これからの資産形成、加速のカギは「金融リテラシー・ギャップ」か。「貯蓄から投資へ」の20年間…日本人に足りなかったのは「自信」
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月27日 7時0分
(写真はイメージです/PIXTA)
日本は「投資大国の実現」を経済政策の柱にしてきた。粘り強い政策展開の成果もあり、家計の金融資産におけるリスク資産の割合を伸ばしてきた。本稿では、金融リテラシーの現状と今後の展開について、特に「金融リテラシー・ギャップ」に焦点を当て、ニッセイ基礎研究所の西久保瑛浩氏が詳しく解説する。
リスク資産の普及は好調。粘り強い政策展開の成果か。
2001年に「貯蓄から投資へ」のスローガンが掲げられて以来、20年以上の年月が経つ。この間日本では「NISA」や「確定拠出年金」をはじめとする、資産形成の支援を目的としたさまざまな政策が実施されてきた。長期にわたる取組みが功を奏してか、2023年12月末、家計の金融資産に占めるリスク資産(株式等+投資信託)の割合は17.7%と2007年6月以来の最高値を記録し、本年6月末時点では19.4%にまで達している。
現石破政権においても「投資大国の実現」は経済政策の大きな柱となっており、個人の資産形成は、今後も国を挙げて推進されることが予想される。資産形成の推進において、最も大きな課題の1つとして位置づけられてきたのが「金融リテラシー」の向上であり、資産形成の推進において避けては通れないもの、というのが一般の理解であろう。本レポートでは、この金融リテラシーの現状と今後の展開について、特に「金融リテラシー・ギャップ」に焦点を当てて考察したい。
米国との比較から見えてくる課題~ポイントは金融リテラシーではなく「自信」
さて、日本におけるリスク資産の保有割合が増加していると述べたが、日本の家計におけるリスク資産の構成比が19.6%であるのに対して、欧州は32.1%、米国は53.3%と、依然として大きく差がついているのも事実である[図表2]。そして、その理由としてしばしば指摘されるのは「金融教育」や「金融リテラシー」の差である。
たしかに、米国では1990年代から金融教育に関する法整備が行われ、2022年には40の州で金融教育が義務化されている一方、日本では、2020年代から金融教育を含む学習指導要領が実施されているところであり、その導入状況には大きな隔たりがある。実際、金融広報中央委員会(2022)*によれば、「金融教育を学校等で受けた人の割合」は日本が7%に対し米国が20%と3倍近い乖離がある。
しかし、金融知識に関する正誤問題の正答率は、日本が47%に対し米国が50%と、僅か3ポイントの差しかない。つまり、日本人の客観的金融リテラシーは米国と比して大きく劣ってはいないのである。ところが、「金融知識に自信がある人の割合」は、日本が12%に対し米国が71%と、極めて大きな差がついている。
ここから、日本においてリスク資産への投資が大きく普及しない要因に、自らの金融リテラシーに対する「自信のなさ」が大きく関係していることが予想される。
*金融広報中央委員会(2022)『金融リテラシー調査(2022年)のポイント』
金融リテラシー・ギャップとは~「自信」が金融行動に与える影響
日本人の金融リテラシーの自己評価を概観すると、「平均的」43.8%と『低い』(「どちらかといえば低い」+「とても低い」)43.3%が並んで高く、一方で『高い』(「どちらかといえば高い」+「とても高い」)は12.9%と、大きく差がついている。これを金融に関する正誤問題の正答率(=客観的評価)の層別にみると、正答率が高いほど自己評価も高くなる傾向はあるものの、その傾向はいびつに見える。
たとえば、「高リテラシー層」と呼ばれる「81~100%」の層では、自己評価は「平均的」51.2%が最も多く、『高い』26.4%と『低い』22.4%は4.0ポイントの差しかない。また、正答率の平均(55.7%)を含む「41~60%」の層では、『低い』63.5%が最も多い。
ここから、日本人の金融リテラシーに対する自己評価が客観的評価に見合わず、保守的な評価に留まっていることがわかる。
金融広報中央委員会(2022)は、金融リテラシーのレベルに対する「客観的評価」と「自己評価」の差を「金融リテラシー・ギャップ」と定義している。当然、自己評価は各人の主観的な基準によるものであるため、その大きさについて絶対的な評価をすることはできないが、少なくとも調査標本の中で平均的な正答率を持つ層の半数以上が自身の金融リテラシーを『低い』と評価していることは、日本における金融リテラシー・ギャップの存在を象徴する結果といえる。
次に、金融リテラシーに関する客観的評価と自己評価の傾向の違いを確認する。客観的評価と自己評価について、それぞれ全体平均を100とした指数とその差を層別に表したのが図表4である。
まず年代に着目すると、両指数ともに年代を追うにつれ上昇しているが、客観的評価指数の上昇に比べ自己評価指数の上昇は緩やかで、差が正に大きくなる傾向があることがわかる。ここから、年齢とともに客観的リテラシーは向上するものの、その高まりに自信が追いつかず、結果として年齢が高いほど自信が不足していく状況があることがわかる。
次に、「金融教育を受けた人」と「金融教育を受けていない人」を比較すると、金融教育を受けた人ほど両指数ともに高く、金融教育の効果が見てとれる。指数の差に着目すると、「金融教育を受けていない人」(1.3ポイント)より「金融教育を受けた人」(-16.9ポイント)のほうが負に大きいことから、金融教育が客観的リテラシーの向上だけでなく、むしろ自信の向上に大きく寄与している可能性が示唆されている。
最後に、投資行動についてみると、「株式・投信・外貨等に投資している人」は両指数ともに高く、主観・客観を問わず金融リテラシーと投資行動の関連性がが改めて確認できる。また、投資行動の有無による指数ごとの差に着目すると、客観的評価指数の差(38.1ポイント)より自己評価指数の差(65.4ポイント)の方が明確に大きく、客観的リテラシーよりも自信の方が投資行動との関連性が強いことがわかる。ただし、投資行動に関しては、自信との相互作用が想定される。
考えてみれば、私たちが投資行動の判断材料として自身の知識や判断力を考慮したとしても、それはあくまで自己評価に過ぎない。その前提に立てば、能力という観点で投資行動の有無に直接的に影響を与えうる要因はまさに「自信」であり、金融教育の経験や客観的リテラシーはその裏付けにすぎないともいえる。
以上の分析および米国との比較から、現状日本では自信不足が資産形成の促進における1つのボトルネックとなっていると考えられる。それを改善しなければ、単に客観的リテラシーを向上させたとしても、その投資行動への効果は非効率に留まってしまうといえる。
金融リテラシー・ギャップの解消に向けて~「教育」と「経験」に注力
自信を向上させる方法については、本稿の分析から2つの示唆が得られる。1つは、金融教育が自信を向上させる効果を活用することである。前述のとおり、日本ではまさに金融教育が本格実施され始めたところであるが、少なくともその内容には、「自身の金融リテラシーのレベルを正しく認識する」という要素を組み入れる必要があるだろう。
もう1つは、投資行動(=経験)と自信との相互関係を利用することである。小規模かつ手頃な投資経験であっても、それが自信を向上させ、その自信がさらなる投資行動を生む相乗効果は存在すると考えられる。NISAや確定拠出年金はまさにその意味で効果が期待される。また、東京証券取引所が推進している投資単位の引き下げや、従業員に対する福利厚生制度としての資産形成支援なども、投資経験の獲得を促進する効果が期待される。
加えて、金融教育において投資に近しい経験を得られる実践的な手法を取り入れることは、金融教育の直接的な自信向上効果と、経験の獲得による相乗効果の両者が期待できる極めて効果的な手段であるといえる。実際米国では金融教育用のゲーム教材の効果が報告されているが、日本でも金融教育に関する実践的な教材や出前授業は民間団体等により提供されているため、教育現場における広範な活用、あるいはそれを後押しする体制を構築することは有効策となり得るだろう。一方で、過度な自信は必要以上のリスクテイクや金融犯罪への接近を招く恐れがあることには当然注意が必要だ。
以上を総括すると、今日本で求められているのはまさに「金融リテラシー・ギャップ」の解消であるといえる。これまで金融リテラシーの向上に焦点を当てた施策はさまざま実施されてきたが、その自信を適正化するための取組みはあまり行われてこなかった。日本が「投資大国」を目指すうえで、金融リテラシー・ギャップの解消は重要な論点になるだろう。
この記事に関連するニュース
-
「イーライリリー」や「ネットフリックス」を上位に組み入れたファンドが、第2の「米国成長株投信」になる?
Finasee / 2025年1月26日 18時0分
-
社会人2年目で一人暮らし中の息子が「まったく貯金がない」と話していました。同じような人は日本にどのくらいいるのでしょうか。正直かなり少数派ですよね…?
ファイナンシャルフィールド / 2025年1月18日 3時0分
-
「高値づかみしてしまった?」と諦めるのはまだ早い! 下落局面がもたらす新NISAならではの知られざる“効果”
Finasee / 2025年1月10日 18時0分
-
数ある低コストインデックスファンドの中で、「楽天・プラス」が存在感を強めるワケは?
Finasee / 2025年1月10日 6時0分
-
初夢!?2025年のサプライズ(びっくり)予想
トウシル / 2025年1月6日 14時44分
ランキング
-
1フジ人権対応へ厳しい視線=CM再開、徹底的な再発防止焦点―引責辞任「当然」・スポンサー企業
時事通信 / 2025年1月27日 22時22分
-
2フジテレビ会見 CM差し替えのスポンサー企業に返金対応の方針明らかに
日テレNEWS NNN / 2025年1月27日 20時21分
-
3フジテレビ会見続く CM差し替え企業からは「会見うけて対応を変更することはない」との反応も
日テレNEWS NNN / 2025年1月27日 19時17分
-
4「パーカーおじさん」はなぜ生まれた? ちょいワルおやじがビジネスシーンに与えた、無視できない影響
ITmedia ビジネスオンライン / 2025年1月27日 5時55分
-
5にわかには信じがたい「老人ホーム」「介護施設」の惨状…超高齢社会の日本で〈介護報酬引き下げ〉が繰り返された結果
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月27日 11時15分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください