娘だもの、面倒見てくれるわよね?…75歳母の言葉で介護に身を投じた貯金3,000万円“心優しきエリート娘”が数年後、破綻の影に脅えパート探しに「私の人生こんなはずでは」【FPの助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月17日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
「お母さんの介護をできるのは私しかいない」。49歳で会社を退職した明美さん(仮名)は、そう決意して介護の道を選びました。十分な貯金があり、母への恩返しのつもりでした。しかし5年が経過した今、預貯金は底をつき、再就職の道も厳しい現実に直面しています。果たして明美さんに他の選択肢はなかったのでしょうか。今回は明美さんの事例を通して、介護離職についてFPの三原由紀氏が解説します。
介護か仕事か、突きつけられた選択…「親孝行しなくては」
「お母さん、大丈夫よ。私がいるから」
東京都内のアパレルメーカーで総務部長を務めていた明美さんは、離れて暮らす母(75歳)の脳卒中発症をきっかけに、27年間勤めた会社を退職しました。当時、明美さんの貯金は3,000万円。母の年金と合わせれば、十分やっていけると考えていました。
一人っ子で、父はすでに他界。要介護3の母は、歩行も食事も一人では難しい状態でした。「後悔したくない」という一念で、介護に専念する決断を下したのです。
「自宅介護は想像以上に大変だよ。施設に任せたほうがいいと思うよ」親友が認知症の実母を看取った経験を話してくれました。症状が進むにつれて、妄想やトイレなど日常生活が困難になり、対処しきれなかったというのです。
率直な助言は非常にありがたかったのですが、明美さんには素直に頷けない事情がありました。脳卒中で倒れた母は、右半身麻痺と軽度の認知症を患い、要介護3に認定されました。年金収入は月15万円。これまで「お金の心配はしなくていい」と言い続けてきた母でしたが、介護施設の費用(入居一時金500万円、月額22万円)を聞いた途端、涙を流して訴えかけてきたのです。
「明美なら、私の面倒を見てくれるわよね?」
母の一言が明美さんの胸に深く突き刺さりました。いわゆる昭和の良妻賢母をよしとする価値観の中で生きてきた母は、介護保険制度がない時代に舅・姑の介護を一人で担ってきました。一人娘を頼りにするのは無理もないことかもしれません。
仕事一筋で生きてきた明美さんですが、孫の顔を見せてあげることができなかった、という罪悪感もあったのでしょう。親孝行をしておきたい、と気持ちが固まりました。
増える"仕事人間"の介護離職、待ち受ける厳しい現実
在宅介護は施設よりお金はかからないと言いますが、訪問看護に訪問介護、通所リハビリ、福祉用具のレンタルなど毎月の利用サービスへの自己負担は9万円ほど、明美さん自身の国民年金と国民健康保険料の支出も加わり、貯金は年間300万円以上のペースで減少していきました。
また、同居するにあたり1,000万円ほどかけて実家のリフォームを行いました。さらに、介護のストレス解消を言い訳にテレビ通販に走ってしまったことも家計悪化の要因となりました。このままでは、あと6年ほどで貯蓄が底をつきます。
もし、母が亡くなって母の年金も途絶えたら、自分の少ない年金(月12万円ほど)でどうやって暮らしていけばいいのか。明美さんは短時間のパートを探す羽目に追い込まれていきました。
実は、明美さんのケースは、決して特殊なものではありません。厚生労働省の調査によれば、2022年に約7.3万人が介護や看護を理由に離職していることが示されています。その約6割以上が女性であり、40代後半から倍増、キャリア途中での離職が目立ちます。
特に深刻なのは、2025年に迫る超高齢社会の到来です。団塊の世代が75歳以上となり、介護需要が急増する「2025年問題」を前に、介護離職者数はさらに増加すると予測されています。
介護離職には、給与収入が絶たれるだけでなく、将来の年金受給額の減少、再就職の困難さなど、長期的な影響が伴います。明美さんの場合、定年まで勤め上げれば老後の厚生年金は年額50万円以上増額されたはずです。また、5年の空白期間は再就職への障壁となり、離職前の年収の半分以下になる可能性も十分あり得ます。
常勤で働きたくても、短時間勤務のパートなど働き方と収入が限定されてしまうことも。「あの時に親友の助言をもっと真剣に聞いていたら……」後悔しても、失った時間を取り戻すことはできません。
介護と仕事の両立のためにやるべきこと
では、明美さんはどうすれば良かったのでしょうか?
まず、完全離職ではなく、介護に関わる制度を活用し、段階的な介護体制作りを行っていくべきでした。勤務先独自の、かつ、公的な制度への知識は外せません。以下に主な制度、やるべきことを挙げておきます。
1. 親の資産の把握
原則として、介護は親の資産からの充当を優先します。
年金の受給額や預貯金額、不動産資産、加入している保険、また借金の内容を確認しましょう。特に認知症が進むと意思判断能力が衰え、資産の凍結リスクもあるため家族信託など事前の対策が重要です。
2. 勤務先の介護支援制度の活用
要介護認定を受けた家族を介護するため、介護休暇や介護休業の取得や給付金をもらうことができます。これらは公的制度ですから、要件を満たせば利用できる権利です。他にも勤務先独自の支援制度についても調べておきましょう。
3. 公的介護保険サービスを最大活用
デイサービスやショートステイを積極的に利用し介護の負担を分散、また、ケアマネージャーと密に相談し状況変化に応じ利用可能なサービスを把握する、などの介護体制を整えることが重要です。
介護の初期段階から、地域包括支援センターや介護の専門家に相談することで、より良い選択肢が見つかる可能性があります。離職は最終手段と考え、収入を確保しながら介護と向き合う方法を模索することが重要です。
介護は長期戦。子である介護者自身の人生とキャリアを守りながら、持続可能な介護プランを立てることが、結果的には親のためにもなるのです。
三原 由紀 プレ定年専門FP®
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