くれぐれも争いのないように…「資産1億6,000万円」90歳・大往生の母が残した“万全”な遺言書。一転、長男が遺言通りに執行しなかったワケ【CFPが解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月18日 10時45分
(※写真はイメージです/PIXTA)
相続対策の有効な手段となる「遺言書」。遺言書作成への関心が高まる今日ですが、遺言書を残したとしてもいざ、相続の場になると、遺された家族が争ってしまうケースは少なくないようで……。遺された家族が最善の選択をするために必要なポイントとは? 本記事では、Aさんの事例とともに遺言書作成における注意点について、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。
遺言書は完璧に残したものの、どこか残った家族のしこり
相続対策を考えるうえで外せない対策の一つとして、「遺言書を残すこと」が挙げられます。
亡くなった人の財産が、必ずしも法定相続分のとおりに綺麗にわけられるわけではありません。遺言書を残すことで、残された家族がスムーズに相続手続きを行えるというのは明らかな大きなメリットといえるでしょう。
日本公証人連合会の発表によると、令和5年には遺言公正証書の作成件数が11万8,981件に達しました。また、法務省民事局によると、自筆証書遺言を法務局で預かる『遺言書保管制度』の利用状況は月間約2,000件で推移しており、遺言書作成への関心が高まっていることがわかります。
一方で遺言書はいわゆる財産のわけ方が役割の中心となっており、「思い」や「考え」の継承という点について詳しく残されているわけではありません。「なぜそのわけ方をしたのか?」という疑問を解消することは、残された家族にとっては大切なこれからの人生の指針となります。しかし、「死人に口なし」というように、その理由がわからなければどこか釈然としない部分が残ってしまうかもしれません。
※事例は、実際にあった出来事をベースにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から変更している部分があります。また、実際の相続の現場は、論点が複雑に入り組むことが多々あり、すべての脈絡を盛り込むことは話の流れがわかりにくくなります。このため、現実に起こった出来事のなかで、見落とされた論点に焦点を当てて一部脚色を加えて記事化しています。地主一家の相続
関西の中核都市に暮らすAさんの実家は、もともと農家を営んでいました。一人っ子だったAさんは、結婚の際に婿入りしてくれる相手を見つけてほしいと、両親から常々いわれていたそうです。幸い、Aさんの結婚相手であるご主人は三男で、婿入りに同意し、Aさんの家を継ぐことになりました。
時代が流れ、Aさん夫婦はアパート経営で実家を守ってきましたが、ご主人は先に他界してしまいます。
その後、Aさんは一人でアパート経営を続けましたが、年齢を重ねるにつれて管理が難しくなり、「実家で一緒に暮らして家業を手伝ってほしい」と長男Bさんに助けを求めます。そんなBさんも、ちょうど勤めていた会社で早期退職の募集があったタイミングで、仕事を続けることに限界を感じていたこともあり、実家に戻る決断をします。
一見、不動産経営(大家業)を引き継ぐと安定した生活を送れるように思われるかもしれません。しかし、古びたアパートには常に空室のリスクを抱えています。また、金融機関への返済や修繕費の負担も増え、現実はそう簡単ではありません。Bさんはその現実を冷静に受け止め、不動産管理を続けながら地元の大型スーパーに就職。収入の補填を図りながら堅実な生活を送っていました。また、高齢の母親の日常的な世話にも献身的に取り組むなど、生活を支える存在でした。
母が残した遺言書の内容
Aさんは、堅実で献身的に尽くすBさんの姿を見て、万が一に備え遺言書を準備していました。長男Bさんに実家を含む不動産を相続させることは自然な流れです。しかし、Aさんの財産は不動産が中心で、その総額は1億円におよぶため、長女Cさんとのバランスや法定相続人の遺留分への配慮も必要でした。
Aさんには3,000万円の預貯金があり、さらに保険会社のアドバイスを受けて、長男Bさんを受取人とした3,000万円の生命保険にも加入していました。これにより、遺留分請求や納税資金への備えも十分に整えられていたのです。
遺言書の内容は、不動産は長男Bに、預貯金の3分の1をBに、残りの3分の2を長女Cに相続させるというものでした。もしCさんから遺留分の請求があった場合でも、Bさんは保険金を活用できるため、相続対策として万全な内容でした。
やがて母Aさんは、同居するBさん家族に見守られながら90歳で天寿を全うしました。遺言書に従い、Bさんは不動産と預貯金の3分の1、さらに生命保険金3,000万円を受け取りました。一方、Cさんは預貯金の3分の2を相続しました。Cさんは、遺留分について知ってはいましたが、請求するのは負担が大きく、また母親の遺言に逆らいたくないという思いもあり、最終的に遺言通りの分割を受け入れました。
しかし、Bさんが1億円の不動産と保険金を得たのに対し、自分は預貯金のみという状況に、どこか釈然としない感情が残りました。「お母さん、事情はわかるけれど、これでは差が大きすぎるでしょう。私なりにお母さんのことをサポートしてきたのに……」とCさんは、その場を後にしました。
母からの手紙
相続対策としてしっかりと準備されており、とくに争うこともなかったことから、このまま相続しても一見問題はないようにもみえます。しかし、最終的にBさんは遺言書通りに実行しませんでした。実は、遺言書の正本と一緒に母親Aさんからのお手紙が添えられていたのです。
これまでの人生であったこと、ご主人が婿入りしてくれた安堵感、その後2人の子宝に恵まれてともに喜んだこと、農家からの不動産経営はいいことばかりではなかったけれどもご先祖様からの愛情のありがたみを感じることができたこと、長男Bさんが実家に戻って来てくれて安堵したこと、そして最後に書かれた言葉には、遺言に込めた思いが綴られていました。
「B、C、2人の子供と孫たちに囲まれて幸せな人生でした。2人への愛情への違いはないのですが、実家を守っていくにあたって、財産わけではCさんがどう感じるか気にもなっています。 遺留分への対策が必要とは分かってはいるけれど、どこか2人への愛情に差をつけてしまっているようで、後ろめたい気持ちも抱えています。もちろん実家を引き継いでくれるBへの感謝の想いはありますが、さりとて愛する娘Cへの想いや愛情も同じ子供として変わりません。どうか争いのないようにくれぐれもお願いします」遺言書には、考えや思いを反映させることも重要
手紙を読んだBさんは母親の心情を深く理解し、Cさんの気持ちにも思いを馳せました。そして、遺言書通りに相続を進めるのではなく、Cさんと話し合い、遺産分割協議をする道を選んだのです。もちろん、不動産を引き継ぐことについては一歩も引きさがるつもりはありません。これまで母親の面倒を見てきたというプライドもあります。一方、姉Cさんからすると弟Bさんが不動産を引き継ぐことに違和感はありませんでしたし、あまり強く財産を主張するつもりはありませんでした。しかし、実際に母の亡き後に遺言書を目の当たりにすると、複雑な思いが湧き出てきたのかもしれません。
協議の末、不動産と保険金はBさんが相続し、残りの3,000万円の預貯金をCさんが全額相続するという合意に至りました。2人の話し合いを経た相続手続きを終えて、兄弟間にわだかまりが残ることはなく、相続後も良好な関係を築き続けることができました。
相続対策の中には、法律に基づいた考え方を優先するあまり、その実行が残された家族にどのような心象を与えるのか、十分に考慮されていないと感じる場面に出会うことがあります。もちろん、それでよしとする割り切りもひとつの選択肢といえるでしょう。しかし、一度きりの人生です。ご自身の考えや思いを反映させること、さらに残される家族が両親の存在を身近に感じられる形で相続を進めることが、子々孫々の幸せにつながるのではないでしょうか。
最善の相続は、家族それぞれが思い残すことなく人生を歩んでいけることにあるはずです。年末年始、ご家族との繋がりや絆を確認する時間を過ごしていただけると嬉しく思います。
森 拓哉
株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン
代表取締役
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