妻との食事は箸で食べ物を口に運ぶだけの“作業”です…定年後、家に居場所がない年金月27万円の65歳元高校教師、時間潰しの「新潟のフードコート」で目撃「高齢者たちのモラルを疑う光景」【FPが解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年10月29日 10時45分
(※写真はイメージです/PIXTA)
定年退職後、これまで仕事では苦労ばかりだったからと、老後はゆっくり楽しもう……という人も多いものの、一方で「ずっとなにもせず家にいるだけの存在」になってしまうケースは珍しくありません。そんな人たちの行きつく先とは? 本記事では、矢崎さん(仮名)の事例とともに、年金生活の現実についてFP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。
寡黙な高校教師の妻と過ごす老後
矢崎譲さん(仮名/65歳)は新潟県の高校で、教員として長年勤めてきました。生真面目な性格ですが、コミュニケーションはあまり得意でなく、現役のころも生徒たちからは寡黙で笑わない、怖い先生として認識されていました。授業中以外に生徒たちから他愛ないことで話しかけられる機会などは勤続約40年のあいだにほぼありませんでした。
そんな矢崎さんも65歳で定年退職を迎えました。退職金とこれまでに積み立てた資産が5,000万円あります。年金は、妻のものと合わせて月27万円を受け取れるため、経済的な心配はほぼなく、のんびりと安心した老後を迎えるはずでした。
しかし、現実はその期待とかけ離れていたようで……。
家に居場所がない
仕事という生活の中心がなくなったことで、一日の使い方がわからず、ずっと家にいるという毎日がだんだんと苦しくなってきます。家事の担当はこれまでほとんど妻に任せていたため、一日中家にいても掃除くらいしかできません。長年連れ添った妻とも、いまや関係はすっかり冷え切っており、もはや会話などまったくありません。朝起きても「おはよう」のひと言もありません。一緒にとる食事のタイミングも無言。ひたすら箸で食べ物を繰り返し口に運ぶ作業となっています。矢崎さんは自分の存在が家庭内で疎外されているように感じ始めます。
ある日の午後、矢崎さんはふらりと複合商業施設を訪れました。家で過ごすことに耐えられなくなったのです。日ごろから通い慣れた場所でしたが、書店や雑貨、衣料品店などをぶらぶらとみたり、併設されている映画館で話題の映画を観たり、時間を潰すにはピッタリの場所です。
毎日アテもなく出かけるなかで、複合商業施設内の何気なく立ち寄ったフードコートにてふと気が付いたことがありました。
フードコートに集まるシニア男性達
「あれ、あの人たち……」フードコートに行くと70歳前後くらいのシニア男性達がいつも同じ席で談笑していることに気が付きました。
ハンバーガーを頼んだ矢崎さんが席に腰を下ろすと、近くのテーブルの男性が「最近よく来られてますね」と話しかけてきたのでした。話しかけてきた男性のグループも、仕事を辞めてから時間を持て余し、これといった趣味もないことから、なんでも揃っている大型ショッピングセンターに立ち寄り、このフードコートで同じように集まってきた行き場のない同世代の人たちで集まるようになってきたといいます。
定年退職の先輩直伝、フードコートでの時間の潰し方
そして、矢崎さんにフードコートでの「時間の潰し方」を教えてくれました。
彼らは無料の給水機で水を何度も汲み、注文はSサイズのポテトを4人でシェアしながら長時間談笑するのが常連のスタイルだというのです。長居をするために、多くの食べ物を買わないのは暗黙のルールとなっており、いかに少ない出費で長時間を楽しむかが重要だと笑います。
フライドポテトはSサイズで約200円、4人で割れば1人50円。そうして彼らは週に2~3回はフードコートで過ごして談笑しながら時間を潰し、夕方になると帰宅する毎日を送っていたそうです。
はじめは「そんな店の人に迷惑になるようなこと」とモラルを疑っていました。もともと公務員で、公的年金の受給額も恵まれている矢崎さんは、比較的ゆとりのある老後を送ることができています。しかし、虚しさを感じながら過ごす日々のなかで、気さくに話しかけてくれた男性らに対し、自分も輪に入りたいと思うようになりました。
次の日、再びフードコートを訪れると、また会いました。今度は同じテーブルに座らせてもらった矢崎さん。ポテトをみんなでわけあい食べながら過ごしていると、「確かに近ごろ脂っこいものは量を食べられなくなったし、わけるとちょうどいい。もう教師じゃないし、誰が俺を責めるというんだ。みんな孤独だ。こうして孤独を埋めているんだ。老後はなにがあるかわからないし、お金が減らないならそれでいいじゃないか」妙に納得しました。
こうして、矢崎さんはフードコートに集まる先輩たちとともにお金を使わずに過ごす生活を送るようになったのでした。
日本の公的年金は「長生きのための保険」
日本の高齢者の多くは、限られた年金で生活を切り詰める現実に直面しています。矢崎さんのように比較的恵まれた年金を受け取り、まだ生活に余裕を持てる人も、先行きを不安に感じ、できるだけお金を使わないようにしながら生活する人もいます。
そんなシニアにとって、フードコートや公園といった場所が「無料で時間を潰せる居場所」として機能するようになり、お金をかけずに安心して過ごせる場所となっているケースもあります。また、単に節約だけでなく何気ない会話ができるコミュニケーションの場としても機能しているようです。
日本の公的年金はよく勘違いされがちなのですが、「豊かな老後を送るため」にある制度ではなく、「長生きのための保険」であり、人並みな生活を送ることができる制度ではありません。そのため多くの人は、公的年金だけでは自分が望む水準の生活を送ることが難しく、当然自助努力が必要となります。
自分が受け取ることができる公的年金の金額や制度のことを知り、そのうえで自分はリタイア後に自分はどのような生活を送りたいかを考えて資金計画を考えることが大切です。老後を迎える前に具体的な将来像をイメージし、それを実現するために必要なものがお金です。限られた収入の範囲で節約の工夫をすることも大事ですが、自分が望む生活のためにリタイア後もなにかしらの仕事をしながら収入を得たり、公的年金を繰り下げて受給額を増やしたりすることで、ゆとりを持った生活を送ることも可能です。
また、リタイア後に生きがいや好きなことを見つけることも大事です。趣味でもいいですし、短時間だけで負担が少ない仕事をしたり、ボランティア活動で自分が存在する意義を実感できたりすることで精神面の豊かさを得ることもできるでしょう。
なかなか現役のころにゆっくり考える機会はありませんが、自分の価値観と向き合いながら、そういった自分のありたい姿をイメージし、そのための資金計画を考えることがライフプランニングです。リタイア期を迎える前に、どんな老後を送りたいのか、どんな自分で在りたいのか、誰となにをして過ごしたいのかをイメージし、それを実現するために計画を立てられることが望ましいでしょう。より満足度の高いリタイア後の生活を送ることができるのではないでしょうか。
老後は守りに入る人が多いが…
今回はそれなりにゆとりのある老後を送れる状況であったものの、フードコート通いをすることになった矢崎さんの事例についてお伝えしました。
令和2年度「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」によると、日本の60歳以上の人の約81.6%が老後の生活に満足していると答えています。全体の8割以上が満足と回答していますが、実は同じ調査対象となったアメリカ、ドイツ、スウェーデンはいずれも90%を上回り、満足と答えた人の割合が高くなっています。
自分の人生の満足度を決定する要素の中には、時間の自由や人間関係の自由、経済的な自由などがあり、経済的な自由がないと望んでいなくても仕事をしなければならず、時間の自由が奪われます。さらに、嫌な人とも接しなくてはならないなど、すべてが関連してくるでしょう。
「老後にお金に困らないように……」こうした考えから、『守りの生活』に入る人も多いのですが、反対に「こう生きたい」という自分の理想の姿が明確になると、「そのためにどういう資金計画を立てるか?」という能動的な行動になり、後者のほうがより人生の満足度を上げることになります。
資産形成のプランや公的年金を何歳から受け取ればよいかなど、そういった方法も全すべてこの資金計画を立てるための手段です。目的あっての手段ですから、できるだけ早い段階で自分の望む将来像をできるだけ意識して考えて実現のために行動してみるといいのではないでしょうか。
小川 洋平
FP相談ねっと
CFP
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