戦争が起こると金の価格は上がる…とも限らない?ロシア・ウクライナ紛争など「4つの実例」から紐解く“戦争”と“金価格”の関係性
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月16日 10時15分
戦争が起こると、大抵の場合「金」の価格は上昇します。戦争の影響がどのような形で表れるかわからない以上、「安全資産」として金を手元に置いておきたいと考える投資家も多いでしょう。そこで本記事では、菊地温以氏の著書『最強のポートフォリオをつくる金投資入門』(日本実業出版社)より一部を抜粋・再編集し、実例とともに、戦争と「金価格」の関係性について解説します。
戦争が起こると金はどうなる?
歴史的には戦争が起こると、金の価格が一般的に上昇する傾向があります。これは、戦争が引き起こす不確実性と経済的リスクに対する防衛策として、投資家が「安全資産」である金を選好するためです。
つまり、「地政学的リスク」が高まると投資家の不安から金の価格が上昇しやすい構造と同様のことが、戦争が発生した際にも起こります。
むしろ、「地政学的リスク」とは、戦争や紛争の発生を投資家に想起させ、その不安が価格の上昇につながっていると考える方が正確かもしれません。
また、「地政学的リスク」による価格の変動要因が主に投資家の「不安」であることに対して、戦争が発生した場合には明確に異なる条件があります。
それはすでに戦争が発生していることによる「サプライチェーンの混乱」や「軍需支出の増加」とそれに伴うインフレの発生です。
たとえば、金そのもののサプライチェーンの混乱はダイレクトに金価格に影響を与えます。とくに、紛争地域が金の主要生産地である場合、その供給が妨げられ、金の価格に上昇圧力がかかります。供給が減少する一方で、経済不安から安全資産としての需要が高まるため、価格がさらに上昇しやすい傾向があります。
■コストプッシュ型のインフレ
さらに、戦争や紛争が主要な物流ルートを遮断すると、商品や原材料の輸送コストが増加します。海上輸送路の閉鎖や航空輸送の制限は、輸送費用を押し上げ、それが消費者価格に反映されます。くわえて戦争により多くの労働者が戦地に動員されると、生産活動に必要な労働力が不足し、生産コストが増加します。
このような、戦時下におけるサプライチェーンや生産環境の混乱は、結果的にコストの上昇が物価を押し上げる「コストプッシュ型のインフレ」を引き起こしやすいのです。このインフレも金価格上昇の要因となります。
■デマンドプル型のインフレ
また、戦争が長引くと軍需支出が増大し、戦費を賄うために各国政府は大規模な借入や紙幣の発行を行うことがよくあります。これは通貨の価値を下落させるとともに、インフレを引き起こす要因となるのです。
また政府による軍事支出の増加は軍需品や関連資源の需要を急激に高め、これら軍需品・関連資源の需要が供給を上回り、価格が上昇します。これにより、需要の拡大が物価を押し上げる「デマンドプル型のインフレ」が引き起こされることもあります。
インフレ環境は資産の価値保存手段として金の需要を高め、結果として金の価格上昇につながりやすいです。戦争の発生をきっかけとするインフレの進行も、最終的には金の価格が上昇する要因として考えることができます。
過去の戦争における例
これらを踏まえ、近年に発生した戦争と金の価格変動の事例を見てみましょう。
■9.11同時多発テロとアフガニスタン戦争(2001年)
2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロは、世界中に衝撃を与えました。このテロを受けて、アメリカはアフガニスタンでの軍事行動を開始し、「テロとの戦い」を本格化させました。これにより、世界経済全体が不安定化し、金融市場にも影響が広がりました。
9.11同時多発テロ以降(2001年9月)、金の価格は急騰していることがわかります。テロ攻撃による市場の混乱と安全資産としての金への需要増加が主な要因です。その後、アフガニスタン戦争が始まり、金の価格はさらに上昇しました。
9.11テロ攻撃による不安定さは、投資家がリスク回避のために金を購入する動機となり、さらに、アフガニスタン戦争の長期化が世界経済に対する懸念を強めたのです。
■イラク戦争(2003年-2011年)
アメリカ主導のイラク戦争は、サダム・フセイン政権の崩壊を目指した軍事介入であり、長期にわたる不安定な状況を生み出しました。この戦争は、国際社会における緊張を高め、エネルギー価格の上昇や地政学的リスクの増加を引き起こしました。
こちらも、イラク戦争が始まると、金の価格は上昇を続けていることがわかります。とくに、戦争の長期化とともに地政学的リスクが増大し、金は安全資産としての需要が高まりました。
イラク戦争において、戦争開始からその後の長期的な紛争状態により、投資家は金を安全資産として求めるようになりました。
とくに、イラクはOPEC加盟国のなかでサウジアラビアにつぐ産油国であり、イラク戦争によるエネルギー市場の不安定化(原油価格の上昇)が経済全体にインフレ圧力をもたらし、これが金価格のさらなる上昇を促進しました。この期間、金の価格は安定した上昇トレンドを描いています。
戦争によって金価格が「下落」するケースも…その原因とは
■ロシア・ウクライナ紛争(2014年、2022年)
ロシアとウクライナの紛争は2014年に始まり、とくにクリミア併合とドンバス地方での紛争が続きました。2022年にはロシアがウクライナに対して全面的な侵攻を開始し、これにより世界中で地政学的リスクが急増しました。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻が始まると、金の価格は急騰しています。ロシア・ウクライナ紛争の事例では、エネルギー市場の混乱と、経済制裁による国際的な経済不安が金の価格に影響しました。エネルギー供給の不安定化や広範な経済制裁の導入によって、金の価格を押し上げる要因となったのです。
とくに2022年の侵攻開始時(直後)には、投資家がリスク回避のために大量の金を購入し、その結果、金の価格は歴史的な高値を記録しました。この事例では、地政学的リスク・戦争の勃発が金市場に対して強力な影響を与えうることがわかります。
反対に、戦争によって金の価格が下落した事例もご紹介します。
■湾岸戦争(1990年-1991年)
1990年8月、イラクがクウェートに侵攻し、湾岸戦争が勃発しました。アメリカを中心とする多国籍軍が介入し、1991年1月に大規模な軍事行動が開始されました。この戦争は比較的短期間で終結し、クウェートは解放されました。
グラフから湾岸戦争勃発時には、金の価格が一時的に上昇しましたが、戦争が短期間で終結し、金の価格は逆に下落していることがわかると思います。
湾岸戦争は、非常に短期間で終了し、多国籍軍が迅速に勝利したため、市場に安心感が広がりました。この安心感は、金をリスク回避の手段として購入していた投資家が再びリスク資産に資金を移すきっかけとなり、金の価格が逆に侵攻開始直前よりも下落しました。
また、多国籍軍の勝利が確定的になると、原油価格が安定し、インフレ懸念が後退したことも金価格の下落に寄与しました。
菊地 温以 株式会社アプレ代表取締役
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