「解雇規制緩和」で経営者は喜ぶべきか?「ダメな社員」を手放しやすくなるチャンスかと思いきや…企業側が直面する“まさかの落とし穴”
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月6日 7時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
自民党総裁選の際、何人かの議員が「解雇規制の緩和」に言及し、突然の議論に驚く声も多かったことでしょう。しかし、その背景には、2019年に経団連の中西宏明会長やトヨタの豊田章男社長が「終身雇用の維持は難しい」と発言したことがあり、実はその時から変革の兆しは見えていました。現在、解雇規制の緩和が真剣に検討される中で、経済界は新たな働き方に向けて動き出しています。本稿では、社員50名の新聞販売店を23年間経営し、多くの企業を支援してきた米澤晋也氏が、解雇規制緩和がもたらす日本の労働環境の変化について考察し、労働者がこの変化を乗り越えるために必要なスキルや、企業が講じるべき対策を探ります。
解雇規制の緩和……2019年に打たれていた布石
自民党総裁選の際に、何人かの議員が「解雇規制の緩和」について言及しました。
急に話題に上り驚いた人も多かったと思いますが、実は、布石は2019年に打たれていました。
当時の経団連会長である中西宏明氏は、「正直言って、経済界は終身雇用なんてもう守れないと思っているんです」と明言していますし、その半年後に、豊田章男氏が援護射撃をするように「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と会見で述べています。
今、当時の伏線を回収するように、緩和に向けた動きが始まろうとしています。規制が緩和されたらどのような事態になるのでしょうか。本記事では、経営者と労働者の両面から、影響と対策について考察したいと思います。
解雇規制緩和時代を生き抜くには“相当な自助努力”が求められる
一体、解雇規制緩和にはどんな狙いがあるのでしょうか。
どうやら、「スウェーデンモデル」を模範としたアプローチを目指しているように見受けられます。スウェーデンモデルとは、スウェーデン政府が推進する、賃上げを主軸とした経済成長策のことです。
スウェーデンでは、業績に関係なく、すべての企業に一律の賃上げを義務付けています。そうすると生産性の低い企業は倒産してしまいますが、政府はお構いなしです。労働者は生産性の高い企業に吸収されるからです。
政府は、労働者が再就職ができるように、国をあげて教育支援に取り組んでいます。このセーフティネットにより労働者は解雇されても萎縮せず、大胆に再挑戦ができるのです。スウェーデンでは、この施策により、ここ20年間で50%もの賃上げを実現しています。
日本政府は、再就職の教育支援を企業に求めようとしていますので、解雇規制緩和時代を生き抜くためには、企業も労働者も相当な自助努力が求められるでしょう。
「他社から引く手あまたな人材」を育成する意義
解雇制限が緩和されたら、企業はどのような影響を受けるでしょうか。
緩和の流れを受け、「ダメな社員を辞めさせやすくなった」と喜んでいる経営者もいますが、働く人が再就職しやすくなれば、「ダメな経営者」のもとから人材が流出することになりますので、経営者は手放しに喜んではいられません。
経営者が最も力を入れるべきは、副業の推進を含む人材育成だと考えます。
「労働力が流動化するのならば採用に力を入れるべき」と考える経営者が多いのですが、そもそも優れた人材に選ばれることなしに採用を強化しても効果はありません。入社しても、すぐに辞めてしまうでしょう。
経済産業省が発表した「未来人材ビジョン」によると、投資家が中長期的な投資戦略において最重要視しているのは「人材投資」であることが明らかになりました。しかし、日本企業はそのウェイトが低く、特に人材育成が脆弱であるという課題が浮き彫りになっています。
「人は石垣」の言葉通り、企業繁栄の源泉である人材育成にこそ注力すべきだと考えます。
中には、人材育成に力を入れたら「せっかく育てた人材を他社に持っていかれる」と考える経営者がいますが、それは逆で、人材育成に力を入れない企業から人材が去っていくのです。
自社を辞めたとしても、他社から引く手あまたの人材を育成することが、結果的には人材の定着と採用力の向上につながり、企業の人事競争力を高めると考えるべきです。
労働者は、「キャリアのポートフォリオ」を形成し本業に還元する
労働者も働き方の変革を余儀なくされるでしょう。
具体的には、本業から安定した収入を得ながら複数の副業を持つ「キャリアのポートフォリオ」を形成し、そこで習得したスキルを本業に還元するという働き方です。
スキルは大きく分けて3種類あります。
1.その企業だけで通用するスキル
2.その業界だけで通用するスキル
3.業界を超えて活用できるスキル
3は、戦略思考、チームビルディング、プロジェクトマネジメントなどの普遍性の高いスキルです。
社外の人間と交流しない人は、1と2のスキルの習得にとどまる傾向があります。終身雇用の時代では、それらを強化すれば組織内での地位を強固にしキャリアアップできましたが、ひとたび組織から離れたらキャリアは危ういでしょう。
1、2、3、をセットで習得することが、労働力が流動化する時代の生存戦略だと考えています。
【事例】本業+副業で広がる“人脈とスキルの融合”
そんなキャリアを邁進している事例として、社員数700名ほどのIT企業に勤務する飯塚洋平氏(47歳)を紹介しましょう。
私が飯塚氏と出会ったきっかけは、2017年に私が主催する「自律型組織の構築セミナー」に、彼が自腹を切って受講してくれたことでした。
彼のSNSを見ると、「サイボウズ社が提供する業務構築システム『kintone』の勉強会」「企業の経営支援の顧問」「大学講師」「チームビルディングやビジョンデザインの研修講師」など、副業を含む様々な社外活動を行っており驚かされました。
交友関係も、学生、経営者、自社以外の会社員、アスリート、大学教授、霞が関の官僚と多彩です。
このように書くと、特別な人間と思われるかもしれませんが、私は、誰もが彼のようになれる可能性を秘めていると考えています。
その理由は、彼の行動原理は「とにかく人に会いに行く」というシンプルなものだからです。会いに行った人が、次に会うべき人を紹介してくれ、濃厚な人脈が形成されていったのです。
飯塚氏のコア・コンピタンスは、自律型組織の知見を活かしたチームビルディングやプロジェクトマネジメントのスキルと、それを現場で支援するシステム構築のスキルです。それを軸足に起き、様々な人と交流するうちに知恵の融合が起き、上記のような豊富な事業アイデアが生まれるのです。
商品は自分自身、「飯塚洋平」なので、その販促ツールも作成しています。
こうした横断活動ができるのは、とりも直さず「業界を超えて活用できるスキル」を持っているからです。
同時に、彼にここまで副業が認められているのは、副業で習得した経験とスキルを社内に還元しているからです。例えば、後輩の個別指導や、社内プロジェクトチームのファシリテーターを積極的に買って出て、非常に成果をあげています。
また、最近では、キャリア形成に悩み転職を考え出した社員に対し、転職をしなくても魅力ある働き方ができるお手本として、上司が飯塚氏を紹介し、面談をするケースが増えているそうです。
彼には、組織の階層を登ること=キャリアアップという発想はありません。しかし、副業での収入がそれをカバーしているどころか、彼よりも階層が2つ上の上司よりも高い年収を得ています。
本業からのベーシックな収入を軸に「キャリアのポートフォリオ」を形成する飯塚氏のような働き方は、解雇規制緩和の時代を生きる人にとって、深い洞察を与えてくれるのではないでしょうか。
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