若手は殴られるのも仕事だ…白昼堂々、駅のロータリーで“指導”を受けた20代サラリーマン。先輩社員からの「理不尽な暴力」が“日常化”した信じられない理由【専門家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月16日 11時15分
(※画像はイメージです/PIXTA)
働き方改革がもたらしたものは、良い側面ばかりではありません。2020年6月1日に施行されたパワハラ防止法をはじめ、ハラスメント対策への取り組みが進む一方、年々深刻化する「職場いじめ」の実態をみていきましょう。ハラスメント対策専門家である坂倉昇平氏の著書『大人のいじめ』(講談社)より、断ち切れない負の連鎖に巻き込まれる男性会社員の実例を紹介します。
「ブラック企業対策」「働き方改革」の陰で深まる“闇”
2010年代、「ブラック企業」への社会的な批判の高まりや、過労死・過労自死に対する遺族や支援団体の運動を受けて、政府が「ブラック企業対策」を政策に掲げ始めた。長時間労働による死亡や、業務によって精神障害が引き起こされるのを防ぐよう、国が対策を取ることを定めた過労死等防止対策推進法が制定され、「働き方改革」が推し進められた。2016年秋には、大手広告代理店の電通で1年前に起きた、新入社員の高橋まつりさんの自死が労災として認定され、これを機に、大企業における長時間労働対策が一気に進み始める。
このように、長時間労働やハラスメントが社会問題化し、それらは禁止すべき行為であると啓発されたはずだった。しかし一方で、こうした「改革」とは無縁どころか、しわ寄せを受けている職場もあった。
白昼の駅前で起きた流血事件
2010年代後半、20代男性のAさんは、メディア業界の下請企業に勤務していた。この会社では、業界大手の働き方改革の影響を受けて、かえっていじめと暴力が猛威を振るうようになっていた。
事件は、ある大都市のターミナル駅の前で起きた。その日、取引先に同行する外回りの仕事を、Aさんが、Aさんより数年早く入社したチームリーダーの先輩と終えた直後のことだった。
Aさんは先輩から、取引先の見送りには加わらず、すぐ事務所に戻って、当日のデータをまとめるように指示されていた。タクシーが駅前に着き、先輩と取引先を降ろして、自分はそのまま事務所に戻って作業すべくタクシーに行き先を告げようとした瞬間だった。
「なんで降りてこねえんだよ!」
先輩が声を荒らげた。理不尽なことに、さっき指示されたことと話が変わっている。Aさんが見送りする素振りも見せないことが気に障ったようだった。
取引先がいなくなると…Aさんを襲った「理不尽すぎる」悲劇
取引先が駅構内に姿を消すと、束の間、平静を装っていた先輩は豹変した。歩行者や車が行き交う駅のロータリーで、Aさんは顔を握りこぶしで10発ほど連続して殴られ、続けざまに平手打ちされた。鼻と口から血がダラダラと流れ落ち、Aさんはコンクリートの路上に倒れ込んだ。
さすがに白昼の人通りの多い駅前だったため、驚いた通りがかりの中年男性が、「大丈夫ですか? 何があったんですか?」と声をかけて、止めに入ろうとしてくれた。しかし、Aさんは恐怖のあまり放心状態だった。自分が暴力を受けている理由も状況も理解できず、助けを求める声すら出すことができなかった。
すかさず先輩が、「関係ないんで、大丈夫です」と、中身のない返事をしてその場を取り繕い、男性を追い払った。
そのあとは、人気のない路地裏に無理やり連れて行かれ、暴行が続行された。「殺すぞ」「バカ」「クソ」と言われながら、Aさんは回し蹴りを受けた。Aさんの顔と体は赤く腫れ上がり、痛みは数日引かなかった。
しかも、恐ろしいことに、こうした流血事件は、見知らぬ人たちの目の前で血だらけになったということを除けば、この会社では決して珍しいことではなかった。先輩社員による後輩への暴力が、当然のように横行していたのだ。
Aさんの同期ら若手社員は、少しでもミスやうたた寝をしようものなら、この男性先輩社員から、すぐに拳で殴られた。徹夜作業をした翌朝に車で移動中、後部座席で居眠りをしていた若手社員が、顔面を靴で蹴り飛ばされたこともあった。
若手の男性社員たちは、全員が彼から殴られたり、蹴られたり、首を絞められたりしたことがあった。女性社員ですら、容赦なく胸ぐらを摑まれていた。
会議中でも、気に障る発言があったら、ボールペンのペン先を向けて、勢いよく投げつけられた。「お前、口ごたえすんのか?」と平手打ちを繰り返し、胸ぐらを摑んで大声で「説教」されることもあった。
ただでさえ暴力の理由は理不尽だったが、別の若手のミスをあげつらった後、「お前は自分が関係ないと思ってんのか」と殴打し回し蹴りを食らわせることもあった。先輩の勘違いやミスの責任をなすりつけられて、暴力を振るわれることもあった。
暴力の加害者は、この先輩だけではない。別の先輩リーダーも、仕事が間に合っていなかった若手の頭を何発も殴ったあと、分厚いファイルの角で頭を殴り、出血させた。被害者はやむをえず、しばらく血で汚れたシャツで仕事をしていたという。この会社では、先輩から後輩に対する暴力が「日常化」していたのだ。
職場での暴力が“容認”されていたワケ
ここまで読んで、疑問を持たれた方がいるかもしれない。若手社員たちは、暴力を会社に相談しなかったのだろうか? こうした暴力が社内で問題になることはなかったのだろうか?
実は、この先輩たちの上司は、暴力を事実上容認していた。若手が先輩に殴られているところを見ても、「見なかったことにする」と言い放ち、それどころか「若手は殴られるのも仕事の一つだ。俺らのときは自ら進んで、先輩が殴りやすいように頰を差し出したもんだ。気配りが足りてないんじゃないのか」と居直る始末だった。
冒頭の先輩も、「〇〇(上司の名前)さんは、自分が俺たちを殴ってたんだから、俺らに文句なんて言えるはずがない」と自己正当化していた。
のちにAさんが行った団体交渉の場でも、この上司は「暴力があることは知っていたが、ある程度は仕方ないかなと思っていた」と発言している。
長時間労働の「ガス抜き」としての暴力
一体なぜ、このような暴力が「解決すべきもの」ではなく、「黙認するもの」とされていたのか。この会社の社風や社員が、たまたま「異常」だったのだろうか?
実はその背後には、業界全体に蔓延る長時間労働の問題があった。しかも、この時期は、「働き方改革」のあおりを受けて特に忙しくなっていた。クライアントや元請けの大手企業の社員たちが、「長時間労働対策」によって土日にきっちり休みを取るようになり、それまで下請企業の社員たちと一緒に開いていた休日の会議が禁止された影響だ。
休日前に会議を終わらせるため、締め切りまでの期日が大幅に短くなり、下請企業の社員たちの労働の密度は一気に濃くなった。一日当たりの労働時間がさらに長くなったうえ、休日出勤もなくなるわけではなかった。平日に手が回らない仕事を休日にこなすためだ。
加えて、働き方改革に先立って、クライアントや元請け企業のコスト削減が深刻化していた。プロジェクトの単価が毎年削減され、そのしわ寄せをダイレクトに受ける下請けは、人件費をカットせざるを得なくなっていた。これに働き方改革による納期短縮が追い討ちをかけ、下請企業は残業代も払えないまま、社員一人当たりの業務量を増やすことで凌ぐしかなかったのだ。
こうした状況の下、チームリーダーである先輩たちは多忙を極めていた。上司が取引先から膨大な仕事を取ってくるため、チームリーダーたちはそれをさばくしかなく、どんな業務をどれだけやるかの自由がない。その代わり、後輩に暴力を行使する「自由」を与えられていた。殴る・蹴るなどの行為は、彼らの「ガス抜き」として会社から容認されていたのだ。
先輩社員たちの「暴力による労務管理」
チームリーダーを支えるAさんたちも、過酷な長時間労働に晒されていた。残業は毎月100時間程度あり、180時間を超える月もあった。厚労省が定める過労死ラインの約2倍だ。
Aさんたちは、プロジェクトの資料作成から、外回り業務に伴う様々な雑用までを行う。外回りが終わるやいなや事務所に戻って、その日の成果を資料化する。徹夜も頻繁だった。チームリーダーが翌日出勤して、すぐ仕事に取り掛かれるように準備しておくためだ。
寝不足のまま、翌朝、外回りの業務に出発することも多かったが、移動中の車内ですら寝ることは許されない。取引先の相手をする必要があるからだ。ミスやうたた寝をするなというほうが無理な話だったが、見つかった瞬間に先輩たちから殴られた。
そして、クライアントや大手元請けの働き方改革のあおりを受けた労働強化のせいで、ミスはさらに増加した。暴力やハラスメントは以前からあったが、この時期は特に過酷だったという。
チームリーダーたちは、若手たちがこうした長時間の労働に「耐えられる」ように、暴力を振るっていたともいえる。睡眠不足でボロボロでも、暴力への恐怖で思考停止に陥らせ、命令された業務を忠実にこなさせるのだ。もちろん離職者は続出していたが、残ったAさんたちは、長時間労働にも理不尽な業務にも文句を言わない従順な社員に仕立て上げられていった。
そして、つもりにつもった不満は、自分が仕事のリーダーになったとき、後輩の若手社員たちに向けて爆発する。不条理な業務と過労死レベルの残業を受け入れられる社員だけが残り、「暴力の連鎖」は、連綿と「継承」されていたのだ。
確かに、このシステムは会社が意図的に作ったものではないだろう。だが、「暴力の連鎖」は、この企業において実に「効果的」な「労務管理」の方法として、「役立って」いたことは間違いない。
坂倉昇平
ハラスメント対策専門家
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