ムムッ…5年間で200万円の「家族手当」がもらえなくなるってどういうことだ?繰下げ受給する気マンマンだった63歳サラリーマンが気付いた年金の〈落とし穴〉とは?【社労士の助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年12月26日 10時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
「年金を増やすために繰下げ受給をする」という友人に影響されて繰り下げ受給する気マンマンだった63歳の会社員。しかし、妻が「繰下げ受給すると、家族手当がなくなる上に長生きをしないと損」という話を聞いてきて……一体、家族手当とは何を指しているのでしょうか? 本記事では、角村FP社労士事務所の特定社会保険労務士・CFPの角村俊一氏が、太田さんの事例をもとに解説します。
年金受給繰下げで年金が増える?
太田雄一さん(仮名)は63歳の会社員。子どもはすでに独立し、5歳年下の妻と郊外の一軒家で暮らしています。65歳まで頑張って働いて、その後は年金暮らしをするつもりです。
太田さんは先月から健康のために駅近くのフィットネスクラブに通っています。運動後に、そこで知り合った同年齢の友人と1杯ひっかけるのが今の楽しみ。
年金の話になると友人は、「人生100年時代。俺は年金を増やすために絶対に繰下げる。65歳からもらうなんて考えられないよ。悪いこと言わないから、太田さんもそうしなよ」といつも繰り返します。
そこで太田さんは妻に、「年金の受給を70歳まで繰下げようと思うんだけど、どうかな?」と、友人の話をもとに年金の繰下げの話をしてみました。
妻は町内会の集まりがあったのでいろいろと周りに聞いてみると、班長の女性から、「年金の繰下げなんて本気で言ってるの? 考え直しなさいよ。繰下げると家族手当がもらえなくなるのよ。5年で200万円。旦那が平均寿命で亡くなったら損するだけなんだから」と言われたそう。
太田さんは「年金に家族手当?」と頭が混乱しています。ほほ「繰り下げ受給一択」に傾いていた太田さん。65歳からもらったほうがいいのか、繰下げてもらったほうがいいのか分からなくなりました……
繰下げ受給で年金額はどうなる?
太田さんが65歳になると年金受給権が発生します。年金の見込額は「老齢基礎年金+老齢厚生年金」で月額15万円でした。
持家のローンは終わっています。少しずつ貯金を取り崩しながら夫婦でつつましく生活していけば、暮らせないこともありません。それでも、友人の年金繰下げの話が気になり、太田さんは70歳まで年金を繰下げた場合の受給額を確認してみました。
太田さんが年金受給を70歳まで遅らせると受給額は42%増えるため、見込額は合計で21.3万円となります。
太田さんは、月に21万円もあれば十分だと感じました。
年金の家族手当?
太田さんの勤務先は70歳まで働けることもあり、太田さんの心は年金の繰下げ受給に傾いていきました。しかし、ここには大きな見落としがあります。実は、ねんきん定期便や、ねんきんネットなどに表示された年金見込額には加給年金が含まれていないのです。
では、加給年金とは何でしょうか? これが、妻が町内会で聞いてきた「年金の家族手当」なのです。加給年金は、一定の要件を満たすことで老齢厚生年金に上乗せされます。
【加給年金】
厚生年金保険の被保険者期間が20年以上ある方が、65歳到達時点で、その方に生計を維持されている年下の配偶者または子がいるときに加算されるもの
太田さんは会社員時代が20年以上あり、65歳時点で年下の妻を扶養しているので、年金の家族手当である加給年金がもらえます。
加給年金の額は、配偶者と1人目・2人目の子については各234,800円で、3人目以降の子は各78,300円です。ここでいう子とは「18歳到達年度の末日までの間の子」か「1級・2級の障害の状態にある20歳未満の子」を指すので、太田さんに加給年金の対象となる子はいません。
よって、加給年金は配偶者分の234,800円です。ただし、配偶者の加給年金には、老齢厚生年金を受けている方の生年月日に応じて34,700円から173,300円が特別加算されるので(太田さんの場合は173,300円)、太田さんが受給できる加給年金は合計で408,100円(月額3.4万円)となります。
加給年金を含めた太田さんの年金受給額を確認してみると、原則通り65歳から年金受給を始めた場合、合計受給額は月額18.4万円です(加給年金は妻が65歳になるまで)。
年金を繰下げると家族手当はもらえない!
フィットネスクラブの友人から年金繰下げの話を聞いて、自分も年金を増やそうと繰下げ受給を考え始めた太田さん。しかし、落とし穴がありました。加給年金について調べてみると、制度上、老齢厚生年金を繰下げると家族手当である加給年金がもらえなくなることがわかったのです。
友人は独身だったため、加給年金はもともともらえません。よって、年金を繰下げても加給年金に関する話は出てこないのです。
加給年金は年間で約40万円。妻が65歳になるまで受け取れるので、5年間で約200万円です。太田さんが年金を繰下げて増額できたとしても、5年間で約200万円の加給年金を失うことになるのです。
しかも、加給年金は配偶者が65歳になるともらえなくなります。太田さんが70歳まで繰下げて年金受給を開始するときには妻は65歳なので、太田さんは加給年金を一切受給することができないのです。
繰下げても長生きすればいいけれど…
老齢年金の受給を70歳まで繰下げた場合、原則通り65歳から受給した年金額を上回るのは約12年後です。つまり、太田さんは82歳以上まで長生きして年金を受け取らなければ「損」をしてしまいます。
そして、受け取れなかった加給年金。太田さんの年金の増加分は年間75.6万円です。受け取れなかった加給年金は約200万円ですから、それを取り戻すのにはさらに約2.6年かかります。よって、太田さんが85歳程度まで長生きしなければ65歳から受け取ったほうが「得」だったとなるのです。
ちなみに、2023年の男性の平均寿命は81.09歳。これが町内会の班長が言っていた「旦那が平均寿命で亡くなったら損するだけよ」の意味です。
最後に年金の繰下げ受給のデメリットを挙げておきましょう。
- 長生きできなければ、65歳から受給した場合の年金総額の方が多くなる。
- 繰下げ受給により年金額が増えると税金や社会保険料も増えるため、思ったよりも手取り額が少なくなることがある。
- 年金の繰下げ請求をすると取り消すことはできない。
- 老齢厚生年金の繰下げ待機期間中は加給年金を受給できない。また、加給年金は繰下げても増額されない。
こうした点を理解したうえで、老齢年金の繰下げ受給は考えたいもの。太田さんは繰下げ受給に関する情報を知り、もう一度、65歳以降の生活設計を考えてみようと思ったのでした。
角村 俊一 角村FP社労士事務所代表・CFP
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