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分権から四半世紀、自治体は医療・介護の改正に対応できるか...財政難、人材不足で漂う疲弊感、人口減に伴う機能低下にも懸念

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年2月7日 7時0分

分権から四半世紀、自治体は医療・介護の改正に対応できるか...財政難、人材不足で漂う疲弊感、人口減に伴う機能低下にも懸念

(写真はイメージです/PIXTA)

地方分権改革は、この四半世紀で大きな制度改正が進められてきた。自治体の権限拡大が図られた一方、新たな課題や限界も浮き彫りにしている。本稿では、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏が、地方分権改革の歩みとその課題について解説する。

地方分権改革の四半世紀

1.地方分権一括法の制定

まず、2000年度に実施された地方分権改革を簡単に振り返ります。この時の改革では、国と地方の関係を「上下・主従」から「対等・協力」に変えるとともに、国の事務の執行を自治体に委ねていた「機関委任事務」が廃止され、「法定受託事務」「自治事務」に類型化されました。

このうち、前者の典型例はパスポートの発給です。ここで、パスポートをお持ちの方は確認して下さい。発行者の名義は「外務大臣」になっていると思います。ただ、別に外務省の窓口に並んだ記憶はなく、最寄りの自治体で申請したと思います。これは法律に基づき、国が自治体にパスポートの発給事務を委ねているためです。

一方、法定受託事務以外の事務は自治事務になり、法令に違反しない限り、自治体が自由に判断できるようになりました。つまり、国の関与を限定し、自治体の裁量が拡大したわけです。

なお、この頃に筆者は駆け出しの記者として、自治体を取材しており、首長が「改革の旗手」と言われる人だったこともあり、「自治体が変わる」と強く期待していた記憶があります。

2.三位一体改革などの見直し

しかし、この時に税財政の見直しが宿題として残されました。自治体から見ると、いくら事務の裁量が広がっても、補助金などの形で国に財布を握られていると、自由に使途を決められません。しかも、国の補助金では様々な要件も定められるほか、「どこに予算を付けるか」という個所付けでは国の判断が入るため、自治体の裁量は小さくなります。

そこで、国と地方の税制を一体的に見直す「三位一体改革」が小泉純一郎政権期に議論されました。ここで言う「三位一体」とは、(1)国庫補助金の廃止・縮減、(2)これで浮いた国税を地方税に振り替えることで、自治体に税源を移譲、(3)上記を踏まえ、自治体の財源保障・財政調整の機能を持つ地方交付税の見直し――という3つの一体的な見直しを意味します。

しかし、(1)は補助金改革に反対する関係各省、(2)は税収を失うことを恐れる財務省、(3)は自治体への影響力低下を懸念する総務省の反発を招くことになるため、関係各省の対立が先鋭化しました。実際、この頃に筆者は補助金を所管する中央省庁をいくつか担当していたのですが、どこの役所も疑心暗鬼に陥り、有識者や記者を「あの人は〇〇省の回し者」などと色眼鏡で見る雰囲気が霞が関全体に広がっていたことを記憶しています。

それでも約4兆円規模の国庫補助金見直し、約3兆円の税源移譲が実現しました。一方、自治体に配分される地方交付税(赤字地方債と呼ばれる臨時財政対策債を含む)は約5兆円が削減される結果となり、自治体は厳しい財政運営を強いられました。これは当時、「地財ショック」と呼ばれ、自治体関係者に衝撃を与えるとともに、折しも進んでいた市町村合併を促す要因にもなりました。

その後も、自治事務を縛る法令を再検証する「義務付け・枠付け」の見直しが進められたほか、民主党政権期には国の補助金や出先機関廃止などを目指す「地域主権改革」(もう誰も覚えていないかもしれないですが…)が議論されました。現在も「地方分権」と冠した制度改正は細々と積み上げられており、最近では「計画策定を義務付ける規定が自治体の負担に繋がっている」という判断の下、この見直し論議が持ち上がりました1

一方、小泉政権から第1次安倍晋三政権期には、47都道府県を廃止して広域自治体を作る「道州制」の議論が少しだけ盛り上がりましたが、今や雲散霧消しています(こちらも覚えている人は少ないかもしれません)。このため、四半世紀に及ぶ分権論議は「国―都道府県―市町村」の三層構造を前提に、都道府県や市町村の権限や財源を強化する議論が展開されていることになります。


1 この時の議論については、2022年8月3日拙稿「自治体の行政計画について、国はどこまで関与すべきか」を参照。

医療・介護の最前線とは

3.医療・介護における「地域の実情」に応じた体制整備

近年の傾向として、筆者の関心事である医療・介護の領域では「地域の実情」に応じた体制整備の必要性が盛んに強調されています。元々、厚生省(現厚生労働省)の直轄部門は脆弱であり、医療や福祉の事務執行は自治体に委ねられていました2

さらに、近年は病床再編などを目指す「地域医療構想」に加えて、医師確保・偏在是正、身近な病気に対応する「かかりつけ医機能」の強化、新興感染症対策、介護予防、認知症施策、生活困窮者自立支援、分野・制度にとらわれずに支援する「重層的支援体制整備事業」などについて、地域ごとに体制整備に努めることが期待されている形です3

直近の動きとしては、2024年12月に示された社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会意見書でも「地域の実情」という言葉が20回以上も登場しています。この意見書では、地域医療構想が2025年に期限切れを迎えるのを前に、生産年齢人口が大きく減少する「2040年」をターゲットに据えたポスト地域医療構想を進める方針のほか、外来や在宅医療、医師確保、精神障害への対応など様々な論点が網羅されました。

その際、策定主体となる都道府県が地元医師会や市町村などと連携しつつ、切れ目のない医療・介護提供体制の構築を図ることが強く意識されました。

確かに高齢者や専門職、医療機関や介護事業所の数は地域ごとに違いますし、住民の支え合いの力なども一様ではないため、自治体が主体的に対応することは欠かせないと思います。この発想については、身近な自治体に権限を多く委ねることで、住民参加の下で制度を運用することを重視する「補完性の原理」(principle of subsidiarity)という原則とも一致しています。


2 厚生省の事務が分権的な構造を有している歴史的な背景などに関しては、2022年7月20日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照。

3 医療・介護改革で「地域の実情」という言葉が多用されている様子や論点などについては、2023年3月の第1回から2024年12月の第6回まで拙稿コラムで取り上げた。このうち、地域医療構想の概要や論点、経緯については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。医師偏在是正に関しては、2024年11月11日拙稿「医師の偏在是正はどこまで可能か」を参照。かかりつけ医機能の強化に関しては、2023年8月28日拙稿「かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか」、同年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。新興感染症対策の内容は2022年12月27日拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。

4.分権を望まなかった分野なのに…

その半面、今の現象について、筆者は少し皮肉な構図と思っています4。これまで医療・介護行政の責任拡大に関して、自治体は消極的だったためです。

たとえば、三位一体改革に際して、全国知事会など地方六団体は子育て支援や教育に関わる補助金廃止と税源移譲を積極的に求めたのに対し、医療や介護の責任拡大には消極的な態度にとどまっていました。特に紛糾したのが国民健康保険(以下、国保)に関する新たな都道府県負担で、国は医療費に関わる定率補助の一部を都道府県に「移譲」する案を示しました。

ただ、これでは都道府県の自主性が高まらないため、全国知事会は強く反対。それでも国保を運営する市町村は都道府県の負担強化を歓迎したことで、最後は都道府県の財政負担が拡大されました。

さらに、2006年改革を通じて、都道府県は医療費の抑制目標と実現策を掲げる「医療費適正化計画」の策定などを義務付けられたものの、この時も積極的だったとは言えず、当時の新聞では44道府県知事が「反対」の意見を持っていたと伝えられています5

そもそも介護保険が2000年度に創設された際、保険者(保険制度の運営者)を市町村に委ねたことで、当時は「地方分権の試金石」などと喧伝されていた6ものの、当の市町村では「(筆者注;全国町村会は)心の底からこれに賛意を表したことは一回もなかった」7との声が公然と示されていました。

以上のような経過を踏まえると、医療・介護で自治体サイドは一貫して権限や財源の移譲を望んでいなかったのに、近年の制度改正では自治体の自主性が求められていることになります。これは皮肉な状況と言えるのではないでしょうか8

ただ、医療・福祉に関する自治体の権限強化の流れを振り返ると、市町村に老人福祉計画の策定を促した1990年施行の「福祉八法」制定9に始まり、保健所を改組した1994年の地域保健法制定10、住民の支え合いなどを規定する「地域福祉計画」の策定を促した2000年の社会福祉法制定など、様々な制度改正が積み上げられており、分権の流れは一貫していると言えます。


4 この点については、2020年1月7日拙稿「医療と介護の国・地方関係を巡る2つの逆説」でも述べた。

5 医療費適正化計画は保健指導の強化などを通じて、医療費を抑えることを目的に、都道府県が6年周期で作っている。2023年通常国会では、内容の充実が図られる制度改正が実施された。詳細は2024年7月17日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか」を参照。当時の記事については、2005年11月20日『朝日新聞』を参照。

6 地方分権の試金石と言われた経緯や背景は介護保険20年を期した拙稿コラムの第14回、第15回を参照。

7 全国町村会編(2002)『全国町村会八十年史』全国町村会 pp10-11。

8 ただし、三位一体改革で自治体が移譲を望んだ子育て分野でも、2012年の子ども・子育て支援法制定を境に、市町村の権限を強化する流れが強まっている。

9 老人保健法、児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法、社会福祉法、社会福祉・医療事業団法を指す。

10 この時の改正では、住民に身近な事務は市町村の保健センターに移譲された。2024年1月9日拙稿「地域保健法から30年で考える保健所の役割」を参照。

四半世紀での変化と、浮き彫りになりつつある「分権の限界」

1.自主的な対応が可能に

では、こうした見直しが積み上げられる中、どこまで自治体の現場は変わったのでしょうか。明確に指摘できる点として、自治体の判断で独自の施策が展開されやすくなった効果を指摘できます。

その一つの表れとして、ここでは厚生労働省が定期的に主催している「市町村職員を対象とするセミナー」に着目します。これは1999年度から170回以上も実施されているセミナーであり、市町村に関わる施策に関して、厚生労働省が内容や経緯などを説明。その後、市町村の取り組みが「好事例」として紹介されることが多くなっています。それだけ一部の自治体が国の期待に沿う動き、あるいは国の制度改正を先取りするような取り組みを実施している証と言えます。

さらに、筆者自身が「制度が変われば人の意識も変わるのか」と感じた例として、国保の都道府県化を挙げたいと思います。

先に触れた通り、三位一体改革で都道府県は負担増を忌避し続けたものの、2018年度改正では国保に関する都道府県の財政責任が明確になり、都道府県は市町村と並ぶ「共同保険者」と位置付けられました11。2023年通常国会でも、国保保険料の水準を都道府県単位で統一化する方向性が強化されるなど、都道府県単位で負担と給付の関係を明確にする制度改正も進められています12

そのためか、地方財政の専門誌で、国保の財政運営に関する寄稿を目にする機会が増えています13。以上のような事例を踏まえると、四半世紀に及ぶ制度改正は確実に自治体の意識と行動を変えたと言えます。


11 国保改革では、2018年4月11日拙稿「国保の都道府県化で何が変わるのか」(全3回、リンク先は第1回)を参照。 12 2023年通常国会における法改正では、保険料水準の統一化を加速させるなどの見直しが講じられた。過去の経緯については、2024年7月17日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか」を参照。 13 『地方財務』2024年4~6月号では北海道、2023年10~12月号と2024年8~11月では高知県の事例が紹介された。

2.新型コロナ対策では?

さらに、2020年からの新型コロナウイルス禍ではワクチン接種や病床確保などで、地域の名前を冠した「〇〇モデル」が注目され、一部は国の施策として取り込まれました。この時には不十分な自治体の状況を批判的に見る論者から「大都市部のコロナ対策を国直轄で実施」という斬新なアイデア(?!)が提案された時もありましたが、筆者は「自治体の地力と分権の限界が現れた」と考えていました。

ここで言う「地力」とはポジティブな意味です。分権は独自に判断する「自由」を自治体に付与するため、分権改革から四半世紀も経過する中で、自治体の政策形成能力が高まり、国に先んじた動きも含めて、「地域の実情」に応じた「〇〇モデル」が生まれる素地となったのは間違いありません。

しかし、分権は「平等」を失わせます。具体的には、地域ごとの取り組みに差異が生まれ、格差が目立つようになります。特にコロナのような感染症対応では、対策が不十分な地域から感染が拡大するため、その差が目を引くようになります。これが「分権の限界」です。

しかも、ここで指摘している「分権=自由か、集権=平等か」という論点は二律背反なので、両立させることは困難です。このため、どちらかに偏った議論を展開すれば解決する話ではありません。

たとえば、コロナ禍の反省に立ち、新興感染症対策の「司令塔」として、内閣感染症危機管理統括庁が2023年9月に発足しましたが、別に同庁を含めて、国の権限が大幅に強化されたわけではなく、病床確保などの権限は引き続き都道府県によって担われています。このため、自治体ごとに差異が広がるかもしれない点で、「分権の限界」は依然として解決していません。

3.デジタル技術の導入では……

こうした「分権の限界」はDX(デジタル・トランス・フォーメーション)でも浮き彫りになります。DXでは業務の標準化が欠かせず、自治体ごとにルールが違う「ローカルルール」は妨げになります。

たとえば、介護保険の事務処理では、提出を求められる書類の種類が市町村ごとに異なるという調査結果14が明らかになっており、現場の専門職に聞くと、書類の受け付け方でさえ、自治体ごとに「消印有効」「必着」で違うという笑い話も聞きます。

しかし、これではDXによる効率化は困難であり、かなり細部に渡って標準化が必要になります。その結果、厚生労働省が法的拘束力を持って市町村を縛るなど、集権的な対応が必要になります。言い換えると、四半世紀で志向されてきた分権の考え方と相反する面が強まります。


14 厚生労働省の調査によると、特別養護老人ホームの更新申請に関する書類について、最少の自治体は2枚なのに対し、最多の自治体は149枚も提出を求めているという。ローカルルールの実態については、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2023)「文書負担軽減や手続きの効率化等による介護現場の業務負担軽減に関する調査研究事業報告書」も参照。

自治体機能の危機に分権改革の壁…国に求められるのは?

4.自治体の機能低下

さらに、人口減少が著しい市町村の「実情」を踏まえると、「分権の限界」を一層、感じます。具体的には、財政難や人口減少で思うように職員が確保できず、市町村の事務に支障が出ている点です。

たとえば、新潟県の離島では深刻な職員不足に伴って、行政運営に支障が出ているとして、県内の他の自治体から職員を受け入れる事態が起きています15。青森県内でも14町村の専門職試験で応募者がゼロだったと伝えられています16。何よりも筆者の関心事である医療・介護領域では、保険料の算定ミスなどの事務負担が多く起きており、規模の大きな政令市や中核市でさえ、例外ではない状況です。

言い換えると、権限移譲や国の制度改正に自治体が追い付けていないと言えます。しかも、これから人口減少が一層、進むことを考えると、上記の状況は恐らく一層、深刻化すると思われます。


15 2023年5月2日『新潟日報』を参照。 16 2024年3月25日『東奥日報』。

5.分権への熱は冷めた?

以上のような自治体の苦悩は分権改革に対する態度に現れているように思います。25年前の地方分権一括法や約20年前の三位一体改革の時には、地方六団体が地方分権を活発に提唱したほか、一部の首長が国に異議を申し立てる場面が多々ありました。メディアでも分権を「善」と位置付ける一方、権限移譲や補助金の廃止に反対する中央省庁を「抵抗勢力」と見なす傾向が見受けられました。

ただ、今は当時の熱気を感じる機会はほとんどありません。たとえば、国と自治体が対等な立場で重要施策を議論する場として、民主党政権期に発足した「国と地方の協議の場」は完全に形骸化しています。これは国から首相や官房長官、関係閣僚、地方側から全国知事会など地方六団体のトップが一堂に会する会議で、2009年に制度化された仕組みです。

当時、筆者は記者として制度化の過程をウオッチしており、地方側は「分権改革を国にダイレクトに促す経路」と強く期待していたことを記憶していますが、近年は分権改革など大所高所に立った議論ではなく、個別の制度改正を訴える「陳情の場」になっている印象を強く受けます。

さらに、昨年の通常国会で成立した改正地方自治法では、感染症の大流行などの際、国が自治体に必要な対応を指示できる特例が盛り込まれました。これについても、本来であれば自治体から「自治や分権の危機」という声が出ても良かったのですが、散発的な動きにとどまりました。

こうした現象が生まれている理由として、20年以上の歳月を経る中、首長や職員の世代交代が進んだ上、制度改正を強く後押しした研究者も鬼籍に入り、当時の熱気が引き継がれにくくなっている面がありそうです。

さらに、既述した自治体の財政難、人材不足の影響も考えられます。具体的には、自治体の行財政運営に余裕がなくなったことで、分権に繋がる制度改革よりも、目先の問題に対する関心が高まっている印象を受けます。誤解を恐れずに言うと、三位一体改革が交付税カットを招いたほか、権限を移譲されても定員や財源が増えるわけでないので、「分権なんて懲り懲り」「そんな高尚な議論よりも、目先のカネが欲しい」という機運が広がっているように見えます。

以上のように考えると、厚生労働省が医療・介護分野で「地域の実情」に応じた体制整備を進めようとしても、片想いにならないか心配になります。特に、国の議論では「制度をどう改革するか?」という議論が先行しますが、「地域の実情の実情」を踏まえつつ、「新しい制度の下、自治体でどう円滑に運用してもらうか?」という視点も持たなければ、絵に描いた餅になる危険性があります17

では、今後はどんな選択肢が考えられるのでしょうか。以下、現場の運用改善に加えて、制度改正の選択肢も検討したいと思います。


17 この考え方を「作動学」と呼ぶ議論もある。牧原出(2018)『崩れる政治を立て直す』講談社現代新書pp30-35を参照。

今後の選択肢

1|伴走支援の必要性

まず、考えられる選択肢として、自治体の人材育成や伴走支援が考えられます。この関係では既述した「市町村職員を対象としたセミナー」に加え、医療行政に関する都道府県向け研修会など、自治体向けに様々な研修やセミナーが開催されています。こうした機会は非常に重要であり、国と自治体の連携を一層、深める必要があります。

ただ、これだけでは十分とは思えません。上記の会合を見ていると、多くのケースで「国の行政説明→自治体の好事例→意見交換」という形式が取られます。分かりやすく言うと、「国が立てた問いの下で、自治体がどう創意工夫するか」という点に力点が置かれます。これは企業経営で言うと、自社の商品やサービスを市場に売り出す「product-oriented」の手法に近いと言えます。

一方、「地域の実情」に応じた体制整備では、自治体が「実情」に応じた問いを自ら立て、国の制度を上手く使いつつ、その解決策を関係者と模索する必要があります。このため、課題解決の答えを国は明確に持っているのではなく、自治体が自ら探す必要があります。これは企業経営で言うと、市場の動向を見つつ、商品やサービスを開発する「market-oriented」の発想に近いように映ります。

このため、「地域の実情」に応じた体制整備を図る上では、後者のような視点に立ち、人材育成や組織開発を自治体で目指す必要があり、国や研究機関などによる伴走支援の強化が求められます。

2.集住の選択肢も

一方、今後は人口減少の加速化に伴って、医療・介護のサービス提供が危ぶまれます18。特に在宅ケアの提供に際しては、移動時間が長くなると採算が悪化するため、人口密度がマバラな地域では、住民の同意を前提としつつ、集住の選択肢も検討する必要がありそうです。たとえば、自治体が高齢者住宅などを整備し、そこに希望者に集住してもらい、医療と介護を包括的に提供するイメージです。

なお、先に触れた医療部会意見書では、医療・介護提供体制の整備に際して、「高齢者の集住等のまちづくりの取組」と一体的に議論する必要性が言及されています。今まで集住は居住の自由との兼ね合いでタブー視されていた面がありましたが、こうした文言が公然と出始めた辺りに、人口減少の影響の深刻さが読み取れます。


18 この関係では、「連携以上、統合未満」の形で事業所が連携する「地域医療連携推進法人」「社会福祉連携推進法人」の活用も含め、人口減少地域で医療・介護サービスを包括的に提供する主体の構築も論点になる。さらに、地域別報酬の可能性も意識する必要がある。診療所や介護事業所に対する報酬は原則として出来高払いであり、人口減少局面では経営の維持が危ぶまれる。そこで、人口減少地域で医療・介護を担う事業体については、人口などを考慮した包括払いも選択肢になり得る。ただ、包括払いでは必要なケアが提供されない危険性があり、出来高払いや成績払いを組み合わせる論点になる。

3.「補完性の原理」を広域化で修正?

さらに、今後は市町村の機能低下が危ぶまれるため、市町村の機能を広域化することで、「補完性の原理」の考え方とか、「国―都道府県―市町村」の三層構造を部分的に修正する必要が出て来そうです。実際、今でも複数の市町村で組織する広域連合や一部事務組合が介護保険などの運営を担っているケースは少なくないですが、これを人口減少地域で広げるイメージです。しかも、総務省は2024年度補正予算と2025年度当初予算案で、「広域連携による市町村事務の共同実施モデルの構築」という事業も盛り込んでおり、この選択肢は現実的に検討されつつあります。

ただ、広域化が唯一の解とは言えない面があります。具体的には、都道府県は対人支援業務を余り担っておらず、いきなり市町村の事務を都道府県に移しても、有効に機能すると思えません。広域連合や一部事務組合についても、自前の職員を雇っているケースは少なく、組織のトップも直接選挙で決まっているわけではないため、住民から見ると縁遠くなります。さらに行政機構が複雑化し、権限関係が輻輳するデメリットもあります。

このため、広域化を検討する際には、そのメリットとデメリットを勘案する必要があります。さらに、どんなに機構を広域化しても、医療・介護など住民の暮らしに身近な対人支援業務は誰かが担う必要があるため、要介護認定や保険料の算定などで広域化を図りつつ、個別対応が求められる対人支援業務については、住民の現場に近い部署に残す工夫も必要になると思われます。

4.医療と介護の包括的な提供を支える行政機構の選択肢

このほか、少し気が早い考え方(妄想?!)として、人口減少が進んだ地域を対象に、たとえば2次医療圏単位19で、市町村の介護・福祉に関する事務を広域化するとともに、都道府県が持つ医療の権限を分権化することで、域内の医療・介護行政を一元的に所管する自治体を創設する選択肢も考えられると思います。分かりやすく言えば、都道府県内の分権を図りつつ、市町村事務の広域化を同時に進めるイメージです。この制度改正を通じて、医療と介護の行政が円滑に連携できれば、医療と介護の切れ目のない提供体制が構築されやすくなるかもしれません。

ただ、この選択肢も機構の複雑化などのデメリットが想定されるため、利害得失を十分に検討した上で制度改革を議論する必要がありそうです。


19 地理的条件や交通事情などを踏まえると、2次医療圏という圏域にこだわる必要はない。

人口減少時代、自治体はどうあるべき?

今回は地方分権25年を機に、筆者の関心事である医療・介護を中心に、人口減少時代の自治体の在り方を検討しました。四半世紀に及ぶ分権論議の結果、自治体の自主性を引き出せたと思いますが、医療・介護で語られている「地域の実情」に応じた体制整備では、自治体に対する伴走支援とか、企業戦略で言う「market-oriented」の発想が求められます。

一方、「分権疲れ」の状況とか、デジタル化に向けた標準化の必要性、今後の人口減少などを踏まえると、「補完性の原理」に立った分権一辺倒の議論では難しくなっている気がします。より有体に言うと、「分権=善」「集権=悪」という二元論や「国―都道府県―市町村」の三層構造の前提を再考し、機能や内容に応じた事務を議論する必要があると思います。

特に、人口減少の関係では、表立って論じられていなかった「集住」も視野に入るし、ここでは少し気の早い制度改正(妄想?!)にも言及しました。中長期的なスパンに立った国と自治体の議論や対応に期待したいと思います。  

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