妻は認知症、次男は知的障害…財産約1億円、85歳男性が「約5,000万円の自宅」を“長男”に託した主な「2つの理由」【税理士が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月11日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
「自分の死後は、残された家族に迷惑をかけないようにしたい」と願うのは、誰しもが持つ自然な思いです。特に、家族の中に認知症や知的障害を抱える人がいる場合、その準備はより一層重要になります。事前の計画がなければ、残された家族が直面する困難は計り知れません。この記事では、自身も障害児の母親であることから、障害児家庭における資産に関する問題に詳しい大野紗代子税理士が、万全の準備をした実際の事例をもとに、認知症や知的障害のある家庭で、相続における家族への事前の配慮がいかに重要であるかを解説します。
長年一部上場企業に勤めた85歳・男性の事例
「自分の死後は、残された家族に迷惑をかけないようにしたい」
おそらく、多くの人がそのような考えを持っていると思います。残された家族の負担を減らすためには、事前の準備が大切ですが、特に家族の中に認知症や知的障害のために意思決定が難しい人がいる場合は、より入念な準備が必要です。
今回は、元気なうちに万全の準備をされた山崎さん(仮名)の事例をご紹介します。
山崎さんは85歳、長年一部上場企業に勤めた後、定年後は趣味の水墨画をカルチャーセンターで習ったり、散歩をしたりと、悠々自適な生活を送っていました。
そんな山崎さんが、自分が亡くなったあとの財産について相談があると私の事務所に来られたのは、今にも粉雪が降りそうな真冬のことでした。
妻は認知症、次男は知的障害…約1億円の財産を家族にどう託すか
詳しくお話を伺うと、家族構成は奥様と長男、次男とのことです。現在、奥様は認知症になり施設に入所していて、次男には知的障害があり、グループホームで生活しています。長男は結婚して、家族とともに山崎さんと同居しているとのことでした。
「私が亡くなったあと、残された家族が安心して暮らせるように準備したいのですが、何からやったらいいかわからなくて。長男も家族があるから、妻や次男のことで、なるべく面倒はかけたくないと思っているのだけどね……」
紳士的な山崎さんは、困った表情を浮かべながら話してくれました。
「次男のこともあるから、家族にある程度の財産は残したいと思っていて、昔から資産運用なんかもちょこちょこ勉強したりしてね。財産は、約5,000万円の自宅と金融資産が5,000万円ほどあるよ」
財産の分け方について考えているのか質問してみると、長男には負担をかけてしまうかもしれないから、できるだけ多く渡して何とかそれで妻や次男の面倒を見てほしいと思っているようでした。
遺言書の有無を確認したところ、山崎さんは「もめるような家庭じゃないからね、長男にはある程度私の考えは伝えてあるし、なんとか上手くやってくれると思っているよ。長男は、おかげ様でそれなりの会社に入って頑張って働いているし、お金に困ってはいないようだから、心配していないよ」と答えました。
それを聞いて、私はすぐに遺言書の作成を勧めました。
遺言書がないと……家族に降りかかる“重大なリスク”
「遺言書がない今の状態で山崎さんが亡くなると、奥様、長男さん、次男さんの3人で誰がどの財産をどれだけ相続するかの話し合いを行うことになります。これを法律用語では遺産分割協議と言います。
しかし、奥様のように認知症になってしまっている方や、次男さんのように知的障害があり、自分の意思決定が難しい方がいる場合には、その遺産分割協議を進めることができません。そのような場合には、成年後見人をつけて、奥様や次男さんに代わって遺産分割協議をすることになります」
山崎さんは驚き、急いでノートとボールペンを取り出してメモを取り始めました。
成年後見人がついて遺産分割協議をすることになると、成年後見人は、被後見人(=今回の場合は奥様と次男さん)の権利を守ることに努めます。遺産分割では、法定相続分である奥様1/2、次男さん1/4の権利を相続させなければなりません。そうすると、山崎さんの希望である長男さんに多めに残すということが難しくなります。
また、成年後見制度は一度始めると、被後見人が亡くなるまでやめることができない場合がほとんどです。つまり奥様と次男さんが亡くなるまで成年後見人に後見報酬を支払わないといけません。
後見報酬は、被後見人の持っている財産額にもよりますが、月額2万円ほどかかるのが相場とされています。長期間払い続けると、かなりの経済的負担になります。
そのため、遺言書を書いて、遺産分割協議をする必要がない状況にすることをお勧めしました。
「自宅約5,000万円を長男に託す」ことを勧めたワケ
山崎さんの場合、自宅の不動産を保有されているので、自宅約5,000万円は長男さんに相続させて、金融資産約5,000万円を奥様と次男さんで分ける分割方法を提案しました。
その理由は、不動産は金融資産に比べて管理が大変で、例えばリフォームをしたり、売却したり、人に貸したりする場合にも意思決定が必要だからです。長男さん以外が相続し、意思決定ができない場面が生じると、再び成年後見人をつける必要が出てくる可能性があります。
さらに、同居している長男さんが自宅を相続することで、小規模宅地の特例が適用され、自宅敷地を相続した場合に相続税が安くなるという大きな利点もあります。
あわせて、奥様と次男さんに相続させる予定の5,000万円の金融資産については、遺言書ではなく家族信託をお勧めしました。
認知症の影響を考慮した「家族信託」のすすめ
「家族信託? 初めて聞きました」と真剣に話を聞いてくれる山崎さん。
「家族信託とは、家族の誰かに自分の財産の管理を任せるしくみです。財産をスムーズに家族へ引き継ぐ準備にも活用されます。
山崎さんのご家庭の場合、奥様に、金融資産のうち半分である2,500万円を遺言書で相続させると、次に奥様が亡くなった時に2,500万円のうち使いきれずに残った財産があると、また遺産分割協議の問題が出てきます。奥様が遺言書を書くことができればいいのですが、既に認知症になってしまっていると遺言書の作成はできません」
「自分の名前を書くのも怪しい状況です……」
「そうですか、やはり遺言書の作成は難しそうですね。それであれば、家族信託をしましょう。家族信託をすることで、2,500万円については、管理を長男さんにお願いできます。長男さんが管理をしますが、実際にそのお金を使えるのは、当初は山崎さん自身、山崎さんが亡くなった後は、奥様、奥様が亡くなった後は、長男さんと次男さんで折半するという信託契約を結んでおくことができます」
「信託契約を結べば、妻が遺言書を書かなくても、私が将来の財産の行き先を決めておけるのですね?」
「そうです。次男さんに相続させる予定の2,500万円についても、管理を長男さんにお願いする目的で家族信託をすると安心だと思います。長男さんに相続させる予定の不動産に関しては遺言書を書いて、それ以外の奥様と次男さんに相続させる予定の金融資産については、家族信託を結んでおくといいと思います」
「なるほど。そんな手があるのですね。まずは長男がどう思っているのか相談してみます」
相談前は悩んでいる様子だった山崎さんは、やるべきことが明らかになり、すっかりやる気に満ちた表情に変わりました。
山崎さんは、すぐに今回の話を長男さんと共有し、長男さんも賛成してくれたことから、すぐに公正証書遺言と家族信託の契約書作成に取り掛かりました。
生前の「意思表示」は家族を守るために必要
全ての手続きが完了してから、半年後、山崎さんから水墨画の展示会の招待はがきが届きました。
展示会に伺うと、「遺言書と家族信託の準備をしたから、安心して、また趣味に打ち込めるよ」と楽しそうにご自身の水墨画の作品を紹介してくれました。
自分が亡くなった後、今まで築き上げてきた大切な財産を、誰にどのように使ってほしいのか、意思を表していくことが非常に重要です。それにより、残された家族は、話し合いをする必要がなく、また相続手続きも格段に楽になります。
残された家族の負担を軽くするためにも、ぜひ遺言書や家族信託という方法を用いて、元気なうちに、意思表示をしておいていただきたいと感じた事例でした。
大野 紗代子
税理士
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