年金の繰下げ受給、やっぱりやめます!…年金月20万円、定年後も働く64歳・サラリーマンが驚愕した年金制度の思わぬ「落とし穴」【CFPの助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年11月21日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
年金受給の際、65歳で受け取るか、あるいは「繰下げ受給」をするか「繰上げ受給」をするかの選択で迷う人も多いのではないでしょうか? 老後資金を増やすべく、70歳まで年金を受け取らずに「繰下げ受給」を計画していた鈴木さん(仮名)もその一人。鈴木さんは「あること」をきっかけに、年金の繰下げ受給という選択を迷い始めることに……。今回、ファイナンシャルプランナーである辻本剛士氏が、年金制度に潜む「落とし穴」について詳しく解説します。
年金の繰下げ受給で得をするはずが…
鈴木浩平さん(仮名・64歳)は、妻の久仁子さん(仮名・64歳)と2人で暮らしています。現在、食品メーカーで営業職として勤務している鈴木さんは、優しくて真面目な人柄ゆえ人望も厚く、部下や上司に好かれる存在です。また、久仁子さんは、専業主婦として夫と2人の娘を支えてきました。娘はそれぞれ独立しており、現在は遠方で家庭を持って暮らしています。
鈴木さんの現在の年収は800万円ほどで、65歳の定年後も現在の職場で働く予定です。定年後は、これまでの功績を評価されて収入も年600万円(月換算50万円)と好条件で働けることになっています。
定年まで残り1年を切った鈴木さんですが、65歳から受け取れる年金についてある決断をします。それは、年金の繰下げ受給を選択することです。鈴木さんは以前から「ねんきん定期便」に記載されている繰下げ受給の案内をみており、年金を繰り下げることによって将来受け取れる年金が増額することを知っていました。
また、ねんきん定期便に記載されている鈴木さんの年金見込み額は年間約240万円で、月換算すると20万円程度です。鈴木さん的には毎月20万円(老齢厚生年金:14万円、老齢基礎年金:6万円)の年金では毎月の生活が少し不安に感じており、繰下げ受給で年金を増額させることが有効であると考えていたのです。
加えて、鈴木さんが厚い信頼を寄せている7歳年上の元上司も、70歳まで繰下げ受給をしていたことを聞いており、それが繰下げ受給を選択する大きな決め手となりました。元上司は現在71歳で、増額した年金で悠々自適に暮らしているようです。
鈴木さんは「俺も70歳まで繰下げ受給をして、残りの人生は思いっきり楽しむぞ」と意気込んでいました。
鈴木さんのもとに届いた突然の悲報
65歳を迎えるまで残り数ヵ月となったところで、鈴木さんのもとに1本の連絡が入ります。
それは、7歳年上の元上司が交通事故で急死したという連絡でした。葬儀は家族葬で行われるため、鈴木さんは葬儀に参列することはできず、もう顔を見ることができないことに深い悲しみがこみ上げてきました。
その後しばらくして、鈴木さんはふと元上司のことを思い返しているうちに、「そういえば、あの人は70歳まで年金の繰下げ受給をしていたな」と、繰下げ受給のことを思い出しました。元上司は71歳で亡くなったため、結果的に1年程度しか年金を受け取れなかったということに鈴木さんは気が付きます。
「ちょっと待てよ。繰下げ受給で年金が増額しても、早く死んでしまったら年金額が少なくなって、繰り下げ損になるってことか」と不安を覚える鈴木さん。
だんだん繰下げ受給することに懐疑的になってきた鈴木さんは、居ても立っても居られず、知り合いのファイナンシャルプランナー(FP)に相談することにします。
鈴木さんはFPに繰下げ受給を検討していることと、早く亡くなってしまうと繰り下げ損になってしまうことに不安を抱いていることを伝えました。
すると、FPは鈴木さんに繰下げ受給の概要や注意点について、詳しく解説してくれました。
「年金の繰下げ受給」をすると年金受給額が最大84%増額する
年金の繰下げ受給とは、本来65歳から受け取れる年金の開始時期を遅らせる制度です。受け取り時期を遅らせることで、1ヵ月あたり0.7%受取額が増額する仕組みとなります。現在は75歳まで繰下げ受給ができるため、最大で84%増額できます。
鈴木さんの年金見込み額が20万円なので、70歳まで年金を繰り下げると42%増額するため、28万4,000円になります。28万円であれば、毎月の生活費はかなり安定しそうです。
しかし、繰下げ受給には注意すべきデメリットがいくつかあります。主なデメリットは次のとおりです。
・年金の繰り下げ損・税金や社会保険料負担の増加
・在職老齢年金との関係
年金の受け取り損
年金を繰り下げると将来の年金額は増額しますが、受け取りを開始してすぐに亡くなってしまうと、繰り下げ損になる可能性があります。
繰り下げた期間中は年金を一切受け取れないため、結果的に受給額の増額分よりも未受給期間が長くなると、総受取額が少なくなってしまうのです。今回の場合、鈴木さんの上司がまさしくこれに該当します。
70歳まで繰り下げた場合の受給総額が65歳受給開始を上回るのは「81歳」となります。
つまり、70歳まで繰り下げた場合に81歳より早く亡くなってしまうと、「繰り下げ損」になってしまいます。
税金や社会保険料負担の増加
税金や社会保険料負担の増加も見逃せないデメリットです。繰下げ受給をすると年金が増額しますが、それに伴い以下のような税金や社会保険料負担も増えてしまいます。
・所得税・住民税
・健康保険料
・介護保険料
このように、年金の増額に応じて税金や社会保険料負担も増加するため、年金の額面が増えたからといって、手取りの金額が同じ割合だけ増えるわけではないことを理解しておく必要があるでしょう。
在職老齢年金による年金の支給停止
在職老齢年金による年金の支給停止額は、増額の対象にならない点も見落としがちなデメリットです。
まず「在職老齢年金」とは、年金を受給しながら給与や役員報酬を受け取っている場合に適用される制度です。受給資格者の総報酬月額と基本月額(老齢厚生年金)の合計が50万円を超えると、超えた部分の2分の1が支給停止となります。
支給停止額の計算式は以下のとおりです。
(基本月額+総報酬月額相当額-50万円)÷2
ここで注意すべき点は、老齢厚生年金を繰り下げると、「在職老齢年金」の支給停止額が増額の対象にならないことです。
以下の条件で支給停止額がいくらになるか試算してみましょう。
・総報酬月額:55万円・年金月額:15万円
・繰り下げ期間:5年
支給停止額は
(55万円+15万円-50万円)÷2=10万円
このケースなら10万円が支給停止となり、本来受け取れる年金月額15万円のうち、5万円しか繰下げ受給による増額が適用されないのです。
年金の繰下げ受給には、そのほかにも加給年金を受け取れなくなることや、増額分が遺族年金に反映されないなどのデメリットがあります。年金の繰下げ受給を検討する場合はこれらのデメリットを十分考慮したうえで選択する必要があるでしょう。
安易に「年金の繰下げ受給」を選択するのは危険
「先生、私の65歳からの総報酬月額が50万円、基本月額が14万円なので、まさに在職老齢年金に該当しています……」と動揺する鈴木さん。
続けて、「自分が何歳まで生きるかはわからないものですが、繰下げ受給を選択すると税金や社会保険料の負担は増えますし、せっかく繰り下げたとしても全額が増額とならないのは、なんだかばかばかしく感じますね……」と肩を落としました。
「デメリットは確かにありますが、それでも繰下げ受給したほうが毎月のキャッシュが増えるのは事実です。繰下げ受給をしたほうがお得かどうかは、何年生きられるかで大きく変わるため、ある意味ギャンブルに近い部分があるかもしれませんね」とFPは話します。
「そのため、安易に繰下げ受給を選択するのではなく、繰り下げたことで具体的にいくら年金が増額するのか、繰り下げ期間中の生活費をどう賄うのか、在職老齢年金との兼ね合いなどをきちんと考慮したうえで判断する必要があります」とアドバイスします。
「もし鈴木さんが現在の年金見込み額と奥様の年金額とで老後生活を送れそうであれば、無理に繰下げ受給を選択する必要はないのかもしれません。家計の見直しが必要であれば、いつでも協力しますよ」と言葉を添えました。
それを聞いた鈴木さんは肩の荷が下り、年金の繰下げ受給をおこなわないことに決めました。
「先生のおかげで、迷いが晴れました。これからは妻と一緒に、年金を大事に使いながら、老後生活を送っていきたいと思います。また、しばらくは現在の職場で勤務できるので、その間にきちんと老後資金を貯めておこうと思います」と、鈴木さんは笑顔で感謝を伝えました。
その後、鈴木さんはFPのアドバイスを受けて家計の見直しを行い、無理のない範囲で貯蓄をしながら計画的な生活設計を整えています。
辻本 剛士 ファイナンシャルプランナー
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