こんなはずでは…〈退職金5,000万円・年金月25万円〉68歳元大企業部長、定年後にもうひと花咲かせるはずが「もう俺はマウンドを降りたんだ」と撃沈【FPが解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月11日 10時45分
(※写真はイメージです/PIXTA)
潤沢な資金があっても、理想のセカンドライフを叶えることはそう容易くはないようです。元エリートサラリーマン、俺はまだまだ終わらない!と定年後も奮闘も、もう若くないと実感し退職金を失う事態に……。一体なにが起きたのでしょうか? 本記事では、東さん(仮名)の事例とともに、定年後の会社経営に関する注意点を、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。
元大企業部長、定年退職後はビジネスホテルのオーナーに
東幸二郎さん(仮名/68歳)は、大手企業に長年勤務してきました。若いころにはトップセールスとして活躍し、持前の交渉力で数々のプロジェクトを成功に導き、部長職にまで昇進。65歳で定年退職したのでした。
東さんはまだまだやれる!という強い気持ちから、引退後も自らの経験を活かしてなにか事業をしたいと考えていました。そんなとき、地元で長年ビジネスホテルを経営してきた知人(80歳)が後継者不在に悩んでいることを知ります。地元で複数のビジネスホテルを経営し、東さんが若いころから親しくしていた地元の先輩です。
大企業で実績を積んできた自負のある東さんは、ホテル業界は未知の分野でしたが「俺ならできる」と、退職金5,000万円を使い会社を購入することに決めたのでした。以前は近くにある工場への出張客で賑わっていたホテルでしたが、工場の規模縮小や閉鎖により数が減ってしまい、宿泊客も減っている状況でした。しかし、東さんにはそんなホテルに再び賑わいを取り戻す自信があったのです。購入を決定する前には財務諸表をチェックし、業績は芳しくはないが決して悪くはなく、業績を向上させれば十分に再建が可能だろうと判断しました。
元大企業部長の見事な手腕
東さんが社長に就任したあと、ホテルをリノベーションすることでビジネス目的だけでなく観光客にもスポットを充てたサービスを展開し、古くなってきた内装も一新してリノベーションを行ってきました。持ち前の交渉力で地元の観光協会とタイアップした取り組みが功を奏し、多くの観光客を呼び込み。不採算部門だったレストラン事業を廃止して固定費を削減しつつ、近隣の飲食店と地元の名物を楽しめるオリジナルメニューを開発して出前を頼み、利益を得られる体制を作るなど、さすがの手腕を発揮してきたのでした。
しかし、意気揚々と新社長に就任し、幸先よいスタートを切った東さんでしたが、早々に大きな問題に直面することに……。
4,000万円以上の「隠れ負債」が発覚
東さんが購入したホテルは、前社長の時代から労務管理の体制がずさんで、前社長も昭和気質のワンマン経営者。地元の人からは「ブラック企業」といわれていました。社員やパート従業員の時間外手当が正確に計算されておらず、有給休暇も適正に与えていなかったのです。さらに清掃を担当するパート従業員に対し、社会保険を適用しなければならないはずの人に社会保険が適用されておらず、それが年金事務所の調査により発覚してしまったのでした。
さらに、東さん就任と同時に辞めた社員達が過去に離職した社員たちとともに未払い分の残業代を請求してきたのでした。社会保険料の追徴分と未払い分の賃金の支払いで、4,000万円を超える金額の支払いが必要に。
「こんなはずでは……」焦った東さんが顧問の社会保険労務士に話を聞くと、社会保険労務士が度々指摘をしていたにも関わらず前社長は対応する気がなく、この状況を放置していたことが判明します。
支払わなければならない金額なのはわかりましたが、会社の現預金では支払うことがかなり難しい金額です。すでにホテルのリノベーションのために多額の借り入れを行っており、銀行からも融資を受けることが難しい状況。
資金繰りに奔走してなんとか資金をかき集めて支払うことができた東さんでしたが、自分の役員報酬は0円にすることで支出を食い止め、公的年金月25万円のみ、もともと年収も高かったため高額な住民税の負担も重くのしかかっています。こうして、理想のセカンドライフは隠れ負債の発覚によって打ち砕かれ、資金繰りの悩みを抱えながら、節約生活を送ることに。
ある日、鏡を見ると自分の姿に驚きます。東さんは定年前、女性社員や夜のお店の女性たちに「60代にはとても見えない!」「イケオジだよね!」と噂されることを誇らしく思っていました。しかし、いまの姿はどうでしょう。後頭部にできたいくつもの円形脱毛症から髪は薄くなり、定期的にジムへ通えなくなったために筋肉質だった身体は弛み、頬はこけてげっそりとしています。
「もう俺はマウンドを降ろされたんだ」と呟きました。
中小企業のM&Aの注意点
大企業では総務、経理部門がしっかり機能し、雇用関係の法令への対応も比較的しっかりしているため、こういった問題は起きにくいものです。一方で、中小企業においては社長が自分の価値基準で法令違反を承知しながら判断していたり、社長にこういった知識がなく法令への適応ができていなかったりといったケースも少なくありません。今回のようにM&Aで会社を買ったあとに財務諸表に載っていない隠れ負債が発覚してしまい、トラブルが起きてしまうケースも。
なかには200万円程度で会社を買える場合もあり、会社員をリタイアし中小企業の経営者に転身といった人もいるのですが、表面的な財務諸表しか見ていないと東さんのような事態も起きてしまいます。
ごく小規模な会社の場合、社長の数字に対する意識が弱く、決算書に載っている現預金と実際の現預金に100万円以上の差があり、財務諸表の内容が信用できない場合も多いものです。また、税金を滞納したままにしているケースなどもあり、後継者が株式の譲渡を受ける直前で多額の消費税の未納が発覚し倒産を免れないような状態になっていたということもあります。
大企業では考えられないようなことですので、見落としてしまいがちなのですが、中小企業を購入する場合には決算書に載っている表面的な情報だけでなく、実際に会社に入って会社の雰囲気や管理体制などをチェックしたり、社会保険労務士や税理士等の専門家からも意見をもらったりしながら会社の問題を明確化することが必要です。
定年後に中小企業経営者になるなら
帝国データバンクが公表する「全国『後継者不在率』動向調査(2023年)」によると、中小企業で後継者の問題を抱える割合は53.9%と、多くの中小企業が後継者不足の問題を抱えていることがわかります。そういった現状からM&Aが今後さらに行われることが予想され、「リタイア後に小さな会社を買って経営してみよう」と思う人も増えてくることでしょう。
しかし、中小企業においては前述のような問題が隠れている可能性もあることはよく理解しておく必要があります。その反面、赤字や業績が芳しくない状態であっても、大企業に比べ仕組化、省人化が行われていないがために起きている問題や、会社のお金の見える化がされていなかったり、経営者が見栄で散財してしまっていたりと、非常に単純な問題のために利益を残せない、お金がないといった場合もあります。改善できる箇所も多いため、タダ同然でそういった会社を買ってブラッシュアップして収益化できる場合もあり、ある意味での面白さを持つのも中小企業のM&Aです。
よくある問題点を理解し、その会社の問題や課題を事前にしっかり見える化しながら購入を検討するようにしましょう。
小川 洋平
FP相談ねっと
ファイナンシャルプランナー
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