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「今、ここで死にたい」患者の言葉に医師はどう対応すべきか

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月30日 8時15分

「今、ここで死にたい」患者の言葉に医師はどう対応すべきか

(画像はイメージです/PIXTA)

在宅医療は病院や施設で提供される医療と大きく異なります。家庭生活を営む空間に他人があがり込み、介入するわけですから、患者本人のみならず家族とのコミュニケーションは大切です。しかし、患者さんよりもご家族を優先しては本末転倒です。在宅医療医の野末睦氏が自身の体験をもとに、終末期医療の現場について解説します。

90年代――癌と生きるロールモデルの誕生

一昔前の在宅医療は、終末期の患者さんにとって「病院でできる治療がなくなり、退院を余儀なくされ消去法的に選び取る」というケースが大半でした。しかし、現在の在宅医療は、数ある選択肢から希望した患者に対して専門医療の一つとして提供されるものとなりました。

癌や余命の告知が一般化したことで「残された人生をどのように生きるか」という概念が生まれ、在宅医療は選択肢の一つとなったのです。

背景には、癌を患う著名な著者による書籍が次々と発売されたことが大きく影響しています。有名な例を挙げると、90年ごろにジャーナリストの千葉敦子さんがニューヨークで乳癌とともに生きる日々を綴った書籍を発表しています。私も、千葉さん著の『よく死ぬことは、よく生きることだ』(1990/2/1第1刷、文藝春秋発行)をはじめ数冊を拝読し、大変感銘を受けました。

「病気を患い、死と隣り合わせにありながらどう生きるか」という難題に対するロールモデルが出てきたことで、在宅医療は終末期患者の選択肢になったのです。

家族ではなく「患者本人の意思」を第一に優先する

在宅医療は病院や施設で提供される医療と大きく異なります。家庭生活を営む空間に他人があがり込み、介入するわけですから、家族とのコミュニケーションは大切です。しかし我々が向き合うべきは患者であるため、決して対象をはき違えてはいけません。「患者と絶対的な信頼関係を構築し、本人の意向を第一に優先する」というのは、在宅医療に従事する医師に求められる、最も重要な専門スキルの一つです。

当たり前と思う人もいるかもしれませんが、実際に患者の病状や最近の様子について家族に尋ねる医師は存在します。私はこのようなことは避け、ご家族への挨拶はそこそこ、一直線に患者さんのもとへ向かって目を見て語りかけることを大切にしています。たとえ言葉を発せられない状況にあったとしても、本人とのコミュニケーションから容態を把握し信頼を育むことで、患者さんの反応は劇的に変化するものです。

具体例を挙げてみましょう。

患者の「今ここで死にたい」という言葉にどう対応すべきか

ある日、担当患者(95歳)の体調が悪化。検査入院したところ「これ以上の治療は困難」という結論に至ります。患者とその娘さんは「できる限りのことをして、それでも難しいなら…」と今から最期を迎えることを覚悟しました

ところが、その姿に疑問を抱いたお孫さんは「本当にそれでいいの? お母さん後悔するんじゃない? 救急車で治療してもらえる病院に運ぼうよ」と強く主張したのです。しきりに訴えかけられたときのことについて「あのときは心が揺らいだ」と、後に語っています。

こうした局面において、家族に対して説得したり、諭したり、提言したりして収拾を図る医師もいます。私は本人に向かって「あなたはどうしたい?」と問いかけます。すると「私はもう十分生きた。だから今、ここで死にたい」という答えが返ってきたのです。患者さん自身が覚悟しているのであれば、私がご家族の意向に従うことは決してありません。

「今ここで死にたい」という言葉に対して、「はい、わかりました」と答えるのはとても勇気が要ることです。このような経験の積み重ねが「私を鍛えてくれた」と思っています。

「先生が引導を渡してくれるんだよね」…医師の意外な答えは

もう1つ、私が訪問診療の場面で経験した患者さんからの印象的な言葉を紹介しましょう。

まだ私が一人で訪問診療をしていた時代――とある患者さんの病状が急速に悪化しました。本人も「もってもあと1日か2日…」と感じたのか「今日は金曜日かな?」と聞かれました。土日は休診日だったため「明日から週末ですが、何かあったらいつでも呼んでくださいね」とお声がけしました。診療の帰り際、不意に「先生、先生が引導を渡してくれるんだよね」とその患者さんから投げかけられたのです。

慣例に倣わず新たな医師像を構築

当時はその意味を瞬時に理解することができませんでしたが、「何時何分、死亡しました」という最期を迎えたときの台詞を「あんたが言ってくれるんだよね」という思いだったのではないかと解釈しました。

「わかりました。任せてください」と精一杯に答えました。とても勇気が要りましたが、それでも何とか答えたのを記憶しています。こうした経験が私を鍛え、訪問診療医にしてくれたのです。

かつての医師像とは大変な乖離があります。もしも患者さんに「引導を渡してくれ」と言われたなら「またまた、そんな縁起でもないことを」「まだまだ大丈夫ですよ」と慰めるのが正しい対応でした。こうした局面で、慣例に倣わず「わかりました」と言えた経験が私を大きく変えたのです。

数多くの患者を看取るには自分の人生観を育むことが必要

終末期に退院を選択する患者さんのほとんどが「自分の好きなように最期を迎えたい」と考えています。望んでいる最期を迎えられるようサポートするのが真の在宅医療です。それには医師がいかに婉曲的ではなくダイレクトに心を伝えるか、患者さんとどのように信頼関係を築くか、という点が重要です。

これから在宅医療に参入する先生方は、人が亡くなる場面に数えきれないほど直面します。悲しい経験をたくさんしていくでしょう。多くの患者さんを看取るには自分の人生観を育てていく必要があります。辛く寂しい経験を積んでいく仕事ですが、一方で「人の生死に深く関わることができる」のが在宅医療のやりがいの1つでもあるかと思います。

野末 睦

医師、医療法人 あい友会  理事長

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