夫が亡くなった65歳女性、スムーズに遺産分割協議が進んだものの…法務局からの〈思わぬ差し戻し〉に驚いたワケ【相続の専門家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月8日 10時45分
(※写真はイメージです/PIXTA)
実印だと思って押した印鑑が、それと似た認印で実印ではなかったために、法務局などから申請が突き返されてしまうといったケースが少なくありません。本記事では、実印の管理方法などについて、相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が解説します。
遺産分割協議書には実印押印、印鑑証明書を添付する
相続の際に遺言書があれば、それが亡くなった人の意思として優先されます。しかし、遺言書がない場合やあっても遺産分割法についての指定がない場合などは、相続人全員で話し合い、納得のいく分割方法を決めなければなりません。
遺産の分配を「遺産分割」といい、その割合を「相続分」といいます。遺産分割は、必ずしも法定相続分どおりに分ける必要はなく、相続人全員が納得すればどのように分けてもかまいません。
遺産分割の内容がまとまって全員の合意が得られれば、「遺産分割協議書」を作ります。この協議書は相続人全員が同意をしたという証拠になり、後の争いを回避するためのものです。そのために、「実印」を押印し、印鑑証明書を添付しなければなりません。
遺産分割協議書の作り方
遺産分割協議書の作成には、特に決まったルールはありませんが、①相続人全員が名を連ねること、②印鑑証明を受けた「実印」を押すことの2点は必須となります。未成年者や認知などで代理人を選任した場合は、代理人の実印、印鑑証明が必要になります。
〔遺産分割協議書の作成例〕
遺産分割協議書
被相続人○○○○(○○年○○月○○日死亡)の遺産については、同人の相続人の全員において分割協議を行った結果、次のとおり遺産を分割し、取得することに決定した。
1.相続人○○○○は被相続人○○○○の次の遺産を取得する。
(1)土地所在○○○市○○○町三丁目
地番○○番○○
地目宅地
地積○○○.○○㎡
2.相続人○○○○は被相続人○○○○の次の遺産を取得する。
1)○○銀行○○本店定期預金(口座番号○○○○○○○)
2)○○銀行○○本店普通預金(口座番号○○○○○○○)
3.本協議書に記載なき資産及び後日判明した遺産については相続人○○○○が取得する。
上記の通り、相続人による遺産分割の協議が成立したので、これを証するため、本書2通を作成し、各1通ずつ所持する。
令和年月日
○○○市○○○丁目○○番○号
相続人○○○○実印
○○○市○○○丁目○○番○号
相続人○○○○実印
そもそも印鑑登録とは?
印鑑登録(いんかんとうろく)とは、印鑑により個人や法人を証明する制度です。居住地の市区町村で登録、発行しています。印鑑登録をしたことを証するものを「印鑑登録証」と言い、印影と登録者の住所・氏名・生年月日・性別を記載したものを「印鑑登録証明書(印鑑証明)」といいます。
1人につき1個の印鑑(印章)しか登録できないため、変更したい場合は再度、登録し直す必要があります。
登録者が請求すると、各自治体の首長の証明印入りで発行されるため、本人証明書類としても有効です。
不動産を登記する際、遺産分割協議書には「実印」を押印しなければならないので、印鑑証明書は必須の添付書類となります。また、不動産の売却や贈与などで所有権移転登記の際にも、所有者は印鑑証明書にて本人確認をすることになるため、添付が必須です。
実印とする印鑑は、本人が決めたものであれば、どんな印鑑でも登録できます。
事例1 実印と似た印鑑では、登記の申請は通らない
正雄さんは15年前に父親が亡くなり、きょうだいで遺産分割協議をした結果、自宅は長男の正雄さんが相続することで合意。遺産分割協議書や戸籍関係、印鑑証明書など相続登記に必要な書類は揃えて登記するばかりになっていました。
ところが仕事の忙しさなどから登記申請をすることをすっかり失念してしまい、あらためて相続登記をしたいと相談に来られました。
登記関係の書類は1冊のファイルにまとまっており、新たに登記申請の委任状を作成するだけで、遺産分割協議書や戸籍関係、印鑑証明書などの当時の書類をそっくり使えることが判明。司法書士を通して法務局へ登記申請をしました。
ところが、遺産分割協議書の印と印鑑証明書の印が違うと法務局から指摘があり、登記申請が差し戻されたのです。
正雄さんの実印登録の印は名字だけの印鑑で、よくある認印です。似たような印鑑がいくつかあるというので持ってきてもらうと、法務局の指摘のとおり、遺産分割協議書に押した印鑑が実印ではないということが判明。押印してある印鑑の隣に正しい実印を押し直して、法務局に再申請してもらい、無事、15年前の相続登記が完了したのです。
事例2 同じような認印が3つあり、どれが実印かわからない
65歳の真澄さんは夫が亡くなったため、3人の子どもたちと遺産分割協議をして、自宅の名義を変えることになりました。子どもたちはまだ30代で、印鑑証明書が必要な契約などをした経験がなく、実印を作っていない状況でした。
相続の手続きをするということで、子どもたちそれぞれが実印登録をして、遺産分割協議書に調印することになりました。子どもたちは、仕事や住まいの都合で、それぞれ実家を離れて生活しており、集まるのは大変なことから、順番に押印して仕上げることに。遺産分割協議書が出来上がり、司法書士に依頼して、相続登記の申請をしました。
ところが、ほどなくして法務局から長女が押印した印鑑と実印が違うと指摘があり、司法書士から連絡があったのです。
長女の実印はやはり名字だけの認印です。よく見ないと違いがわかりませんが、法務局では印鑑証明書との照らし合わせで、違いを発見したということでしょう。戻ってきた遺産分割協議書と印鑑証明書を照らし合わせてみると、確かに大きさが少し違うのと、はねる部分が違うということがわかりました。
長女に確認すると、同じような認印が3つあり、どれを実印にしたのかわからなくなってしまったと言います。そこで、3つとも持参してもらい確認してみると、印鑑の確認ができ、遺産分割協議書の押印の隣に正しい実印を押し直すことができました。それで法務局に申請し直し、無事、相続登記は完了したのです。
法務局はきちんと確認する
この2つの事例は、認印で実印登録をしたために他の認印と混同してしまったという内容です。こうした事態に陥らないためにも、フルネームの入った印鑑で実印登録をすることがふさわしいということでしょう。
また今回は、相続登記の場面で特に時間的な制約がなかったために登記申請を取り下げ、正しい実印で再提出することができましたが、相手がある売却などの際には、当日になって実印が違う、見つからないということになれば大事態です。迷惑をかけてしまう人も出てきてしまうので、やはり、実印の管理は不可欠と言えます。
登記の専門家である司法書士や職員の人が気が付かない実印の違いを、法務局の担当官が見逃さずに発見するということは、やはりプロだということでしょう。きっと印鑑を間違えた本人も故意ではなく、気が付かない、思い込みのことでしょうが、登記申請のし直しという手間になりますので、注意が必要です。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子 株式会社夢相続代表取締役 公認不動産コンサルティングマスター 相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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