深夜も鳴りやまない「ナースコール」…「医師の働き方改革」に押し潰される看護師たちの悲鳴
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月3日 16時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
ナースコールシステムは、患者と看護師をつなぐ重要な医療インフラです。医療現場のデジタル化が進むなかで、看護師の負担軽減と効率的なケアを提供するために、いまもなお大きく変化しています。スマートフォンやIoT(モノのインターネット)の導入、データ活用の本格化により、今後どのような進化が期待されるのでしょうか。本記事では、ナースコールシステムの現状とそれに紐づく看護師の過重労働問題について、日本医療福祉設備協会・理事の花田英輔氏が解説します。
単なる呼び出し機能じゃない「ナースコール」
ナースコールとは「患者が看護師を呼び出すシステム」です。かつてのナースコールシステムは、患者がボタンを押すと、親機を通じてナースステーションに信号が届く、もしくはマイクとスピーカーで通話するといったシンプルなものでした。ところが、ナースコールシステムは2000年ごろから院内PHSと連携するようになり、看護師は病棟のどこにいても、患者の呼び出しに対応できるようになりました。
さらにナースコールシステムは単なる呼び出し機能を超えて、病院全体の情報システムと連携しています。大規模な病院では、患者の入退院情報やベッドの移動状況(転棟・転床)などと連動するのが一般的です。ナースコールシステムを工学的な視点から整理していくと、主に「入力デバイス」「制御部分」「出力デバイス」の3つの構成要素にわけて考えることができます。
入力デバイス(対患者)
患者が押すボタンには、通常のボタンと緊急ボタンの2種類があります。最近では、これに加えてさまざまなセンサーデバイスも導入されています。たとえば、転倒を検知するセンサーや離床を検知するセンサーなどです。そのほか、さまざまな病院情報システム(HIS)との連携が進んでいます。
制御部分
制御器(親機)は現在、多くの場合においてコンピュータ化されています。ナースコールはPHSやスマートフォンと連動し、電話交換機とも接続されています。さらに、病院情報システムやさまざまな医療機器とのデータ連携が進んでおり、医師が遠隔で患者の状態を確認することも可能になりました。
出力デバイス(対看護師)
かつてはランプやアラーム音などによる「ボード表示」が一般的でしたが、現在はPHSやスマートフォンなどと連携されて、出力デバイスとして機能しています。たとえば、病院情報システムに「何時何分にどのベッドからコールがあった」という情報を自動記録することも可能です。
このように見ていくと、ナースコールシステムは単なる呼び出しシステムからさまざまな用途に広がり、もはや病院全体の情報システムの一部として機能するようになっているといえるでしょう。
鳴りやまないナースコールと看護師にのしかかる負担
ナースコールシステムは進化を続けているものの、現場ではいくつかの問題が残っています。特にナースコールの集中による看護師の過重労働は深刻です。
患者はいつでも簡単にコールをかけることができるため、夜中でも頻繁に呼び出しがあり、コールの洪水状態になっています。また、すべてのコールが看護師に届くため、どのような内容のコールであっても、その都度看護師が対応しなければなりません。これでは看護師の過重労働はなかなか解消されないでしょう。
たとえば「特定の患者からのコールは担当看護師にだけ通知する」といったシステムの設定変更により看護師一人ひとりの負担を軽減することはできそうです。技術的には可能ですが、実際は、シフトや勤務帯ごとに設定していくのは複雑であり、その都度の変更はあまり現実的ではないのです。
また、「何時何分に誰がコールしたか」「どのセンサーからコールが発生したか」といったデータを上手く活用することにより、無駄な労働を減らすことができるかもしれません。しかし現在は、データ活用の途上にあります。ナースコールのデータはほとんど活用されておらず、一部の病院の取り組みとして成功事例が学会などで報告されるくらいです。看護師の過重労働の解消に向けた今後の対策としても期待されるところです。
医師の働き方改革により看護師の負担増
いま、「医師以外の医療職をいかに支援するか」という課題が浮き彫りになっています。日本の医療現場では、2024年4月に施行された医師の働き方改革により医師の労働時間が厳しく制限され、特に時間外労働に対する規制が強化されました。
その結果、医師の業務量を削減するための「タスクシフト」が進められ、医師の業務の一部が他職種へと移行しています。しかし、その多くは看護師に割り当てられていて、看護師の負担が限界に近づいているといった状況が各所で見られます。
加えてポイントになるのが、看護師から看護助手や事務職へのタスクシフトが充分に進んでいない点です。看護師は専門的な知識と技能を持ち、患者ケアに強い責任感を抱えているため、看護助手への業務移行には心理的な抵抗を持つ場合もあります。一方、看護助手には医療行為が法的に許可されておらず、業務範囲の制限により、移行できる業務が限られているのです。
このような現状を改善するためには、ナースコールシステムの運用改善が鍵となります。これらの技術は、看護師が直接対応しなければならない業務を減らし、より専門的なケアに集中できる環境を整えることが可能です。逆の見方をすれば、ナースコールシステムによる業務効率化が進まなければ、医療現場は深刻な人手不足に直面し、地域によっては医療崩壊になりかねません。労働時間の上限規制にも対応しながら、現場の負担をどう分散させて、ケアの質を維持していくかが重要です。さらに、ナースコールシステムの運用改善もこうした関心のなかで行われるべきと考えます。
ナースコールシステムの運用改善による看護師と患者へのメリット
ナースコールシステムは、冒頭のとおり「入力デバイス」「制御部分」「出力デバイス」の3つの要素で成り立っています。ここでは特に入力デバイスと制御部分の進化を紹介します。
入力デバイスの進化
まずは、入力デバイス。従来、ナースコールは患者が押すボタンが主流でしたが、最近では身体が不自由な患者も使いやすいデバイスが増えました。たとえば、ある大手メーカーが提供する製品では、手を動かせない患者のために足で踏むボタン(タッチコール機能)や、息を吹きかけてコールする装置(ブレスコール機能)が開発されています。こうした機能を使えば、どのような患者でも自身の状態に応じて簡単にナースコールを発信できます。
また、センサーデバイスの導入も進化を遂げています。たとえば点滴が終了したことを知らせるセンサーや、最近ではトイレに行きたくなった患者に反応する「膀胱センサー」も。膀胱センサーは患者のお腹に取り付けられ、膀胱が満杯になると自動的にナースコールが発信される仕組みです。エコー検査の技術を応用しており、患者が手を使わなくても、必要なときに適切に呼び出せるようになっています。
さらに、これらのセンサーデバイスからのコールは、従来のボタンによる呼び出しと同じようにシステム内で処理されます。また、「ボタンからのコール」なのか「センサーからのコール」なのかを判別する機能も備わっており、看護師はすぐに対応の方法を判断できます。こうした技術の進化により、患者のニーズに柔軟に応じられるようになり、医療現場でのケアの質も向上しています。
また、医療現場ではIoT(モノのインターネット)の活用が進んでいます。IoTは、あらゆるセンサーがネットワークに接続され、データがリアルタイムで収集・分析される技術を指します。
たとえば、点滴の終了を知らせるセンサーは、医療現場で導入が進んでいます。一方で、ベッド周辺の温度、湿度、明るさ、ガス圧などを測定するセンサーについては、技術的には可能であるものの、現時点では導入例はありません。しかし、これらのデータを活用することで、患者の療養環境をよりよくし、適切なケアを提供する取り組みが期待されています。また、 患者のベッドにタグを取り付け、患者がベッドから離れた際にアラームを発するシステムがあるほか、寝返りを検知するセンサーも導入されつつあり、寝返りを打っていない場合に警告を出し、褥瘡(床ずれ)のリスクを軽減することが可能です。
このようなセンサー技術の進展は、患者の安全性を大きく向上させる可能性があります。たとえば、センサーが常にデータを収集し、そのデータに基づいて適切な対応を取ることで、不必要なアラームの発生を抑えつつ、重要な情報を医療従事者に迅速に提供できるのです。現場の看護師は過剰なアラームに煩わされることなく、必要なケアに集中できる環境が整います。
■患者の動作なしでナースコールが使える未来
ナースコールの入力デバイスに関連して、さらに未来の話をしましょう。患者が自分で動作しなくても、ナースコールが発信できる技術が登場しつつあるのです。たとえば、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の場合、身体をまったく動かせなくなっていきます。こうした患者がナースコールを発信するためにはどうすればよいでしょうか。
1つの方法として、脳波を用いる技術があります。脳波を拾って「はい」「いいえ」と意思表示ができるシステムはすでに存在しています。これを応用すれば、「助けてほしい」と思ったときに脳波でナースコールを発信することも技術的には可能。現時点では製品化されていませんが、実現の範囲内です。また、視線や瞬きを使ったコール発信も有望な方法です。これもすでにコンピュータ入力の補助技術として利用されています。
さらに、カメラと画像解析技術も進化しており、患者の動きを監視するシステムが普及してきています。患者がベッドを離れようとしている場合や、異常な動きがあった場合に、アラームを発信することができるのです。以前は、監視カメラの導入に対して抵抗がありましたが、近年では患者の安全を守るため、広く受け入れられるようになってきました。
制御部分の進化
ナースコールシステムの制御部分は、シンプルな呼び出し機能から高度なコンピュータ制御へ進化しました。現在では医用テレメータ、薬剤管理システム、病院情報システムと連携し、患者の状態をリアルタイムで把握できます。この連携により、看護師の業務が効率化され、医療の質が向上します。病院情報システムとナースコールが統合すれば、患者の異常があった場合でも、担当医や看護師がリアルタイムで状況を確認でき、迅速な対応が可能になるのです。
さらに、日常の情報入力や申し送りも1つのサーバに集約。情報共有が効率化されるため、看護師は患者ケアに集中しやすくなります。このようなナースコールシステムの進化により、医療機器との連携が強化され、現場の効率化と安全性が向上するのです。
ナースコールのデータ活用と課題
ナースコールシステムでは、多くのデータが記録されていますが、それをどう活用するかも大きな課題でしょう。まず、どのようなデータが集まるのか。例としては、以下の情報がナースコールシステムで取得可能です。
・誰がコールを発信したか(発信者)
・コールがあった日時
・コールの種類(通常の呼び出しなのか、緊急の呼び出しなのか)
・誰がそのコールに対応したか
・対応内容や処置の詳細
これらのデータは漏れなく記録していくだけでなく、分析することで看護業務の改善に役立てることが可能です。たとえば、コールが頻発する時間帯や、特定の患者からの呼び出しが多い場合、看護体制の見直しや、ケア方法の改善が考えられます。しかし現状では、前述のとおりデータがただ蓄積されているだけで、十分な分析や活用が行われていないケースも少なくありません。
実際、ナースコールシステムには「なにが行われたか」という対応内容を記録する機能もありますが、これはスタッフがデータを手入力しなければなりません。この入力作業が現場では十分に行われず、せっかくのデータが活用されずに埋もれてしまうことも。
それぞれの病院でも蓄積されているデータがどれだけ分析され、業務改善に活かされているか確認し、まずできることから取り組んでみると、今後につながるきっかけが見つかるかもしれません。
看護体制の未来を見据えた技術との向き合い方
これからの看護体制について改めて考えてみましょう。まず確実に予測されるのは、少子高齢化が進むなかで医療現場の人手不足がますます深刻化することです。医療従事者の数は、今後も需要に追いつかない状況が続くと考えられます。
一方、デジタル化は急速に進展しています。伝票や書類の電子化に加え、電子処方箋や遠隔診療も一般化しつつあり、業務の効率化やヒューマンエラーの減少が期待されます。
しかし、ここで重要なのは、医療は人と人との関わりが本質であるという点です。どれだけデジタル技術が進化しても、患者が求めるのは看護師との直接のコミュニケーションや、安心感を与える人間らしいケアです。ナースコールシステムに実装されていく新機能はあくまで補助ツールに過ぎず、それらに「使われる」のではなく、医療従事者が無理なく活用できる形で取り入れることが重要です。
特に看護師は患者の療養環境において中心的な存在です。技術の進化を取り入れつつも、人間らしいケアを提供できる体制を整えることが、今後の医療における大きな課題となるでしょう。医師からの指示や業務の一部を看護助手や他職種にタスクシフトしながらも、看護師が患者と向き合う時間をいかに確保するかが問われています。そのために、デジタルを活用して業務の効率化を図り、看護師が本来のケアに集中できる環境を整えていくことが欠かせません。
ナースコールシステムの進化をめぐる考察について結論づけるとすれば、今後の医療現場においても、やはり技術革新とともに柔軟な業務体制の見直しを進めていくことが重要といえましょう。デジタル化の恩恵を存分に活かしながら、人と人との関わりを大切にする医療のあり方を維持し続けることこそが、持続可能な医療システムの構築につながると確信しています。
花田 英輔
国立大学法人佐賀大学 理工学部
教授(数理・情報部門)
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