これでは到底、売り手にとって良い条件を買い手から引き出すことはできません。要するに、足元を見られやすい環境になってしまうのです。

売り手が良い条件を勝ち取るためには、買い手の間に競争環境を作ることが重要です。つまり、複数の買い手が手を挙げ、なんとか良い条件を提案して売り手に選ばれたいと努力してくれる環境です。1社が積極的にアプローチしてきてくれたということは、ほかにも関心を持つ買い手が存在する可能性は十分にあります。そういった関心を示してくれる複数社の買い手を巻き込み、売り手にとって有利な環境を作っていくこと。これが事業売却を成功に導く大切なポイントです。そして、売り手のためにこうした環境作りを支援するのが、売り手専属でM&Aを支援するファイナンシャル・アドバイザー(FA)の役割です。

ここで、買い手の間の競争環境の重要性を示す事例をひとつ、筆者らの支援案件のなかからご紹介します。

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〈A社のケース〉

A社オーナーは50代ながら事業承継を検討しており、大手M&A仲介会社と面談して情報収集をしておられました。某大手M&A仲介会社からは具体的に約7億円の株価評価を受けており、この値段であれば最短3ヵ月ですぐに買い手が見つかるというアドバイスも受けていました。同仲介会社は、論拠の乏しい簡便法である「年倍(買)法」による評価を行っていたものと思われます。

仲介会社の提案に納得できなかったオーナーは、売り手特化でFAサービスを提供する当社のサービスに相談へ来られます。当社では仲介会社とは異なるアプローチで、マルチプル法およびディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法を採用して株価を試算し、13-15億円の評価を提示しました。さらに当社では、「限定オークション」という売却アプローチ(詳しくは別稿で解説します)を採用して買い手の間の競争環境を作り、より良い条件を目指す提案をしました。

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当社の支援のもとで売却プロセスを進めたところ、結果として買い手から約15億円の提案を勝ち取ることができました。当初の株価評価と比較すると、倍以上の評価です。これこそが、買い手の間の競争環境を作って売却プロセスを進めることの威力なのです。

「低い株価評価」が交渉の出発点となってしまう

売り手が良い条件を勝ち取りにくい状況を作り出している要因は、ほかにもあります。それは、M&A仲介会社の株価算定書です。具体的には、①そもそもM&A仲介会社の提供する株価算定が買い手の評価目線と異なるという問題と、②その株価算定書が売り手と買い手双方に開示される実務の問題とがあります。

おさらいになりますが、仲介業界で広く採用されている「年倍(買)法」という株価評価手法は、営業利益(またはその他利益指標)の数年分に純資産を加算して株式価値を計算する簡便法です。

【年倍(買)法に基づく株式価値 = 営業利益(またはその他利益指標)の数年分 + 時価修正純資産】

計算式が非常に簡単で理解がしやすい計算方法であり、M&A仲介業界で広く使われています。しかし、同法はファイナンス理論的に何ら根拠がなく、買い手はそもそも年倍法に基づく株価評価をもとに意思決定することはありません。利益指標に乗ずる年数は業界ごとに相場が固定的に決まっており、成長企業ほど評価が低くなってしまう問題点なども孕んでいます。

M&A仲介サービスにおいては、この何ら論拠もなく、買い手の評価手法でもない年倍法で試算した株式評価レポートが売り手・買い手の双方に開示され、実質的に交渉の出発点として大きな意味を持ってしまっているケースが散見されます。これが、仲介会社の株価算定書のもう1つの大きな問題です。こうしたアプローチは、売り手にとって正当な価値での事業売却を実現することを遠ざけるものであり、オーナー経営者としては避けるべきです。参考情報としての株価は、買い手が実際に行う評価手法を用いて試算することが重要です(過去記事『うちの会社、いくらで売却できる?オーナー経営者が「好条件」でM&Aするための“株式評価手法”【専門家が解説】』をご参照ください) 。

さらにいえば、買い手の評価手法で試算した株価を目標とするのではなく、それを上回る良い条件を勝ち取るために、買い手の間の競争環境をいかに作って売却プロセスを進めるかが重要なのです。

売り手に過度な負担が強いられるリスク

次に、買い手からの提案に応じる形で事業売却を進めた場合に、売り手に過度な負担が強いられてしまうリスクについて解説します。

多くのオーナー経営者にとって事業売却は一世一代のイベントですから当然、勝手がわからないことばかりであるはずです。特に、専門業者であるM&A仲介会社や、M&A経験のある買い手と比較すると大きな情報格差が存在するといえます。売却価格以外の条件もM&Aの成否を分ける重要な位置付けですが、M&A仲介サービスは、中立の立場で売り手と買い手をマッチングするサービス。条件交渉において売り手を守る立場にはありません。

当社では、売り手を守る役割としてセカンド・オピニオン・サービスを提供するケースもありますが、実際に当社がセカンド・オピニオンを提供した案件においても、M&A仲介会社が支援するなかで、売り手に過度な負担が課されているケースが散見されます。M&A仲介会社の採用する株式譲渡契約書の雛形自体が買い手に有利になっており、売り手に過度なリスク負担を強いるものとなっているケースも散見されるため、注意が必要です(株式譲渡契約書に潜むリスクについては、次回以降で詳説します)。

ここで、最近の当社の支援案件から具体例を紹介しましょう。

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〈B社のケース〉

B社はある大手M&A仲介会社の支援で事業売却を実現しました。ところが、無事に売却を実現できて安心していたのも束の間、譲渡から2ヵ月後に買い手から損害賠償を請求されてしまいます。具体的には、「残業代の制度設計を買主の制度に変更した結果、未払賃金を支払うことになったので賠償せよ」というものでした。

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本件において、対象会社と買い手企業における残業代の制度設計は異なるものでした。具体的には、対象会社の制度下においては未払残業代が発生していなかったものの、買い手の制度に移行した場合には未払残業代が発生するといった状況でした。買い手は法務・労務に関するデューデリジェンスを実施し、売主も関連する情報開示を行なっていましたから、買い手はその事実を把握していたものと思われます。買い手としては、上記の未払残業代を価格交渉上の論点とはせず、事後の損害賠償請求を行う選択をしたのです。

これを可能にした原因は、株式譲渡契約書において売り手を損害賠償請求から守る手当てをしていなかったことでした。

株式譲渡契約書においては、当事者が取引相手に対して一定の事実が真実あるいは正確であることを表明し、保証する「表明保証条項」が定められます。そして、表明保証違反が見つかった場合の責任が補償条項として定められます。簡単にいうと、当事者としての責任範囲を定めるものです。

本件でM&A仲介会社がドラフトした株式譲渡契約書の補償条項においては、表明保証違反が見つかった場合でも、一定の場合には損害賠償義務を免除する規定が定められていませんでした。例えば、「デューデリジェンス等で買主が認識していた事項については補償義務の対象にしない」(アンチ・サンドバッキング条項)方法や、「買主の社内規則や制度への変更に伴い対象会社に発生する追加費用は除く」とする方法など、売り手の補償義務の対象を制限する手当も考えられたでしょう。なお、買主が売主に対して損害賠償請求をできる期間も無期限となっていました。

M&A仲介サービスは、あくまでも中立の立場で売り手と買い手をマッチングするサービスです。売り手を守る交渉支援はその構造上、提供することができません。このことを理解せずにM&A仲介サービスを利用する場合、売り手オーナーの期待するサービスと、M&A仲介サービスが提供できる支援の現実との間に大きな乖離が生じてしまうでしょう。

売り手が自分や会社を守るためには、やはり売り手専属でM&Aを支援するファイナンシャル・アドバイザー(FA)を起用することが有効な選択肢であるということを覚えておいていただければと思います。

最適な譲渡手法が選択できないリスク

中小企業のM&Aにおいて最も一般的な事業の譲渡手法は株式譲渡です。シンプルで速く実行できることが当事者にとってもメリットであるといえます。営業ノルマを抱える仲介会社にとっても、株式譲渡はスピーディに成約を実現することができて使い勝手の良い手法です。しかし、場合によっては譲渡手法を工夫することで、売り手が受領する対価の手残りを増やす効果が期待できることがあります。具体的には、会社分割を活用するケースや、配当金や退職金を組み合わせた対価設計をすることなどが挙げられます。

ここでも忘れてはいけないのは、M&A仲介サービスは、中立の立場で売り手と買い手をマッチングするサービスだということです。買い手も顧客として支援する構造ゆえに、売り手のメリットを考えた助言や交渉支援はできません。ですから、仲介会社が売り手にとって最もメリットの大きい譲渡ストラクチャーを提案し、実行を支援してくれることは期待できません。こうした支援を求める場合には、譲渡手法に関する会社法や税法も熟知しているFAを起用する必要があるでしょう。

ここでも当社の直近の支援案件から具体例を紹介します。

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〈C社のケース〉

C社オーナーは後継者が不在であることを背景に、M&Aによる第三者への事業譲渡を検討していました。そんなときにM&A仲介会社から具体的な買い手を紹介されます。

双方で前向きに検討を進めていたものの、C社にはオーナーが譲渡対象から除外したい不動産や別事業が存在していました。C社オーナーは、「譲渡を希望する事業」だけを譲渡する方法がないかと仲介会社に相談しました。ところがその仲介会社は、「資産を分けることはできない」「時間がかかるのであれば、買い手が降りると言っている」と否定的なものでした。

そうした回答を受けて不審に思ったオーナーが、当社にセカンド・オピニオンを求めて相談に来られました。当社としては、本件において希望する事業だけを譲渡することを制限する事情はないと判断し、会社分割による譲渡スキームを提案しました。

本件はその後、当社の支援のもと、売却活動を仕切り直す運びとなりました。結果として当社が紹介する買い手への事業売却を進めることとなりましたが、譲渡ストラクチャーとしては、会社分割により譲渡対象外の資産および事業を分割し、分割した新会社は資産管理会社として今後の相続対策等に活用する運びとなりました。譲渡対象資産が減少した結果、C社オーナーに対する株式譲渡益課税も軽減されました。

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譲渡スキームはM&A支援会社と利益相反が生じやすいところです。M&A支援会社としては、会社分割を行わずにまとめて売却することで仲介手数料を最大化することができます。また、会社分割に要する会社法上の手続にかかる手間と時間を回避したい思惑も生じます。依頼するM&A業者が、しっかり売り手オーナーのメリットを考えた譲渡手法を検討してくれているかどうかは、そのM&A支援会社が信頼できる業者であるかを評価するうえで、ひとつの重要な判断材料となるでしょう。

作田 隆吉

オーナーズ株式会社 代表取締役社長

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