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90%の病院が活用しているが…医療機関の「Wi-Fi」利用と課題【大学教授が解説】

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月4日 16時15分

90%の病院が活用しているが…医療機関の「Wi-Fi」利用と課題【大学教授が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

ナースコールシステムは、患者と看護師をつなぐ医療現場の重要なインフラです。従来はシンプルな呼び出し機能にとどまっていましたが、昨今ではAI、スマートフォン、そして次世代通信技術の導入により、さらなる進化を遂げつつあります。一方で導入には、病院内の通信インフラの整備が不可欠です。本記事では、病院に導入されうる最新技術と、それを支えるための通信基盤の整備について、医療設備の専門家であり、日本医療福祉設備協会・理事の花田英輔氏が解説します。

ナースコールにAIを活用すると

近年、医療でのAI(人工知能)の活用が急速に進みつつあります。ナースコールシステムにもAIを導入すれば、システム全体の効率が格段に向上し、看護師の負担軽減が期待できます。

たとえば、AIは患者からのコール内容を解析して緊急度を判断できます。「胸が痛い」といった訴えがあれば、AIは緊急性の高いコールと認識し、即座に看護師に通知します。これにより、対応の優先順位が明確化され、対応の遅れや医療ミスのリスクが軽減されます。また、センサーやカメラと連携することで、患者がコールボタンを押さなくても、異常を検知して自動的にコールを発信することが可能に。転倒や呼吸困難といった緊急事態にも迅速に対応できるようになるのです。

AIはナースコールの受け手としても機能することが考えられます。すでにコールセンターで活用されている音声ガイダンスと同様に、AIが患者に「どうされましたか?」と問いかけ、応答に基づいて適切な看護師へ情報を振りわけることが可能です。これにより、AIが状況判断をサポートし、対応のスピードを高めることができます。

ただし、緊急時の最終的な判断はやはり人間の役割であり、AIはあくまで補助に徹することが求められます。AIが効率的にサポートすることで、看護師をはじめとする医療従事者は患者と向き合う時間を確保でき、より質の高いケアが実現します。

また、AIを活用した予測コールシステムは、今後のナースコールにおける革新として大きな期待を集めています。予測コールとは、AIが患者のデータを分析し、ナースコールが発生する前に看護師に事前通知するシステムです。

特にリハビリ施設や介護施設のように、患者の状態が比較的安定している環境では、AIが過去のデータから次に発生しそうなコールを予測し、看護師に知らせることが可能です。こうした仕組みを導入すれば、看護師は準備ができ、緊急度の低いコールにも効率よく対応できるようになります。

しかし、予測コールの導入にはまだ課題も多く、技術的な難度も高い状況です。現場での実装には、AIが正確にデータを解析し、適切な予測を行うための質の高いデータが必要です。しかしながら、予測コールが実現すれば、ナースコールシステムの運用は大きく変わることが期待されるでしょう。

従来は病棟ごとにコール対応が行われていましたが、AIの導入により、コールの集約と最適な振りわけが可能となります。AIが「ナースコールセンター」として機能し、緊急度や患者の状態に応じて、看護師や看護助手へコールを振りわけることができます。これによって看護師は本来のケア業務に集中でき、業務負担の軽減ができるのです。

すでに海外では「アラームマネジメントシステム」と呼ばれるAIシステムが一部の医療機関で試験的に導入されています。このシステムは、コールの緊急度を自動で判断し、対応を適切に割り振る機能を持っています。ただし、本格的な実用化には時間がかかる見込みです。緊急度の低いコールは、AIが看護助手やクラークに振りわけることで、看護師の負担軽減を目指していますが、実装には慎重な検討が必要です。現時点では導入が進んでいる施設は限られており、さらなる技術開発が求められる分野です。

医療機関でPHSが使用され続けるワケ

ナースコールのAI活用はまだ少し先の話です。医療機関における通信手段の現在の課題に「PHSからスマートフォンへの移行」があります。

これまでシンプルな機能しかもたなかったナースコールがPHS(Personal Handy-phone System)という日本独自の通信規格によって連携され、看護師がPHS端末を持ち歩くことで、どこにいても患者のコールに迅速に対応できるようになったのは2000年ごろからです。PHSは2000年当時の携帯電話の8分の1、現在の携帯電話と比べても3分の1程度と端末出力が弱いため、医療機器への電波障害がほぼ皆無という点で優れており、親機と端末というシンプルな接続設計であることから重宝されてきました。

しかし、2023年3月に公衆PHS網がすべて終了し、現在は病院内の専用ネットワークである自営網(内線)が主流です。これであれば、当面のあいだ利用可能ですが、今後は端末の入手が難しくなる可能性もあります。

スマートフォンへの移行状況

そのため、各医療機関ではPHSから移行する形でスマートフォンの導入が進んでいます。スマートフォンは、通話機能に加えて電子カルテの参照、患者データの入力、チャット機能など、多機能な端末として活用できる点が魅力ですし、病院情報システム(HIS)の端末としても使用できるため、業務の効率化が期待されます。

一方で、スマートフォンの導入にはいくつかの課題も。通例の場合、院内のスマートフォンのデータ通信は無線LANを基本とするため、音声通信で用いた場合、接続する端末が増えると、通信速度が低下したり、音声品質が悪化したりするリスクがあります。特に緊急時には通話品質の低下が重大な問題となりかねません。導入に際しては、適切な通信環境の整備が重要です。ナースコール機能をスマートフォンに統合し、安定して運用するためには、インフラの選定も極めて重要です。

通信手段の選択は、業務効率や安全性に直結するため、慎重な検討が求められます。

病院スマートフォンのための安定的な通信手段の選定

電波環境協議会(EMCC)が策定したガイドラインによれば、病院で使用可能な通信方式として、

・無線LAN(Wi-Fi)

・sXGP

・ローカル5G

・FMC(Fixed Mobile Convergence)

の4つが例示されています。それぞれの方式には、独自の特長や利点、そして導入に際しての課題が存在します。以下、それらの選択肢について詳しくみていきます。

無線LANの利用と課題

無線LAN(Wi-Fi)は、多くの医療機関ですでに導入されている標準的な通信手段であり、約90%の病院がこの技術を活用しています。医師や看護師はスマートフォンやタブレット端末を使って、電子カルテの参照、患者認証、データ入力などを日常的に行っており、無線LANはそのインフラとして欠かせない存在です。

また、輸液ポンプやシリンジポンプなどの医療機器にもネットワーク連携が可能なものが現れています。機器のアラーム情報をリアルタイムで看護師に通知され、看護師は素早く異常に対応でき、業務効率が大幅に向上します。

しかしながら、無線LANにはいくつかの課題も存在します。最大の問題は先述のとおり、多数の端末が同時に接続することでネットワークが混雑しやすくなる点です。病棟の引き継ぎ時間帯には看護師が一斉に端末を操作するため、通信帯域が一気に圧迫され、データ速度の低下や音声通話の品質低下が起こりやすくなります。ローミングの際に音声が途切れて聞こえる場合も。そのため、緊急時における重要な音声指示が正確に伝わらないリスクがあり、患者の安全に影響を与える恐れも指摘されています。

以上の理由から、無線LANは便利で柔軟な通信手段である一方で、病院のような高負荷環境では安定した運用が難しく、適切な設計や管理が不可欠です。また、無線LANだけでなく、ほかの通信方式との組み合わせも検討することで、安定した通信環境の確保が可能になります。

sXGPの導入と利点

sXGP(Shared Xtended Global Platform)は、医療機関で注目される次世代の通信方式で、2018年に導入が始まった比較的新しい技術です。

sXGPは、「次世代PHS」として規格が整備されました。PHSが使用していた1.9GHzの周波数帯を引き継いでいます。既存の交換機と互換性があることから、導入コストを抑えながら、PHSからスムーズに移行できる点が大きな魅力です。また、sXGPは電波干渉が少なく、通信品質が安定しているという特徴も。無線LANが使用する2.4GHz帯とは異なり、1.9GHz帯を使用することで、家庭用機器との干渉リスクを軽減し、医療機器への影響も最小限に抑えることができます。

さらにsXGPの利点は、スマートフォンなどの汎用端末を利用できることです。これにより、医療機関は最新のスマートデバイスを活用しながら、従来のPHSの安定性を維持することが可能です。データ通信速度もPHSに比べて大幅に向上しており、電子カルテの参照や患者情報の入力など、リアルタイムでの重要な情報アクセスに十分な性能を発揮します。

sXGPは導入から数年しか経っていないため、まだ普及途上にありますが、最近では300床以上の大規模病院でも採用事例が増え始めていますし、複数の企業が導入支援を行っています。sXGPは、PHSの低出力と安定性のメリットを継承しながら、スマートフォンの多機能性を取り入れることができるため、病院内通信の新たな有力な選択肢となっています。

ローカル5Gの導入と課題

ローカル5Gは、特定の建物や敷地内で専用の5Gネットワークを構築する通信方式です。これは通信事業者が提供する公衆5Gネットワークとは異なり、病院や企業の内部専用ネットワークとして利用されます。ローカル5Gの最大のメリットは、高速なデータ通信と低遅延です。これにより、大容量の医療データのやり取りや、リアルタイムでの高品質な音声・映像通信が可能となり、医療現場での業務効率向上が期待されています。

しかし、ローカル5Gの導入にもいくつかの大きな課題が存在します。まず免許(電波法第4条)の取得と無線従事者(無線免許保持者)の配置も必須となりますし、電波使用料もかかります。また、ローカル5Gの基地局(アンテナ)の設置には初期投資を要し、導入コストが高くなる点も大きな課題です。

総務省はローカル5Gの普及を促進するために、免許取得の規制緩和を進めていますが、それでもなお運用には厳しい要件が課されており、既存の通信システムとの互換性や統合も重要な課題となります。高性能な通信環境が提供できる一方で、導入に際しての技術的なハードルやコスト面での課題があり、現時点では慎重な判断が必要でしょう。

FMCの可能性と課題

FMC(Fixed Mobile Convergence)は、建物の外では通常の携帯電話として、公衆携帯網を使用しますが、建物のなかでは内線電話として利用できる技術です。この仕組みにより、医療従事者は外出先でも院内でも同じ電話番号でシームレスに通話ができるようになります。

特に外回りの多い医師には大きなメリットがあります。たとえば、大学病院に所属する医師が外部の病院へ応援に行く場合であっても、FMCを使えば院内外のどこにいても一貫して通話が可能です。また、薬剤師が疑義照会を行うときにも、外出中の医師にすぐに連絡を取れるため、業務効率が大幅に向上します。

しかし、FMC導入にも、いくつかの課題が。通常のナースコールは、患者からの呼び出しが複数の看護師へ同時に通知され、誰かが応答するとコールが停止するという仕組みです。しかし、FMCを使う場合は、通知先が個々の携帯端末になるため、シフト変更ごとに設定を変更しなければなりません。当然、病欠など急なシフト変更の場合もです。特に大規模な病院や病棟では、設定の変更が手間となり、運用が煩雑化する可能性があります。病院が端末を用意する方法もありますが、それではFMCのよさが失われるでしょう。そのため、FMC導入においても、現場での運用には慎重な検討が必要といえます。

まとめると、医療機関向けの無線LAN、sXGP、ローカル5G、FMCの4つの通信技術は、それぞれに利点と課題があり、最適な選択は施設の規模や導入コスト、既存システムとの互換性などに依存します。明確な「正解」はなく、各医療機関のニーズに合わせた慎重な選定が求められます。2024年秋時点では、sXGPの安定性と汎用性が注目されていますが、今後とも技術の進化や市場動向に応じて最適な通信手段を選んでいくことが重要です。

本来のケアに専念できる通信基盤づくりと運用体制を

医療現場で進む技術革新のなかで、最も重要なのは「ツールがあくまで看護師の補助役に徹すること」です。AIを活用したナースコールの進化や、スマートフォンを用いたデータ連携は、看護師の業務を効率化し、患者と向き合う時間を増やすために設計されています。しかし、これらの技術に過度に依存することは、患者ケアの本質を見失うリスクを伴います。

特にナースコールシステムは、患者と看護師をつなぐ重要なインフラです。AIを導入することで、緊急度の高いコールを優先し、迅速な対応が可能となる一方、システムが適切に機能しなければ混乱を招く恐れもあります。こうした技術は、あくまで看護師の負担を軽減し、患者との直接的なコミュニケーションを支える補助的な役割にとどまるべきです。

また、医療従事者の人手不足は深刻な課題となっています。このような状況下で、デジタル技術は業務効率を高めるために欠かせない存在です。電子カルテ、遠隔診療、さらにはAIを組み合わせたナースコールシステムの進化によって、情報管理や診療ミスの減少が期待されています。しかし、患者に安心感を与えるのは「人」の存在です。ICTやDXの導入が進んでも、温かみのある人間同士のコミュニケーションが医療の根幹であることに変わりはありません。

技術はあくまで「支援的な役割」に徹し、看護師が患者ケアに集中できる環境を整えることが重要です。ナースコールの効率化や、タスクシフトの導入により、看護師の負担を軽減し、患者との対話やケアに注力する時間を確保できる体制が理想です。ツールに振り回されることなく、現場の声を反映した柔軟な技術の運用が鍵となります。

未来のナースコールは、人の温かさとテクノロジーの最適な融合により、よりよいケアを実現するための基盤となっていくことでしょう。

花田 英輔 

国立大学法人佐賀大学 理工学部 

教授(数理・情報部門)

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