高校時代「一番を目指せ」といわれ東大合格の女生徒。胸弾ませ入学も…議論の輪に入れず、いつもニコニコその場にいるだけ。高学歴でも“考える力のない人”が「授業後に出る感想」
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月30日 9時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
学歴はあるが、考える力がなかった――そう語るのは、東大卒である早稲田大学教授の濱中淳子氏。自身の経験を赤裸々に語りながら、教育の本質、そして「考える力」の重要性を訴える。※本記事は、高宮敏郎氏の著書『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること』(総合法令出版)より一部を抜粋・再編集したもの。
対談者:早稲田大学教育・総合科学学術院教授・濱中淳子氏
1974年生まれ。東京大学教育学部卒。同大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。東京大学基礎学力研究開発センター特任研究員、リクルートワークス研究所研究員、大学入試センター研究開発部教授、東京大学高大接続研究開発センター教授を経て、2019年から現職。
教育社会学、高等教育論を専門とし、アンケートやインタビューなど社会調査を駆使した分析を行っている。著書に、『大衆化する大学一学生の多様化をどうみるか」(共著・岩波書店)、『「超」進学校 開成・灘の卒業生―その教育は仕事に活きるか』(ちくま新書)、『検証・学歴の効用』(勁草書房)などがある。
「タテの学歴」と「ヨコの学歴」
髙宮
まず、濱中先生のご専門である教育社会学では、「学歴」というものを一体どのように捉えていらっしゃるのでしょうか。そこから教えていただきたいと思っています。
偏差値が高いとされる大学や高校に入ることで、「学歴」が得られるのでしょうか。あるいは、入試における偏差値や学校の知名度などではなく、むしろ子どもたちが試験を突破するために払った努力、その努力を通して学んできたことのほうに力点が置かれるのでしょうか。
おそらく、「学歴」という言葉は、使う人によって意味合いが異なると思います。教育社会学では「学歴」という言葉をどのように捉えておられるのか。その点をご教示ください。
濱中
教育社会学では、分析をする際に、「タテの学歴」と「ヨコの学歴」という二つの「学歴」を用いています。「タテの学歴」とは大卒か短大卒か高卒かといったもので、「ヨコの学歴」は、例えば、同じ大卒であってもどこの大学を卒業したのか、旧帝大※卒なのかどうか、といったものになります。
※ 旧帝国大学とも言う。東京大学、京都大学、名古屋大学、東北大学、北海道大学、大阪大学、九州大学の七大学が該当する。大学進学率は今でこそかなり上昇しましたが、それでも6割ほどです。つまり、大学に進学しない/できない人も少なからずいるわけで、社会問題の観点から学歴を扱う研究者は「タテの学歴」に注目します。
他方、学歴がもたらす効果などを詳しく分析する際には、「ヨコの学歴」を用いるケースも当然にあります。
髙宮
近頃は、「入試などの試験に向けて一生懸命頑張る」という姿勢に対して、「詰め込み式の受験勉強は、むしろ子どもたちにとってマイナスだ」と疑問視する声があることは、濱中先生もご存じの通りかと思います。あるいはもっとシンプルに、「脱偏差値」を目指す、という話を聞くこともあります。
例えば、東大卒でも社会に出ると「使えない」などといった話をよく耳にします。確かに、事実としてそのような人がいることも理解しています。しかしそれは、東大に限った話ではないかもしれません。
また、これは「ヨコの学歴」を重視して採用したいと考える企業などの理屈とも重なりますが、平均的に見れば、大学入試という一つのハードルを乗り越えてきた人たち、そうした仲間との切磋琢磨の中で学んできた人たちは社会でも活躍できる力を身につけている=「使える」との考えもいまだに多くあります。
私としては、偏差値云々を語る以前に、将来を生きるうえでの基礎となる知識をしっかりと身につけること。そのためにしっかりと勉強すること。その大切さを、できるだけ誤解のないように伝えていきたいと考えているのですが、前者のような考え方、「東大卒は使えない」というような研究は存在するのでしょうか?
東大卒は使えない?
濱中
お答えする前に、髙宮さんのご関心について一つ確認させてください。「学歴だけでは勝負できない事実」「東大卒は使えない」といった点から拝察すると、髙宮さんは「学歴」と「学歴では測ることができないもの」の二つを想定されているのだろうと理解したのですが、それで合っていますか?
髙宮
はい。まさにその通りです。
濱中
現状の入試制度について言うならば、以前と比較して多様化したとはいえ、東大をはじめとする難関大学では、今でも一般入試が中心になっています。ここから、そのような大学に進学する人は「教科学力に強い人」と見ることができます。
他方、もう一つの「学歴では測ることができないもの」というのは、教科学力の裏返しと言うべき力で、ここではそれを「非教科学力」としておきたいと思います。あるいは、対談のテーマに即して言うならば、「考える力」としてもよいでしょう。
こうした二つの観点が出てきたとき、私たちはそれを掛け合わせて考えてみます。「学歴が高い/低い」と「考える力がある/ない」といった2つを掛け合わせると下の図表のような形に整理することができます。
[図表]において、「学歴」「教科学力」、「考える力」「非教科学力」と考えることができる。昨今、議論になるのは、タイプ2を巡る評価といって差し支えない。この図から分かるように、「考える力を育てる」=「教科学力の否定」ではない点は非常に重要である。この四つのタイプの中で、昨今議論のポイントになっているのが「タイプ2」です。もう少しかみ砕いて言うと、「言われたことをやるのは得意で、教科学力は高い。しかし、考える力には欠ける」タイプです。
髙宮
正解が一つしかない問題は解ける、との言い換えも可能ですか?
濱中
可能です。今回の企画の概要を伺ったとき、おそらくタイプ2を巡る話になるだろうと想像していました。そして、仮にそうなるとしたら、タイプ2の具体例があれば議論も明快になってさらによいだろうと思い、「誰かいないか」と考えを巡らせたのですが、ピッタリの事例を見つけました。
学歴はあるが、考える力がない人
髙宮
どのような事例でしょうか?
濱中
私です。
髙宮
それは驚くと同時に、大変興味深いです。
濱中
「学歴はあるが、考える力がない」のは、まさに学部時代の私です。大学院に進学する前の私には、東大卒という学歴だけはありました。でも、それだけでした。
私は地方の公立高校出身で、高校時代を過ごしたのは1990年代の前半です。この高校時代が、文字通り受験勉強、教科の勉強に打ち込み続けた3年間でした。最初から東大を意識していたわけではなく、「東大に行けたらいいな」くらいに、漠然と意識していた程度です。苦手な教科もありましたので、高校1年生の頃は、まったく別の大学を志望校としていました。
それでも、個別の進路指導の際に担任の先生から「東大を目指しなさい」と言われたんです。後になってクラス全員がそう指導されていたことを知るのですが、いずれにしても「東大を目指せ」「一番を目指せ」ということはよく言われました。私も自分自身の偏差値を眺めては、「本当に目指せるのかな」などと考えながら、先生から与えられる目の前の課題を一生懸命こなしていました。
このように、ただテストで点数を取れるようにする。偏差値を上げることだけに専念していた。それが高校時代の私です。私が教育を受けた時代には、探究学習などありませんでした。あったとしても、当時の状況から想像すると、「考える」ことに自ら時間を割いたとは思えません。
その意味では、今の高校生たちのほうが、当時の私よりはるかに「考える」ことにチャレンジしているように思います。ちなみに、先ほどの私自身の「構え」のようなものは、大学に進学してからも、しばらく変わることはありませんでした。
「考える力」と時代背景
髙宮
学歴や学力、あるいは学び方には、時代背景なども関係してくると思います。時代は少しさかのぼりますが、共通一次試験がスタートしたことで、大学の「序列化」がしやすくなりました。これは大学ではなく予備校の目線にはなりますが、共通一次試験をきっかけとして、大手予備校が全国展開を始め、言葉を選ばずに言えば「情報戦」がスタートしたわけです。このような経緯の中で、「偏差値」という言葉が頻繁に用いられるようになりました。
次のターニングポイントは、いわゆる「バブル」前後の時期です。この頃は18歳人口が多かった時期で、1972~1974年生まれが200万人を超えていました。この世代が大学を受験するのが、1990~1992年です。
濱中
その時期は確かにそうでしたね。
髙宮
この頃は地方の大学の定員が今よりも少なかったので、地元に残る確率が結果的に一番低くなってしまいました。地元に残りたいと思っても定員が少ないので、生まれ育った土地を出て大学に進学しなければいけない。こうした状況の一方で、世の中はバブル景気で浮き足立っていました。
このような時代背景があったからこそ、「地元を離れて少しでも良い大学へ」、もちろんここでいう「良い大学」とは偏差値の高い大学を指しているわけですが、そのような風潮が強くなっていたのだと考えることができます。
濱中
とても興味深い分析です。
「私は、何も疑問に思うことがないまま育ってきたのでは」
髙宮
ところで、先ほどのお話の続きに戻って、もう少し濱中先生ご自身のことをお聞かせいただきたいと思います。
濱中
高校の先生方の熱心な指導などに恵まれて、とりあえず受験をクリアする力は、何とか高校3年生の2月までには身についたということだったのでしょう。無事に大学受験をパスし、地元を離れて4月から東大の駒場キャンパスに通い始めました。当初は新しい環境に心躍っていましたが、徐々に「勝負することができない場面」を幾度も経験することになります。
髙宮
「勝負できない」という実感があったのでしょうか。どのような経験を通じてそうお感じになられたのか、とても興味があります。
濱中
端的に言うと、周囲の議論についていけない。「これは別の形に言い換えが可能だよね」「この問題の本質はここだよね」といったレベルの会話が私の周りでいつも飛び交っていて、その議論の輪の中に入っていくことができない。だから、私はいつもニコニコ笑ってその場に座っている。そんな感じでした。
髙宮
クラスメイトとの話に溶け込めない、という感じですか?
濱中
溶け込めなかったわけではないんです。くだらない話もしましたし、普通に遊びにも行きました。楽しい時間もたくさん過ごしました。ただ、難しい話になると途端に口を開かなくなるだけです。東大では、3年生から専門の学部に進みます。そうなると、ますます「勝負にならない」自分を痛感するようになりました。特に少人数の授業では発言することができず、ニコニコして座っているだけの虚しい時間でした。
髙宮
自分の中に「答え」がないから、口を開けなかった。そんな感じですか? 何を言えばいいのか分からない、とでも言うのでしょうか。
濱中
そうです。「私は、何も疑問に思うことがないまま育ってきたのでは」と感じましたね。
髙宮
今風の言い方をすれば、クリティカル・シンキングを活用して、批判的に問いを立てることができなかったということですか?
濱中
今の社会の何が問題なのかさえも、きちんと分かっていませんでした。まさに先ほどの図表でいう「タイプ2」ですよね。授業などで交わされている議論を面白いと感じることはできるんです。面白いから、その場にいることは苦でも何でもない。聞きたいと思うからこそ、その場にいるわけですが、自分から何かのアクションを起こすことはありませんでした。
髙宮
周囲の議論に入っていって自分の意見を主張するわけではなく、議論自体を楽しむ。そのような学びになってしまっていたと。
濱中
「今日も勉強になったな」と思って帰るという感じでしょうか。ひたすら、受け身の構えで授業を受け続ける、みたいな。
髙宮
教育社会学の専門の授業が始まって、内容自体は面白いからノートも取って、「ああ、楽しかった。勉強になった。以上」ということですか?
濱中
そうですね。ただ私の場合は、幸運なことに大学院で学ぶ時間がありました。大学院では指導がさらに密になりますし、そのおかげで少しは「考える」ことができるようになったと思います。仮に大学院へ進学せず学部だけで終えていたら、「使えない人」で終わっていたかもしれません。
高宮 敏郎
SAPIX YOZEMI GROUP共同代表
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