1年で30人の職員が退職…60代・嘱託介護士が体験した「サービス付き高齢者住宅」の闇【専門家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月13日 11時15分
(※画像はイメージです/PIXTA)
職場いじめにおいて、もっとも相談件数が多いのは「医療・福祉」業界です。激務・薄給の職場ではハラスメント対策が十分に行き届いておらず、その数は年々増加傾向にあります。ハラスメント対策専門家である坂倉昇平氏の著書『大人のいじめ』(講談社)より、とあるサービス付き高齢者住宅で働く嘱託介護士Hさん(60代)の実例を紹介します。
「改革」がもたらした悲劇
60代のHさんは、サービス付き高齢者住宅で働き始めて2年目の嘱託介護士だ。この施設は、首都圏に約20施設を展開する医療法人が運営し、約100人の高齢者が居住している。デイサービスや定期巡回、訪問介護なども行われる大規模な施設だ。Hさんは、週5日、1日8時間のフルタイムで、日中の勤務と泊まりがけの深夜勤務のシフトを、両方担当しながら働いていた。
この年、それまで年間数百万円の赤字を出していた経営を立て直すべく、新たな支配人(施設長)が就任した。新支配人は、黒字に転換すべく、様々な改革を断行することになる。しかし、それは、Hさんたちに対するいじめの始まりだった。
いじめの「助走」となる、施設の「改革」から説明していこう。
支配人が、まず手をつけたのは介護備品の「節約」だった。介護の必需品である手袋やマスクは、それまで施設の経費で購入し、職員は自由に使えていた。しかし、それが一日1枚に制限され、手袋の種類も薄い安価なものに変更された。職員は、排泄介助や掃除をした後も同じものを使い回すか、自腹で購入したものを使うしかなくなった。Hさんは、仕方なく自分で買い足して使用した。
しばらくすると、手袋やマスクの支給自体がなくなってしまった。なんと、必要になったときに、入居者に購入させる仕組みになったのだ。手袋が必要になると、入居者に「買ってください」と頼ませ、その分は入居者に負担させるのだ。これで手袋、マスク代のカットに「成功」した。
次に、週2回とただでさえ少なかった入浴を、認知症や会話のできない入居者は週1回に制限した。
入居者の食事代の水増しも横行しており、実際の食費より高い食事代が徴収されていた入居者が何名もいたことが発覚した。差額が3万円にのぼる入居者もいた。気づいた入居者が支配人に問いただすと、「私は知らない。計算を間違えたのはこの人」と副支配人に責任を押し付け、開き直った。
さらに、1年以上入院していて、施設にいなかった入居者の食事代まで引き落とされていた。部屋に残していた羽毛布団などの高価な私物は、なぜか紛失していた。
不正会計による「節約」が横行した結果
職員の残業代も削られた。「今月は給与の支払いが多かったから、20万円の赤字が出た」「残業は控えるように」と支配人から通知があり、遠回しに「残業代はつけるな」との圧力がかけられた。しかし、業務量が減るわけではない。非正規雇用のHさんも、1日30分程度の未払い残業をしていた。正社員の中には、朝の9時から夜23〜24時まで働きながら、残業代をもらえていない人や、夜勤の後さらに24時間続けて「未払い」で働く人まで現れた。
残業代以外の賃金も誤魔化された。低賃金に苦しむ介護職員のため、国が補助している給付金も、支払われる額が月によって異なり、そのまま給付されていないことは明らかだった。固定で支給されていた交通費すら払われない月もあった。
支配人が経理も兼ねていたため、このような不正会計による「節約」が自由にできたようだ。ある日、経理担当の事務職員が雇われたが、わずか1日で退職してしまった。次に雇われた経理担当も2ヵ月で辞めた。支配人の圧力と不正会計が背景にあるのは間違いない。
他の職員も続々と退職し、支配人就任後のたった1年で、職員のおよそ半数に及ぶ約30名が職場を去った。支配人は大量離職による人手不足を受け、「これまでの2〜3倍の仕事をしなさい」と残った職員たちに要求した。掃除の手が回らなくなり、施設は汚れが目立つようになっていった。しかし、人件費を大幅に削減しながらも、辛うじて施設の運営はできていたため、これも「効率化」の「成功」として支配人の「功績」となった。
さらに、この年は新型コロナウイルスの感染拡大があり、支配人は職員に、「コロナに感染したら、会社が訴訟する」と脅した。感染対策のため、朝・昼・夜の3回、入居者全員に対する安否確認の業務が増えた。入居者の部屋を一つずつ訪ねて、夜の就寝の挨拶と朝の挨拶、体温測定を行うのだ。もし部屋にいなかったら何度も訪ねて確認する。夜と朝は、夜勤の職員しかおらず、たった2人で約100人の入居者を見回ることになった。
アルコールで手すりなどを拭く作業も必要になり、身体的な負担は増した。業務がますます過酷になるなか、それでもHさんは入居者に迷惑はかけられないと、サービスの質が劣化しないよう努めていた。
支配人による“最低の”ストレス発散
施設内で、こうした「改革」と並行して勃発したのが「いじめ」だった。
支配人は、ストレスの発散のため、職員に対して子どもじみた嫌味をネチネチと言った。介護の資格を持たず、補助的な業務のみを担当していた女性職員は「あなた資格持ってないの」と馬鹿にされ、体力がないのに力仕事を押し付けられた。
特に標的となったのがHさんだった。Hさんは、こうした施設内の問題に黙っていられず、支配人に意見していたため狙われたのだ。
ある暑い夏の日、Hさんが夜勤明けで疲弊していたとき、支配人が施設の周りの草刈りを全員でやってもらうと言い出した。ただでさえオーバーワークなのにさらに業務を増やす支配人に対して、Hさんは「みんなでやるということは、支配人もやってくださるんですよね」と返した。引くに引けなくなった支配人は草刈りに参加したが、この「事件」が決定打となり、Hさんはますます攻撃を受けるようになった。
支配人はことあるごとに、「あなたは私にいろいろ言うけど、あなたこそちゃんと仕事をできていないじゃない」と揚げ足を取るようになった。数ヵ月に一度、誰でもやってしまうようなタイムカードの打刻ミスがあっただけで、「あなた年中ね」などと嫌味を言われた。
支配人の嫌がらせは陰湿かつ多岐にわたり、「あなたが腰が痛いと愚痴ばかりこぼしていると、職員みんなから不満を聞いた」「退勤時間前に帰っているとみんなに聞いた」などと、Hさんに文句をつけた。Hさんが周りの人に聞いても、「そんなこと支配人に言うわけがないですよ」と困惑するばかりだった。
Hさんが特にショックを受けたのが、夜勤明けに、痛めた腰を屈めて立っていたときのことだ。通りかかった支配人が、Hさんを指差して、「Hさんの腰が曲がってる!」と職員たちの前で嘲り、大声でゲラゲラ笑い始めたのだ。Hさんは支配人に「“大丈夫?”とか言えないんですか」と一矢報いた。職場の同僚は誰も支配人に同調して笑ってはいなかったが、Hさんと一緒に抗議してくれるわけでもなかった。
すでに支配人に従順な職員か、生活のためにどうしてもここで働くしかない職員しか、施設には残っていなかったのだ。
坂倉昇平 ハラスメント対策専門家
この記事に関連するニュース
-
〈保育業界の闇〉東京23区・7年目の保育士なら「年収560万円」のはずだが…実際には「フルタイムでも年収200万円台」が珍しくない“残酷な理由”【専門家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月6日 11時15分
-
“80代の男性”と“70代の女性”が同じ部屋で…介護士が見た「施設内での恋愛事情」――仰天ニュース傑作選
日刊SPA! / 2024年12月27日 8時45分
-
北海道の千歳発、笑いと感動の「介護イベント」から介護という仕事を学ぶ
マイナビニュース / 2024年12月27日 7時2分
-
園長の「言い返さなきゃよかったね」に絶句…園児100人超の〈大規模保育園〉で起きた惨劇。正義を貫こうとした非正規職員の末路【専門家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月23日 11時15分
-
若手は殴られるのも仕事だ…白昼堂々、駅のロータリーで“指導”を受けた20代サラリーマン。先輩社員からの「理不尽な暴力」が“日常化”した信じられない理由【専門家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月16日 11時15分
ランキング
-
1参天製薬の「近視進行抑制剤」に注目が集まる理由 国内で初承認、小児の近視対策に新たな選択肢
東洋経済オンライン / 2025年1月13日 7時30分
-
21年で30人の職員が退職…60代・嘱託介護士が体験した「サービス付き高齢者住宅」の闇【専門家が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月13日 11時15分
-
3フリーアナと駅弁経営の二刀流「異色の社長」の素顔 プロバスケのレポーターを兼業、会場で弁当販売も
東洋経済オンライン / 2025年1月13日 9時5分
-
4ローカル鉄道に続々登場「復刻カラー」人気の秘密 何十年も前の初登場時の塗装が懐かしさを呼ぶ
東洋経済オンライン / 2025年1月13日 6時30分
-
5福岡空港の「2本めの滑走路」3月オープンへ! 「滑走路1本の空港では日本一多忙」な現状…どう変わる?
乗りものニュース / 2025年1月13日 7時12分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください