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弟は何もしてないのに…母の介護のために地元・富山に戻った〈58歳出戻り長女〉の虚無感。「長男教」だった亡き母の遺言書を思わず二度見したワケ【弁護士の助言】

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月1日 10時15分

弟は何もしてないのに…母の介護のために地元・富山に戻った〈58歳出戻り長女〉の虚無感。「長男教」だった亡き母の遺言書を思わず二度見したワケ【弁護士の助言】

10年間にわたって親の介護を続けてきた今日子さん。ところが、母が亡くなったあと遺産の多くが弟に譲られる内容の遺言書を見て、驚きと困惑を隠せませんでした。長年の献身的な介護が考慮されていないと感じる今日子さんが、法的にどのような対策を取れるのか、本連載では弁護士・板橋晃平氏が具体的な手順と方法をお伝えします。

「介護をしてきたのは私なのに…」

富山県に住む今日子さん(58歳)は、10年のあいだ、認知がしっかりしているものの、身体の調子がよくないお母様の介護をしてきました。大学進学で東京の大学を卒業し、しばらくは東京で働いていた今日子さんですが、母の体調が悪くなったことを機に地元に戻り、地元の企業に再就職。幸い今日子さんにはキャリアがあったのと「真面目で優秀な今日子ちゃんなら」と親戚が世話をしてくれたこともあり、思ったより再就職はすんなり決まりました。そして仕事をする傍ら、「できる範囲で頑張ろう」と母親の世話を続けてきました。

ときには疲れたり、誰にも相談できずに悩んだりすることも多かったようです。弟夫婦も近所にいるのですが、共働きで「まだ稼がなきゃ!」と忙しそうにして、介護の手伝いはほとんどしてくれませんでした。

そんななか、母親が亡くなり、遺品整理をしていたところ、母親のタンスから遺言書を見つけました。筆跡は母親のもので、10年前に作成されたものでしたが、そこに書かれていた内容を見て今日子さんはショックを受けます。

母親が残した預貯金3,000万円のうち1,000万円は今日子さんに、残りの2,000万円、自宅とその敷地(合わせて5,000万円ほどの価値)は弟に相続させると書かれていたのです。

遺言書の検認という裁判所での手続きをした際に、相続人である弟も出席していたので、今後の相続について話し合いを求めたのですが、遺言書のとおりに相続したいといわれ、それ以降話し合いができていない状態です。

今日子さんは、「弟と協力してやってきたわけでもないし、せめて平等に分けてもらいたい……」とやりきれない気持ちになりました。

「母親は昔から『弟は長男だから』と弟ばかりを優遇してきました。完全な長男教です。私が大学進学で上京したのも閉鎖的な地方から出たかったから。地元を出るなら国公立の大学しかダメと言われて。浪人もダメだったので必死に勉強しました。弟は私立でもどこでも受けていいよと言われて、一浪の末、地方の私立大学に進学しました。(弟が卒業した)大学名は忘れました」と絞り出すように話し始めた今日子さん。

そして「遺言書は元気だったときに母が書いたものなので、遺言書の内容を変更することは難しいと思うのですが、あまりにも不公平だと思います。弟に対して主張できるような法律上の権利があるなら教えてもらいたいです。大ごとにしたいわけではないですが、どうしたらいいでしょうか?」と相談を寄せられました。

弁護士からの回答

今日子さん、まず10年間にわたってお母様の介護を一身に引き受けてこられたご苦労に心から敬意を表します。そして、今回の遺言書の内容に驚かれたこと、憤りを感じていることも十分に理解できます。お母様の意思が反映された遺言書は重要ですが、法律では相続人としての権利も保護されていますので、どうかご安心ください。

遺言書があっても、遺産分割協議はできるのか?

遺言書がある場合、その内容とおりに相続しなければならないと思う人も多いかと思われますが、相続人全員の同意があれば、遺言書と異なる遺産分割をすることも可能です。本件では、今日子さんと弟さんが相続人なので、今日子さんは、遺産に対して2分の1の法定相続分が認められます。

仮に遺産を全て金銭に換価して分割する場合、預貯金が3,000万円、自宅とその敷地が5,000万円なので、法定相続分の2分の1にあたる4,000万円の遺産を取得することができます。

もっとも、今日子さんの場合には、弟さんが遺言書のとおり相続したいとおっしゃっているので、遺言書と異なる遺産分割協議をすることは困難な状態です。この場合には、遺産分割協議を求めるとともに、今日子さんのような不満を思われている方に認められている法律上の権利を行使することを検討しなければなりません。

今日子さんに認められている法律上の権利とは?

被相続人は遺言書で自己の財産を自由に処分することができますが、すべての財産を自由に処分することを認めてしまっては、遺族の生活保障や遺産形成に貢献した遺族の潜在的持分の清算等の相続制度が機能不全に陥ってしまいます。

そこで、民法は、被相続人が有していた相続財産について、その一定割合の承継を一定の法定相続人に保障するため、遺留分という制度を定めています。遺留分権者は、遺留分を侵害するものに対して、遺留分を金銭で請求することができます。民法ではこの請求できる権利を遺留分侵害額請求権と定義しています。

直系尊属のみが相続人である場合、遺留分を行使できる権利者に残される相続財産の価額の3分の1が遺留分となり、それ以外の場合(直系卑属のみの場合、直系卑属と配偶者の場合、直系尊属と配偶の場合)、遺留分を行使できる権利者に残される相続財産の価額の2分の1が遺留分となります。

遺留分権者は、遺留分を侵害するものに対して、この遺留分に対する個々の法定相続人の持分割合を乗じた金銭を請求する権利が認められています。ただし、遺留分権者が被相続人から相続した遺産は控除の対象となります。

今日子さんは母親の法定相続人ですので、母親の遺産の価額8,000万円の2分の1である4,000万円が遺留分となります。この価額に今日子さんの法定相続分2分の1を乗じた金額である2,000万円から遺言で相続する預貯金1,000万円を控除した1,000万円について、今日子さんは弟に対して、1,000万円を金銭で支払うように求めることができます。

そのため、弟さんが遺言書により、遺産の大部分を相続した場合でも、今日子さんには最低限の取り分を確保できます。

遺留分侵害額請求の方法は?

遺留分侵害額請求はいつでもできるわけではありません。相続の開始と遺留分の侵害があったことを知ったときから1年以内にしなければ時効にかかってしまいます。また、相続が開始してから10年経った場合にも遺留分侵害額請求をすることができなくなってしまうので要注意です。

今日子さんが遺留分を確保するためには、遺言書を発見した時点で遺留分が侵害されていることをご認識されているので、この時点から1年以内に弟さんに対して遺留分侵害額請求の意思表示を行う必要があります。

注意すべき点は、意思表示の方法です。意思表示を行う際には、口頭ですと証拠に残らず、あとで揉める可能性があるので、配達証明付きの内容証明郵便で意思表示をしましょう。そのあと、今日子さんは弟さんと遺留分侵害額や支払方法を話し合うことになります。

もっとも、話し合いをしたあとにはその内容を書面に反映する必要があることから、自身に有利な交渉を進める上では、専門家である弁護士にご相談することをおすすめいたします。

なお、話し合いで遺留分侵害額や支払方法が決まらない場合には、家庭裁判所で調停を申し立てることが法律に規定されております(調停前置主義)ので、家庭裁判所の調停で話し合うことになります。

調停でも遺留分侵害額や支払方法が決まらない場合には、地方裁判所に訴訟を提起して、和解ができなければ、最終的に判決で遺留分侵害額が決まります。

介護の貢献に対する評価(寄与分の主張)

今日子さんとしては、10年間お母様の介護を続けてこられたことを寄与分として、弟さんに対する遺留分侵害額請求の際、請求する金銭の上乗せにならないかと思われるかもしれません。寄与分の主張につながる可能性があります。

寄与分とは、相続人が被相続人の生活や財産維持に貢献した場合、その貢献度に応じて法定相続分以上の取り分を得られる仕組みです。具体的には、介護の期間や労力、費用などを証明することで、寄与分を主張します。

しかし、遺留分侵害額請求については、遺留分の算定の基礎となる財産のなかにこの寄与分を加えることができません。残念ながら今日子さんが請求する遺留分侵害額のなかに寄与分を加味することはできないのです。

最後に今日子さんのように長年介護をしてきたにもかかわらず、不公平な遺言書が作成されていたため、いたたまれないお気持ちになられる方は非常に多いです。今日子さんのような悔しい思いをしないためにも、被相続人の生前に相続人が公平な相続ができるような遺言書を作成してもらうことが重要です。

また、仮に被相続人による遺言書の作成が難しかったとしても、将来遺留分侵害額請求をする権利は確保されています。遺留分侵害額請求をする際の財産の存在やその評価を立証するのは、遺留分を侵害された方ですので、介護の一環として財産状況を少しずつ把握することも重要です。

なにより、親族同士が争う相続を避け、円満な相続を実現するためにも準備は不可欠です。相続の手続は複雑であるため、相続が発生する前から弁護士に一度相談することをおすすめいたします。

板橋 晃平

弁護士

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