兄さん、がめついじゃないか…「遺産9,000万円」を遺して亡くなった86歳父、3人兄弟の仲を引き裂いた〈曖昧な遺言書〉の気になる中身とは?【弁護士の助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月22日 10時15分
親が作成してくれた遺言書が、中途半端な内容の遺言書だった場合、相続人たちはどのような困難に直面するのでしょうか。本記事では、残っていた遺言書が不明確な内容だったことで生じる悲劇と、それを回避するための正確な遺言書の作成の重要性について、三浦裕和弁護士が具体的な事例を交えて解説します。
「自分が亡くなった後喧嘩しないで仲良く暮らしてほしい…」
86歳の中村康夫さんは、残される子どもたち3人のために遺言書を作成しました。康夫さんの子どもは、53歳の長男・誠さん、51歳の次男・俊夫さん、47歳の三男・雅人さんの3人。康夫さんは誠さんと同居していましたが、あまり関係が良好ではなく、近くに住む俊夫さんが自宅に来て康夫さんの世話をしていました。一方で、雅人さんは、遠くに住んでいたため、一年に一度、孫の顔を見せにくる程度の関係でした。
康夫さんは、子どもたち3人が自分の亡くなったあと、喧嘩しないで仲良く暮らしてほしいという思いから、自分で遺言書の書き方をネットで調べて、自分の気持ちを端的に記載しました。
康夫さんが亡くなったあと、誠さんは、康夫さんのデスクの引き出しから封がされた遺言書を発見しました。誠さんは、自宅の管轄の家庭裁判所に対して、康夫さんの遺言書の検認手続を受けるために、検認の申立てを行いました。
1か月後、家庭裁判所で検認期日が開かれて、誠さん、俊夫さん、雅人さんの3人は、康夫さんが作成した遺言書の内容を確認しました。遺言書には、以下の文言が記載されていました。
「私の財産はすべて俊夫と雅人で平等に分けてください。自宅・土地は誠が守ってください。」
悲劇の始まり
康夫さんと一緒に住んでいた誠さんは、康夫さんの遺言書を見て一安心しました。「自宅土地は誠が守ってください」と書かれていたことから、このまま自分が自宅を取得して自宅に住み続けることができると思ったからです。
康夫さんが亡くなった時点で、約9,000万円の預貯金がありましたが、自宅の評価額が遺産の大部分を占めていました。誠さんは本遺言書に基づいて自宅の土地建物の登記を自分に移転しようとしました。
しかし、そこで俊夫さんと雅人さんから待ったが入りました。俊夫さんと雅人さんは、「私の財産は『すべて』俊夫と雅人で」と書かれていること、「守って」という言葉が自宅の所有権を誠に渡すという意味とは限らないことを指摘して、自宅の土地建物の所有権は、俊夫と雅人の2人で取得することを意図した遺言書ではないか、と主張しました。
誠さんは慌てて「自分が康夫さんと同居してきたのだから、この『守って』という意味は、自分が所有権を取得して従前どおりに自分が自宅に住み続けられるようにするという意味だ」と主張しました。
これに対して、俊夫さんは、誠さんと康夫さんが、生前あまり仲が良くなかったことを指摘して、自宅の所有権を譲ることまで意図していなかったのではないか、と主張しました。この発言を契機に、誠さんと俊夫さんとの間で、「兄さん、がめついじゃないか!」「お前こそ、長男の苦労がわかってない!」と言い争いの喧嘩になってしまいました。
さらなる悲劇
俊夫さんは、その後数か月の間、何回か誠さんと話し合いをしました。しかし、話は平行線でした。そのため、俊夫さんは、雅人さんに連絡してこれから誠さんとの間でどのように話し合いを行っていくべきか、打ち合わせの場を設けました。
打ち合わせの途中で、俊夫さんと雅人さんは、ふと二人で康夫さんの財産をすべて取得することになった場合、どのように分けるべきかという話題になりました。
そこで俊夫さんは、自分が主に康夫さんの世話をしてきたのだから、自分が少し多くもらうことが「平等」な分け方だと考えていると述べました。
雅人さんは当然、二人で2分の1ずつ分けることが「平等」な分け方と考えていたので、俊夫さんの考え方をばっさりと否定しました。
俊夫さんは、雅人さんとの間では「気持ち多くもらえたらいいな」という認識で、自分が大変だった気持ちを汲んでくれるならば、そこまで強く自分が多く取得することを主張するつもりはありませんでした。
しかし、生前ほとんど康夫さんと交流がなく、康夫さんが亡くなったあとの誠さんとの交渉を自分に任せっきりにしていた雅人が、まったく自分の気持ちを考慮することなく、2分の1を要求してきたことで、ついカチンときてしまい、雅人さんとの間でも喧嘩になってしまいました。
訴訟へ
誠さんと俊夫さんとの間だけではなく、俊夫さんと雅人さんとの間でも喧嘩になってしまったため、三者間でこれ以上話し合いで解決することはできない状態になりました。
そこで、誠さんは、弁護士に依頼して、自宅の土地建物の所有権が自分にあること、土地建物の登記を自分に移転させるために、俊夫さんと雅人さんに対して、訴訟を提起しました。
訴訟のなかで、「自宅土地は誠が守ってください」の意味合いが、誠さんに所有権を譲るという内容であるか、争われました。
裁判所は、各当事者の主張立証を聞いたあと、誠さんに対して、同遺言書の文言から、当然に自宅土地建物を誠さんが取得する、という意味であるかは明確ではないという心証を伝えました。そして、3人に対して、法定相続分にしたがって3分の1ずつ取得するという内容の和解をすすめました。
誠さんは、最終的に自宅を含めたすべての財産を俊夫さんと雅人さんに取得されてしまうリスクを考えて、法定相続分で分けるという方針に応じることにしました。
一方、俊夫さんと雅人さんも、仮に勝訴したとしても、誠さんから遺言書が全体的に無効であるという訴訟を提起される可能性や、俊夫さん・雅人さんの間でさらなる係争が残ってしまうことを避けたいという気持ちから法定相続分で分けるという方針に応じることにしました。
その後、誠さんは、自宅に居住することを希望しましたが、俊夫さんと雅人さん側から提示された代償金の金額は、到底支払える金額ではありませんでした。
誠さんも、知り合いの不動産業者に相談しましたが、俊夫さんと雅人さんが提示してきた代償金の金額はやや高いが、不動産の評価額を低く見積もっても、代償金を支払うことが困難であることがわかりました。
その結果、誠さんは不動産を取得することを断念して、3人で不動産を売却して、預貯金を含めて三者間で3分の1ずつ取得しました。
遺産分割が完了した時点で、誠さん、俊夫さん、雅人さんの3人の絆は完全に壊れてしまっていました。
弁護士からのアドバイス
康夫さんは、誠さん、俊夫さん、雅人さんの3人が喧嘩をしてほしくないがために遺言書を作成したにもかかわらず、かえって争いの火種になってしまいました。
「土地は誠が守る」という文言は、一見すると所有権を移転させることを望む文言にも見えますが、ほかの遺言の文言によっては、不明確な文言と判断されることがあります。実際に、東京地裁令和3年5月20日の裁判例では、「私の所有全財産は姪のXに与えます」「土地はYが守る」との記載があった遺言書について、「守るとの文言の意味するところは明らかではなく、Yに土地の所有権を与えるとの意味であるとはいえない」、と判断されました。
では、康夫さんはどのような遺言書を残せば良かったのでしょうか。
仮に康夫さんの遺志が、自宅の土地建物は誠さんに相続させ、俊夫さんと雅人さんには土地建物以外の財産を2分の1ずつ残したいというものだとすると、以下の内容を記載する必要があります。
1. 遺言者は、遺言者の有する下記不動産を、遺言者の長男誠(昭和〇年〇月□日)に相続させる。
記
1土地~
2建物~
以上
2. 遺言者は、前条に記載した財産以外の一切の財産を次男俊夫(昭和〇年〇月□日)及び三男雅人(昭和〇年〇月□日)に各2分の1の割合により相続させる。
上記のように、遺言書は、「平等」「守る」などのいろいろな解釈ができる文言ではなく、「相続させる」「2分の1」とできるだけほかに解釈することができない文言を使用する必要性があります。
実際の遺言書を作成する際は、上記文言以外にも、祭祀承継や遺言執行者についても規定したほうが相続人間のトラブルを避け、想いを相続人に引き継ぐことができます。
より正確な遺言書の作成を検討する際は、弁護士等の専門家のサポートを得ることが、ご自身の意向が反映された遺言書の作成につながります。
三浦 裕和
弁護士
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