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進撃のAI投資「スターゲート計画」 史上最大の作戦がもたらす「恍惚と不安」【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月28日 17時0分

進撃のAI投資「スターゲート計画」 史上最大の作戦がもたらす「恍惚と不安」【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】

(※写真はイメージです/PIXTA)

※本稿は、チーフグローバルストラテジスト・白木久史氏(三井住友DSアセットマネジメント株式会社)による寄稿です。

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【目次】

1.進撃のAI投資「スターゲート計画」

2.米国の国家戦略と連動する「スターゲート」

3.スターゲート計画に漂う一抹の不安

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トランプ大統領は1月22日にソフトバンク・グループの孫正義会長兼CEOらと会見を行い、AI向けデータセンターなどに4年間で計5,000億ドル(約78兆円)の巨費を投じる「スターゲート計画」を発表しました。スターゲート計画はその規模の大きさだけでなく、新政権の様々な政策とのシナジー効果という観点からも、注目に値する取り組みと言えそうです。桁違いの投資計画を受けて市場では早くも関連銘柄を物色する動きが見られますが、AI投資の「史上最大の作戦」ともいうべきスターゲート計画は、米国にAI覇権をもたらす決定打となるのでしょうか。

1.進撃のAI投資「スターゲート計画」

■トランプ大統領はソフトバンク・グループの孫正義会長兼CEO、オープンAIのサム・アルトマンCEO、オラクルのラリー・エリソン共同創業者兼会長らと共に会見に臨み、総額5,000億ドルをデータセンターなどのAIインフラに投資するスターゲート計画を発表しました。

■新たに設立される新会社では、ソフトバンク・グループが資金調達を担当、オープンAIがプロジェクトの運営管理を行い、更にAI半導体のエヌビディア、マイクロソフト、半導体設計のアーム・ホールディングス、そして、アブダビ政府のハイテク投資ファンドMGXなどが計画に参画すると発表されました。

■スターゲート計画に投じられる総額5,000億ドルの資金は2024年度の米連邦政府予算約6.9兆ドルの約7.2%に相当し、タイ、アラブ首長国連邦、イスラエル、シンガポール、ノルウェーといった国々の名目GDPに匹敵する規模になります。そんな途方もない巨額のAI投資の発表を受けて、市場では会見に同席したソフトバンク・グループ、オラクルを始めとする関係企業や、AI関連株を物色する動きがみられます(図表1)。

■トランプ新政権は過去に例を見ない規模の巨額投資により、社会、経済、安全保障といった各分野で今後決定的に重要性を増してくるAIの開発競争で世界をリードし、「AI界の巨人」として君臨すべく手を打っているように見えます。

2.米国の国家戦略と連動する「スターゲート」

■報道などを見ても、そのけた外れの投資規模にばかり焦点が当たりがちですが、注意しなくてはならないのはトランプ新政権の繰り出す様々な政策が、このスターゲート計画と緻密に連携・連動するよう練られていることです。

〈「電力」という戦略物資〉

■スターゲート計画はAI開発に不可欠な大規模データセンターに投資を行いますが、データセンターの稼働には莫大な電力が必要となります。米エネルギー省(DOE)が所管する研究所の報告書では、米国のデータセンター向け電力需要は、2023年の約176TWh(テラワット毎時、電力総需要の約4.4%)から2028年には最大で約580TWh(同12.0%)まで急増することが予想されています(図表2)。

■トランプ新政権は規制緩和によりバイデン前政権が差し止めていた資源開発や発電所の新設・再稼働などを促進し、大量の電力を安価に供給する事を目指しています。こうした施策は、石炭の供給不足や渇水による水力発電の不安定さに悩まされていると報じられている中国に対して、AI開発競争における米国の大きなアドバンテージとなりそうです。

■スターゲート計画が最初に建設するデータセンターは、全米最大の石油・天然ガス産地であるテキサス州に設置される予定です。油田の近くにデータセンターと発電所をセットで開発・建設できれば、AI開発のボトルネックになりかねない「電力」の問題を解消するとともに、燃料の輸送コスト、送変電設備の建設コスト、送電ロスの発生などを抑えることで、コスト競争力も極めて高くなることが予想されます。

〈関税による製造業の米国回帰〉

■トランプ大統領は製造業の国内回帰を促進するため、外国からの輸入品に一律10~20%の関税を課すことを検討中と伝えられています。その戦略的重要性が指摘されている半導体の輸出入を見ると、米国は金額で約570億ドルの半導体を輸出する一方、約725億ドル相当の半導体を輸入していて、貿易赤字は約155億ドルに達しています(2023年)。特にAI向けの画像処理半導体(GPU)などの回路の細かい最先端の半導体は、その殆どを台湾から輸入しており、貿易赤字の主因の一つとなっています。

■トランプ大統領はこれまで、「台湾積体電路製造(TSMC)がアメリカの雇用を奪った、台湾は米国にもっと『保護費』を払わないといけない」と発言する一方、バイデン前大統領のように有事の際の台湾防衛を明言していません。こうしたトランプ大統領の言動には、関税や地政学リスクを突き付けることで、TSMCによる先端半導体の生産を米国へシフトさせようとする意図が伺われます。

■半導体の製造には、洗浄に使う大量の水に加え、データセンターと同様にクリーンルームを運用するための膨大な電力が必要とされています。つまり、トランプ政権は、関税、台湾政策、そして安価な電力の供給により最先端の半導体生産を米国内へシフトさせ、米国が生産したAI向け半導体を搭載したサーバーをスターゲート計画で建設したデータセンターに大量に設置し、トランプ大統領が会見で発言したように「Technology of artificial intelligence all made in USA(AIのテクノロジーは全て米国製にする)」という政策を実行に移し、AI開発で生じる付加価値を独り占めしようとしているように見えます。

〈「DEI」廃止の戦略的意味〉

■トランプ大統領は公的機関でのDEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包摂性、の頭文字をとったもの)と呼ばれる社会の多様性確保の取り組みを、全面的に廃止する大統領令に署名しました。こうしたDEIの代表的な措置の一つに、入試、採用、昇進などに際して人種などの要素を考慮するアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)があります。ちなみに、米連邦最高裁判所は2023年6月に、大学入試でのアファーマティブ・アクションを違憲だとする判決を下しています。

■アファーマティブ・アクションが問題視される一つの理由に、アジア系学生への逆差別の問題があります。例えば、米国立教育統計センター(NCES)によれば、米国の大学入試の共通テストにあたるSATの平均点は、アジア系が1,219点、白人1,082点、アフリカ系908点、ヒスパニック系943点と結果にばらつきがみられます(図表3)。

■そして、入試でアファーマティブ・アクションの調整が行われると、アジア系の学生は高得点でも不合格となる一方、アフリカ系やヒスパニック系の学生は低い点数でも合格する「逆転現象」が生じることとなります。こうした「逆差別」とも受け取られかねない措置が米国の国益を脅かしかねないのは、理数系に強いとされるアジア系の若者の活躍なしに、現在の米ハイテク業界の繁栄は考えにくいと言えるためです。

■例えば、マグニフィセント7の経営トップの顔ぶれを眺めると、アルファベット、マイクロソフト、エヌビディアの3社のCEOがアジア系です。また、半導体メーカーのAMDやブロードコム、大手ソフトウェア会社のアドビなどでも、アジア系の経営者がトップを務めています。また、AIの研究で2024年のノーベル化学賞を受賞したグーグル・ディープマインド社のデニス・ハサビス博士は、キプロスと中華系シンガポール人のハーフです。また、アップル創業者のスティーブ・ジョブズの父親はアジア人(シリア人)であることが知られています。米国の人口に占めるアジア系の比率は現在約7%とされていますから、人口比で考えてもその活躍は否定できないと言えそうです。

■こうして見ると、トランプ大統領はDEIを禁止することでアジア系の若者への不公平な扱いをやめさせ、彼ら、彼女らの能力を最大限発揮させることで、米国のAI戦略を推進しようとしているように見えます。

〈「情報」と安全保障〉

■「力による平和」を標榜するトランプ大統領にとって今回のスターゲート計画は、①AI開発の加速による防衛装備の高度化と、②情報収集・データ管理の強化、という2点から極めて重要と言えそうです。①防衛装備の高度化については、AIを活用したデータ解析・作戦立案、精密な誘導兵器の運用、自立したAI兵器の開発などが挙げられます。そして、最先端のAIサーバーがずらりと並ぶ大規模なデータセンターを米国内に持つことは、②情報収集とその漏洩防止の観点から極めて重要と言えそうです。

■昨今、中国のIT企業バイトダンス社傘下の動画共有アプリ、TikTokの米国内でのサービス提供が大きな問題になっているのは、米国人の個人情報が中国企業や政府によって収集されることへの懸念があるとされています。また、日本でも、大手インターネット企業傘下のチャットアプリのデータが韓国内のサーバーで保管されていたり、中国の業務委託先が個人情報にアクセスできる状態になっていたことが、安全保障上の問題だとして報じられたことが有りました。

■つまり、大規模なデータセンターを米国内に建設し、AIに関する技術や様々なデータを物理的に米国内に留めることで、外国勢力への情報漏洩を防ぐとともに、諸外国の研究者が米国内のAIサーバーを利用して研究をすることで世界中の情報を米国に集めて「情報戦を有利に進めることができる」、とトランプ政権は考えているのではないでしょうか。

3.スターゲート計画に漂う一抹の不安

■「ヒト、モノ、カネ」を潤沢にそろえ、「情報」を管理することでもはや「死角なし」に見えるスターゲート計画ですが、心配事がないわけではありません。というのも、①これだけの巨額の投資資金を集めることができるのか、②超巨大ファンドが高いリターンを上げることができるのか、そして、③ソフトバンク・グループのこれまでの中国向け投資とのハレーションが生じないのか、といった点について、心配せずにはいられないからです。

〈巨額の資金調達、巨大ファンドの運用、そして中国との関係〉

■イーロン・マスク氏が既に疑問を呈していますが、ソフトバンク・グループとしても5,000億ドルの運用資金を集めるのは容易ではないでしょう。スターゲート計画ではソフトバンク・グループやオープンAI社などが新会社に約450億ドルの資金を出資し、総額約5,000億ドルの投資資金の大半は外部資金で賄うものと報じられています。

■ちなみに、2017年にソフトバンク・グループが設定したソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)1号の投資額は約895億ドル、2019年設立の同2号ファンドは同約536億ドルにとどまっています。確かに、AIという新しい投資ストーリーへの期待感はあるものの、2号ファンドの9倍超にもなる資金を集めるのは、いかにソフトバンク・グループといえども並大抵のことではないでしょう。

■また、仮に5,000億ドルの投資資金を集めることができたとしても、高いリターンを上げることは決して簡単ではないでしょう。例えば、株式投資の世界でも投資資金が大きくなると流動性の問題から投資対象が限られるようになり、高いリターンを上げることが困難になります。ちなみに、SVF1号、2号のこれまでのパフォーマンスを見ると、当初目論んでいたような高いリターンを上げるまでには至っていないようです。スターゲート計画ではその投資規模はさらに巨大化することから、投資家が期待するようなリターンを上げることは更に困難になるものと思われます(図表4、2024年9月時点)。

■そして、最も気掛かりなのが、ソフトバンク・グループがこれまで行ってきた中国向けの投資との関係です。同社傘下のSVFは、中国の配車アプリ、インターネット保険、ヘルスケアアプリ、フィンテック、トラック配車アプリ、配食サービス、教育ビジネス、動画共有アプリ、自動車売買など多種多様な企業に投資をしています。そして、ソフトバンク・グループ全体で保有する約33兆円の株式のうち約7%が中国株となっています(図表5、2024年9月時点)。

■SVFのナブニート・ゴビル最高財務責任者(CFO)は大手通信社へのインタビューに答えて、「SVFの幅広い投資先をつなぐことでAI企業群のエコシステムを構築し、投資プラットフォームとしてシナジー効果を発揮させる」としています。こうしたソフトバンク・グループの強みは、米国政府が良い顔をしない可能性があります。なぜなら、スターゲート計画の投資先が中国企業を含むSVFのエコシステムとの関りを遮断できないのであれば、最先端の半導体の対中輸出規制を行い、AI開発で中国と覇権を競う米国の国家戦略と、深刻な齟齬が生じかねないからです。

〈まとめに〉

5,000億ドルもの巨費をデータセンターなどのAIインフラに投じるスターゲート計画は、AI界の巨人としての米国の地位を盤石にしようとする野心的な計画で、株式市場もポジティブな反応を見せています。トランプ新政権の各種の政策とスターゲート計画は互いに有機的に作用し合いながら、「ヒト、モノ、カネ」を潤沢に投じる米国得意の圧倒的な物量作戦となりそうです。

とはいえ気がかりなのは、投資規模の大きさに起因する①資金調達のハードル、②投資リターン確保の難しさ、そして、③過去のソフトバンク・グループによる中国向け投資とのハレーションの可能性です。そもそも、スターゲート計画自体が対中戦略の性格を強く帯びるものであることから、難しいかじ取り、調整が予想されます。

※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。

※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『進撃のAI投資「スターゲート計画」 史上最大の作戦がもたらす「恍惚と不安」【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】』を参照)。

白木 久史

三井住友DSアセットマネジメント株式会社

チーフグローバルストラテジスト

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