残りわずかな命です…年金月30万円・全財産1億円の夫婦、65歳妻は病に苦しむ夫を黙殺。絶望の渦中で66歳夫が密かにしたためた「遺言書」【FPが解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月24日 10時45分
(※写真はイメージです/PIXTA)
自分の死後における財産の行き先などの意向を記す「遺言書」。ときにはこの遺言書が原因で、遺された家族がもめてしまうことも。本記事では、本田さん(仮名)の事例とともに、被相続人の生前に相続トラブルを防ぐ方法について、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。
末期がんで残りわずかな命となった元会社経営者
本田武さん(仮名/68歳)はがんで闘病生活を送っています。若いころにタイヤショップを開業。大型車などを得意として運送会社等へのタイヤ販売、タイヤ交換作業などで大きな富を築いてきたのでした。そんな本田さんには妻の美代子さん(仮名/65歳)と、結婚して近くに住む一人娘の百合子さん(仮名/40歳)がいます。
本田さんが仕事を引退したのは66歳の誕生日を迎えて間もないころ。前立腺がんの発覚がきっかけでした。会社を5,000万円ほどで売却し、退職金として2,000万円を受け取り、年金は夫婦合わせて月額30万円受け取ることができていたため、老後資金には余裕がありました。しかし、がんは発見時、すでに複数個所に転移し、進行が進んでしまっていたために、多額の介護費と医療費が必要な状態となっていたのでした。
「自分の命は残りわずかだろう……」そう感じていた本田さんでしたが、悩みがありました。それが妻である美代子さんとの確執です。本田さんは現役のころは子育てを美代子さんに任せきりにし、仕事や地域の経営者仲間の集まりに参加して夜中まで飲み歩いたり、複数の女性達と浮気をしたりするなど、自由奔放に過ごしてきました。家を守る美代子さんに対しては家政婦のような扱いをしており、会話は必要最低限です。
当時、そんな本田さんに美代子さんは、なにも言わずにいました。しかし病気がわかり、介護が必要になったときに美代子さんは、現役のころの本田さんの行いを許せず、本田さんに対して冷たくあたっていたのでした。
美代子さんは一切の介護を拒否するだけでなく、下半身の自由が利かなくなった本田さんが「書斎にある、書類を取ってほしい」と頼んでも応じようとはせず、完全無視。トイレに自分で行けなくなった本田さんの紙おむつを交換しようともせず、自分が交換する必要がないように何重にも重ねて汚物が漏れないようにし、すべてヘルパーさんに任せていたのです。
そんな本田さんを気遣い、時間を見つけては介護に寄ってくれていたのが一人娘の百合子さんでした。仕事と育児で忙しくしているなかでしたが、自分の介護に来てくれていたのです。残りわずかな命、自分を蔑ろにしている妻には一切資産を渡さず、すべてを娘に渡そうと考えたのでした。
法律の壁
そんな本田さんは、どのようにしたら娘に自分の資産をすべて渡すことができるのかを調べていました。妻の外出時を見計らって、まだかろうじて動く上半身を必死で起こし、スマートフォンで検索した情報を次々にチェック。時間をかけて遺言書を作成していきました。
まず、現状の法定相続人は妻と娘の2人だけですので、なにも対策せずに自分がこの世を去ったときには、2人に均等に財産が渡されることになります。そして、遺言書を遺すことで娘に全財産を渡すこともできますが、そこで問題になるのが「遺留分」の存在です。
遺留分とは、一定の相続人に認められた、最低限の財産を受け取ることができる権利のこと。子供や配偶者などの近親者が対象になっていて、自分の本来の法定相続分の2分の1を最低限受け取ることができる権利のことです。
本田さんの場合、全財産は自宅建物と土地を含めて約1億円。この場合、法定相続分は妻と娘でそれぞれ5,000万円ずつです。仮に本田さんが百合子さんに1億円を渡そうと考えた場合に、妻の美代子さんには法定相続分の2分の1の2,500万円を受け取る権利があります。
若いころに好き勝手してきた結果とはいえ、妻の態度が許せない本田さんは一銭たりとも渡したくないと考えていました。経営者仲間に紹介してもらった弁護士にメールで相談。「自分が生きているあいだに娘へ財産を贈与したらどうか……」など、自分の考えを弁護士に相談しましたが、生前の贈与も遺産分割の対象として考えられるため、難しいとの答えが。生命保険であれば、保険金は受取人固有の財産であるため、遺産分割の対象となる財産からは分離されるという方法を教えてもらいました。
たとえば、1,000万円を生命保険で残し、保険金として渡すことで相続財産は1億円から9,000万円に圧縮され、法定相続分はそれぞれ4,500万円、遺留分は2,250万円と圧縮することが可能です。しかし、いまから生命保険に加入しようにも健康状態から新たに加入はできないと考え、諦めていました。
生命保険の営業担当からの意外な提案
そんなとき、自分のがん保険の保険金請求の手続きに訪れた生命保険会社の営業担当に相談してみると、現在入院している状態でなければ加入できる保険もあるというアドバイスを受けます。「自分でも契約できる保険がある」それを知った本田さんは契約したいと申し出たのですが、担当からは思いもよらぬ言葉が「生命保険はいつでも契約できますが、奥様や娘さんとまずはしっかり自分のお気持ちをお話しされたらどうですか?」。
「生命保険を活用することで遺留分を少なくすることは可能です。しかし一方的でなく、人生の最期を迎える前に娘の気持ちも聴いたり、妻ともゆっくり話をしてみたりしてはどうか。自分がファシリテーターを引き受けるので、家族会議をしてみては」と提案を受けたのです。最初は嫌がっていた本田さんでしたが、妻に話をしてみて、妻が話をしたいと言うのならばと、家族会議の場を設けることになったのでした。
第三者を挟むことで、家族間でしっかり自分たちの考えを述べ、話し合いを行うことができました。妻からは何十年も前から自分が我慢して耐えてきたことが語られ、どうしてもそれを許すことができず、弱った本田さんに対して辛くあたってしまったと言います。本田さんもそれを静かに聞いていて、薄々わかってはいたものの、自分が思っていたよりも妻が苦しんでいたことを知り、初めて過去のことを謝罪したのでした。
娘の百合子さんからも、自分が全財産を受け取っても母の美代子さんが困るようなことは避けたい、自分が全財産を受け取っても、結局母に渡すことになるという想いを知ります。
自分を蔑ろにしていた妻への感情が先走り、妻に財産を渡さないようにと考えていた本田さんでしたが、冷静に家族で話をすることでわだかまりは解け、作成していた遺言書は破棄。妻の美代子さんに家と土地、そしてこれからの余生を十分に生活できるように4,000万円を渡すこと、そして百合子さんには3,000万円を渡すことになり、新たに作成した遺言書と生命保険を活用して生前の相続準備ができたのでした。
『死』と『お金』に向き合わなければならない「相続」
今回の事例では生前の相続準備をきっかけに、人生の最期を迎える前に夫婦間でわだかまりが解け、納得できる相続対策ができた事例をお伝えしました。令和4年の司法統計によると、遺産分割調停事件の件数は1万4,371件となっており、亡くなった人の数が156万9,050人であることから、100件に1件程度の割合でトラブルが発生していることがわかります。
「死んだときの話をするなんて縁起でもない」「死んだあとのお金のことを考えるなんて……」と、『死』と『お金』の話題という、タブー視されているようなことが重なるのが相続の問題です。しかし、自分がこの世を去ったときに、誰にどうなってほしいのか、しっかり自分の想いを遺族に伝えないと、自分のせいで家族同士がもめて、最悪の場合、絶縁状態となってしまうようなトラブルが起きることもあります。
また、今回のように感情的になって「妻には財産は一銭も渡さない」と考えていても、家族でしっかり話をしてみることでお互いの考えを理解し、円満に、本当に納得できる相続対策ができることもあり、人生を終える前に心残りになっていたことが解決することもあります。
法律や税制が複雑に絡む問題で、それぞれの専門家が必要になる場面もあります。しかし、それ以前に、自分がどうしたいのか、人生の最期を迎える前になにをすべきなのか、しっかり自分と向き合い、家族と話したうえで対策することで本質的な満足を得ることができます。
人間はいつか必ずこの世を去るときがきます。そしてそれは、ひょっとしたら想定よりも若くしてそのときが来るかもしれません。そのときにどんな最期を迎えたいのか、家族にはどうあってほしいのか、いつかは必ず訪れるそのときに満足できる最期を迎えられるように、向き合ってみてはいかがでしょうか?
小川 洋平
FP相談ねっと
ファイナンシャルプランナー
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