トランプ次期大統領の財政政策への期待値だけではない…〈利下げ開始〉後も米金利が上昇し続けるワケ【マクロストラテジストが解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月23日 9時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
来年1月からスタートするトランプ大統領の新政権。最近の金融市場での話題のひとつとして、FRBが利下げを開始したにもかかわらず、米10年国債利回りをはじめ、米国の長期ゾーンの金利が上昇している点があります。この異例な事態が起こっている背景には何があるのでしょうか? フィデリティ・インスティテュート主席研究員でマクロストラテジストの重見吉徳氏が詳しく解説します。
米利下げ開始後の異例な金利上昇
最近の金融市場での話題のひとつは、FRBが利下げを開始したにもかかわらず、米10年国債利回りなど、米国の長期ゾーンの金利が異例に上昇しているという点です。
[図表1]は、1962年以降の全14回の利下げ局面における米10年国債利回りの変化をみたものです。利下げ開始1営業日前を0として、それ以降の利回りの変化幅をとっています。
今回【赤線】は、過去14回の利下げ局面のうち、2番、3番を争う10年国債利回りの上昇幅です。この動きについて、金融市場では「債券市場が、FRBの利下げにNoと言っている」と指摘されています。より一般的には、「景気堅調下での利下げ」や、「トランプ氏の政策による景気刺激やインフレ圧力、財政赤字の拡大」が利回り上昇の背景と考えられているようです。
米利下げ開始後の意外な2年-10年フラットニング
債券市場がインフレや財政赤字の拡大を懸念しているとすれば、米国債のイールド・カーブ(利回り曲線;次節に【直近の画像】を掲載)は「スティープ化」しても良さそうなものです。
イールド・カーブのスティープ化とは、(2年金利よりも5年金利、5年金利よりも10年金利、10年金利よりも30年金利といった具合に)、より長い年限の債券ほど利回りが上昇することを指します。言い換えれば、「長短金利差の拡大」です。
インフレや財政悪化の懸念が出る場合、長めの金利ほど投資のリスクが高まるため、投資家は、より高い利回りを要求します。この結果、イールド・カーブのスティープ化が生じます。
ところが、今回の利下げ開始以降、イールド・カーブは逆に「フラット化」しています。
[図表2]は、1962年以降の全14回の利下げ局面における「米2年ー10年金利差」(=10年国債利回りマイナス2年国債利回り)の変化をみたものです。利下げ開始の1営業日前を0として、それ以降の金利差の変化幅をとっています。
そうすると、今回【赤線】は、利下げ開始以降に「米2年-10年金利差」は、いったんは拡大したものの(=2年金利に比べて、10年金利のほうがより上昇した;[図表2]の【赤線】が上昇)、その後はトランプ氏の勝利オッズが高まった10月を通じて縮まったことがわかります(=10年に比べて、2年金利のほうがより上昇した;[図表2]の【赤線】が低下)。
[図表3]は、米2年-10年金利差を時系列で表したものです。11月8日金曜日時点で、米2年-10年金利差は「0.04%」までフラット化しており、再度の「逆イールド」(長短金利の逆転)が視野に入ります(→債券市場の人たちにとっては「大きな出来事」です)。
たしかに、[図表2]をみるかぎり、利下げ開始以降にイールド・カーブがフラット化することは珍しいことではありません。
ただ、今回は「景気堅調(との金融市場の見方)」に加えて、「トランプ氏の政策による財政悪化」も見込まれているため、イールド・カーブがフラット化するのは解せません。
今般、「米2年-10年金利差」でみるようなイールド・カーブがフラット化している背景は、より短期ゾーンのイールド・カーブが教えてくれるかもしれません。
米利下げ開始後の異例な3ヵ月-2年スティープニング
[図表4]は、最近の米国債のイールド・カーブをみたものです。【横軸】は残存年限、【縦軸】は利回り水準です。【灰色の点】が9月のFOMC政策決定の前日、【青色の点】が11月8日のイールド・カーブをそれぞれ表しています。
まず、【灰色の点】と【青色の点】のどちらとも残存3年程度のところまで(【横軸の0メモリから3メモリあたりまで】)をみると、「イールド・カーブが右下がり」になっていることがわかります(→【太い矢印】で補足)。
これは「債券市場が今後の利下げを織り込んでいるために、長めの金利ほど低くなっている」様子を示しています。
簡単に言えば、「1年物の米国債利回りは今後1年間の政策金利の平均値」、「3年物の米国債利回りは今後3年間の政策金利の平均値」と考えられます。たとえば、今から1年経ったあとも利下げが続くと考えれば、3年物国債のほうが1年物国債よりも低い利回りで取引されることが想像できます。
ところが、最近になって「イールド・カーブの右下がり」の「角度」が浅くなっていることがわかります。これは、利下げ見通しが急速に後退していることを示しています。
この短期ゾーンにフォーカスしてみましょう。
[図表5]は、1962年以降の全14回の利下げ局面における「米3ヵ月-2年金利差」(=2年国債利回りマイナス3ヵ月国債利回り)の変化をみたものです。利下げ開始の1営業日前を0として、それ以降の金利差の変化幅をとっています。
すると、今回【赤線】は、全14回の利下げのうち、「米3ヵ月-2年金利差」は最も高まっており、短期ゾーンのイールド・カーブは「スティープ化」しています(→先ほどの表現を使うと、残存2年までの「イールド・カーブの右下がり」の「角度」が浅くなっているということです)。
11月8日時点の「米3ヵ月-2年金利差」の水準は「マイナス0.37%」であり、利下げの織り込みは残っているものの、利下げ開始前の水準「マイナス1.36%」からはほぼ1%スティープ化しており(=残存2年までの「イールド・カーブの右下がり」の「角度」が浅くなっており)、利下げ織り込みの解消が進んでいます。
FRBを「信仰」する債券市場
以上の観察を、筆者の解釈をふまえてまとめると、9月の利下げ開始以降、
・米国債の利回りは上昇しており、インフレや財政悪化への懸念がその背景とされている
・他方で、(インフレや財政悪化への懸念が金利上昇の背景であれば、たとえば、「2年-10年金利差」でみたイールド・カーブはスティープ化するはずだが、実際には)「2年-10年金利差」でみたイールド・カーブはむしろフラット化しており、直観とは逆に「インフレの鎮静化」(もしくは、長期ゾーン金利のリスク・プレミアム縮小)が織り込まれている
・その背景は、「利下げ織り込みの急速な解消」にあると思われる。なぜなら、今後の利下げが少なく/小さくなれば、実体経済は引き締め圧力を受け続けて、インフレが鈍化する可能性が高まるためである
言い換えれば、債券市場は、
・「今景気が強いなら、FRBはさほど利下げしないだろう」
・「トランプ氏の財政政策で景気がさらによくなるなら、FRBはもっと利下げをしないだろう。場合によっては再利上げもあるだろう」
と考えているようです。
すなわち、債券市場は、①FRBでしか支えられないほどの米国債の債務残高、②トランプ政権の誕生、をみてもなお、FRBの「インフレ抑制」に全幅の信頼を置いているようです。彼らは「過去40年のディスインフレ期を生きている化石」のようです。
ソフト・ランディング/ノー・ランディングを見込む市場
あらためて、[図表6]に、1962年以降の全14回の利下げ局面における「米2年-10年金利差」(=10年国債利回りマイナス2年国債利回り)の変化を示します。
すると、FRBの利下げ開始後に、「米2年-10年金利差」でみたイールド・カーブがフラット化するときは、「ソフト・ランディング」や「ノー・ランディング」のケースが多くなっていることがわかります。とても望ましい絵です。
これまでの多くのケースでは、①「利上げ&インフレの鎮静化観測&イールド・カーブのフラット化」→②「利上げ打ち止め&景気後退観測or利下げ観測&逆イールド」→③「利下げ開始&逆イールドの解消&景気後退&今後の景気回復観測」となります。
最近まで我々は③の位置にいたわけですが、仮に①に舞い戻るとすれば、「景気後退はだいぶ先」ということになり、「イールド・カーブのフラット化」⇒「ソフト・ランディング」や「ノー・ランディング」は説明されます。
ただし、その前提は、FRBが(たとえば)トランプ政権の政策によるインフレ圧力に対して利上げで抗したり、トランプ氏による金融政策への介入や利下げ圧力そのものに抗したりすることができるということです。
FRBがそれをできなければ、イールド・カーブは大きくスティープ化して、実体経済や株価に悪影響が生じるでしょう。
イールド・カーブが織り込む「ソフト・ランディング」や「ノー・ランディング」は、(いつでもなんでも貨幣発行で救済する、そして、富裕層支援のバイアスがかかった≒インフレ・バイアスの)「FRBへの信頼」に依拠しています。
重見 吉徳
フィデリティ・インスティテュート
首席研究員/マクロストラテジスト
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