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日産トップガンが語る GT-Rの真実(3)テストドライバーに必要な素養、それは我慢

&GP / 2017年6月24日 7時0分

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日産トップガンが語る GT-Rの真実(3)テストドライバーに必要な素養、それは我慢

日産自動車のテストドライバーは、約1000名という大所帯。その頂点に君臨するのが“トップガン”の異名を持つ加藤博義さんと松本孝夫さん。

そんなおふたりの“仕事着”といえば、なんといってもレーシングスーツです。特製デザインが施されたスーツは、テストドライバーという過酷な仕事には欠かせない重要なアイテム。

そんなレーシングスーツに刻まれたNISSANのロゴは、自動車メーカーの威信をかけて新車開発に挑んでいることの象徴であり、若手テストドライバーに自覚とプライドを持って仕事に臨んで欲しい、との思いから、加藤さんが社内規定を変えさせてまでこだわったポイントなのだとか。

そんなプロ意識の高いおふたりは、なぜテストドライバーという職を選び、どのようにして自らのテクニックを磨いてきたのでしょうか? 今回は、GT-R開発のキーパーソンであるおふたりの、人物像にスポットを当てます。

ーー現在、日産自動車にはテストドライバーの資格を有する方が約1000名いらっしゃるとうかがいました。おふたりは、後進の育成といったお仕事もされているのですか?

加藤:私は、日産アカデミードライビング&テクノロジーという部署でスーパーバイザーを務めている関係で、指導に当たる機会が多いんです。でも松本は、いまだ現役。最前線でGT-Rプロジェクトを担当しながらですから、指導するのはなかなか難しいようです。なので彼とは「そろそろ次世代の育成にも力を入れなきゃね」という話はしています。具体的にいえば、GT-Rを開発できるテストドライバーですね。もちろん、かなり厳しい仕事だと思いますよ。私と松本は好きでGT-Rをやってきましたけどね(笑)。

ーー日産自動車は、コンパクトカーからSUV、スポーツカーまで、幅広いラインナップを展開していますが、例えば、テストドライバー資格の最上位“AS”を取得されている方でも「マーチ」をテストする機会はあるのでしょうか?

加藤:もちろんありますよ。例えば“高速耐久”という試験において、最高速度の8割くらいで連続走行するケースがあるのですが、それはASの人間も担当しています。

松本:私も担当しました。耐久性をチェックする部門にいた頃、“連続高速”という試験項目があり、高速周回路をずっと走っていました。最後に担当したのは、S130型の「フェアレディZ」だったかな。私の経験の中で初めて200km/h以上出したのは、その試験でしたね。

ーーそんな日産自動車を代表するテストドライバーのおふたりは、そもそも、どうしてテストドライバーという職業を選ばれたのでしょうか?

加藤:私は秋田県の出身で、16歳の時に横浜にあった日産工業専門学校という企業内学校に入校しました。当時は8学科あったのですが、私が選んだのは自動車科。クルマが大好きで、とにかくクルマに乗りたかったのですが、どうすればテストドライバーになれるのか、といったことまでは、まだよく理解できていませんでした。

実家には、マツダのオート三輪があったのですが、ぐずってる時も、そのエンジンをかけて聞かせれば泣き止む、というような子供だったそうです。父が所有するバイクやクルマを見ているうちに、物心が付く頃には、自然と機械好き、クルマ好きになっていました。

そして中学生の頃、梶山季之さんの小説『黒の試走車』を通じ、自動車メーカーにはテストドライバーという仕事があると知りました。あとは、サファリラリーやモンテカルロラリーを走っていた、濃い赤のクルマがなんともカッコよく見えたんです。今思えば、それはS30 フェアレディZと510型の「ブルーバード」だったのですが、あの2台には本当に、少年時代の私の胸を打つものがあったのです。

でも、そうやって意気揚々と入校したというのに、自動車の運転免許を取れなかったんですよ。在校生には免許を取らせない、というのが学校の方針だったので。それなのに、3年生になると、日産自動車での実習で自動車整備のイロハを学ぶんです。毎日うずうずしていましたよ(苦笑)。なので、職員室へ行くたびに「実験部に行きたいです!」と猛烈にアピールしていました。

ーーその願いどおり、実験部に配属となったのですね?

加藤:晴れて、運転免許証を持たない若造が、実験部へと配属になりました! さすがに前代未聞だったみたいですよ。何しろ、上司にいわれた最初の言葉は「免許とってこい!」でしたから。今にして思えば、当時の上司らは困ったでしょうね。免許もない、クルマを運転したこともない人間を、何に使うんだ!?…って(苦笑)。でも、職場の皆さんには本当にかわいがってもらいました。

ーー実験部に配属されて、そこでドライビングテクニックを磨かれたのですか?

加藤:私は松本とは正反対なんです。彼は自分でラリー競技に参戦し、そこでひたすら腕を磨いた。対する私は、免許がない。よくいえば、運転については純真無垢でした。

そして、私に運転を教えてくれたのは、プロのドライバー。それも、テストドライバーというとびきりのプロです。第一線で活躍するテストドライバーたちが、代わる代わる私の隣に乗ってくれて「クラッチ操作はこう…、ハンドル操作はこう…」と教えてくれたんですよ。中には厳しい人もいましたが、忙しい仕事の合間を縫って教えてくれたので、私がスムーズな運転さえ心掛けていれば、うとうとと居眠りを始めてくれるんです。その時、できるだけ怒られないよう頑張ったことで、結果的に、スムーズなドライビングが身についたのかもしれません(苦笑)。

ーーでは、今度は松本さんがテストドライバーになられた経緯を教えてください。

松本:私は栃木県の出身で、地元の学校を卒業した後、自動車ディーラーに就職し、1年半くらいメカニックの仕事をしていました。その後、別の自動車整備会社に転職し、しばらく整備士をしていたのですが、ある時、叔父が日産自動車の人材募集広告を持ってきたのです。内容は、クルマの試作と実験のスタッフ募集でした。ちょうど当時は、排出ガス規制が強化されたばかりの頃で、人手が足りなかったんでしょうね。ちょうど私が20歳の頃です。

今にして思えば、幼い頃からエンジンやメカが大好きでした。ラジコンカーやバイクを分解しては組み直し、ということを繰り返しやっていましたからね。18歳でクルマの運転免許を取ってからは、クルマのエンジンを自分でバラし、それをまた組み直す、ということが楽しくてしょうがありませんでした。本当に好きだったんですね。

そして当時、ラリーに参戦していた先輩の影響で、私も免許を取ってすぐラリーを始めたんです。日産自動車に入社してからも、休日はもっぱら、ラリーに参戦していました(苦笑)。そして、R32 GT-Rの開発に携わった時に「これは速い!」と感動し、デビューしたてのGT-Rを全日本のダートトライアルに持ち込んだのです。サーキットでも速かったけれど、R32はダートラでも速かった! 実はその後、R33 GT-Rでもダートラ用マシンを製作したのですが、ちょうどいいサイズのタイヤが販売中止となってしまい、泣く泣く参戦をあきらめました。

ーーご自身でマシンを製作されるのは、何か理由があったのでしょうか?

松本:速く走るためには、ドライビングスキルはもちろん重要ですが、メカニズムの知識も同じくらい重要なんです。自分でマシンを製作し、レースやラリーの本番で実験する、というのが、私は根っから好きなんでしょうね。もしかしたら、他人の腕を信用していなかったのかもしれません(苦笑)。でも、自分の手でマシンを組むようになって以降、何かクルマにトラブルが発生した時も、運転しながら「あ、あそこがこうなったな…」と推測できるようになりました。

ーー松本さんは当初から、栃木のテストコースに配属されたのですか?

松本:そうです。私の最初の仕事は、810型ブルーバードの耐久走行でした。エンジンとパワートレーンのチェックが主な内容で、決められたパターンで走らせるという内容でした。例えば、1速で7000回転まで引っ張って、2速でまた7000回転まで引っ張る…といったことを、延々と繰り返していたんです。

ふたりがペアを組み、それぞれ30分ずつ、交代で行う項目なのですが、クルマの寿命を想定し、昼夜24時間体制で、ひと月くらい延々と続けるのです。そうやって、エンジンの耐久性、オイルの消費量、パワートレーンの耐久性などを徹底的にチェックしました。そして、想定した距離を走り終えると、今度はクルマをバラバラにし、ギヤの減りやベアリングのガタツキなどをチェックする、というのが、入社して最初に与えられた仕事でしたね。

加藤:私は最初、神奈川の追浜にあるテストコースに配属され、その後、東京の村山テストコースに異動しました。なので当時、松本とは面識がなかったんです。1988年に栃木へ転勤となった際に初めて「松本っていう同い年の変わり者がいる」という話を聞き、その存在に気づいたくらいです。

今でこそ日産自動車は、すべての車種のテストを栃木のテストコースで行っていますが、かつては“村山”、“追浜”、“栃木”というテストコースごとにそれぞれ流派があり、それぞれの交流はほとんどありませんでした。担当するプロジェクトが、例えば、同じ810型ブルーバードでも、松本は耐久、私はハンドリングと乗り心地といった具合に、コースごとに異なっていましたからね。ただ、松本は初めて会った時に、不思議と同じニオイがしたんですよ。だから今でも、彼とは馬が合うんでしょうね(苦笑)。

ーーおふたりがいっしょに開発された、思い出のクルマはありますか?

加藤:やはり、R34 GT-Rでしょうね。810型ブルーバードは、互いの存在を知らないまま同じクルマを担当していただけだし、R32 GT-Rも、いっしょに開発したといえば間違いではないですが、部署自体は異なっていましたからね。

スカイライン GT-R(R34)

もちろんR32の頃は、すでに彼の存在は知っていましたよ。それに、自らクルマをバラせる腕を持った人間なので、何が起きるか分からないような重要なテストの時は、信頼して任せていました。

松本とは年齢や学年が同じ、ということもありますが、仕事でもプライベートでも、ここまでいいたい放題やれる相手というのは、私にとっては彼しかいませんね。私のことを変わり者だと思っておられる方が多いようですが、本当は松本の方が分別ない人間なんです。テストも2ドアのモデルしか担当しませんしね(笑)。

ーーおふたりが信頼し合える仲になれたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

加藤:決定的だったのは、1990年からいっしょにレースを戦ったことでしょうね。互いにわがままなのは認めます。ただそれでも「松本のいうことだったら仕方がないな」と思うことはありますね。

松本:フェアレディZを開発していた時は、加藤はシャシー専門の部署にいて、私は商品性実験の担当でした。なので、加藤が仕上げた足まわりを目標どおりにできているかどうかを確認するのが私の役目だったのですが「彼が作るものなら間違いない」と感じていましたね。

ーー逆に、互いの仕事にダメ出しをした経験などはありますか?

松本:まだちょっと煮詰めが足りないな、と感じたことはあったかな(笑)。

加藤:それはもう、乗るたびに、ですよ。100%の自信はなくても、我々にはハンドリングの専門家だというプライドがある。私には私の、そして、松本には松本の見方、評価があるんです。ただ、クルマ全体として見た時の商品性などを的確に指摘してくれるので、彼の意見はとても尊重しますね。

ーーさて、最近のおふたりでの仕事といえば、やはりR35 GT-Rを外すわけにはいきません。GT-Rのようにニュルブルクリンクでのタイムアタックや、300km/hという速度域が目標になってくると、テストドライバーも従来とは異なる緊張感を強いられるのではありませんか?

松本:我々がドライブするのは試作車なので、何が起きても不思議ではありません。そういう意味では、整備をつかさどるメカニックがきちんとクルマを見てくれているかどうかも重要です。整備自体の腕もさることながら、人間性を見て「コイツの組んだクルマなら大丈夫」と納得できない限り、安心して走れません。

加藤:おかしな話に聞こえるかもしれませんが、私はテストコースを走る試作車を信じていません。信じ切ってドライブしていて、万一、何かが起きた時「え! 来ちゃったの?」と思うか、何かが起きることをあらかじめ想定していて「ほら、来た!」と思うか。それによって対処の方法やスピードが大きく異なりますからね。

我々の仕事は、発表前のクルマをテストすること。あくまでテストですから、いつも100点満点のクルマをドライブできるわけではないのです。その日に乗るクルマが50点なのか、60点なのかは分かりませんが、足りないところがあるクルマなら、何か起きた時でも「ほら、来た!」と思えるくらいでなければ、命がいくらあっても足りません。

でも、お客さまに完成した製品をお渡しする時には「え!」なんてことが起こってはいけません。だから我々は、入念なテストを繰り返すのです。

ーー今までに「ほら、来た!」といったトラブルに遭遇されたことはありますか?

松本:万全を期していてもクルマは機械ですし、テストでドライブするのは試作車ですから、もちろんゼロではありません。実際、ニュルでもタイヤを留めるハブボルトが折れ、走行中にタイヤが1本外れて飛んでいった、なんてことがありました。そのほか、エンジンや燃料系などの細かいトラブルは、数え切れないくらい経験していますよ。

そういえば、R35 GT-Rの開発時は、タイヤのバースト試験という前例のないテストを担当しました。これは、サスペンションを“トーアウト”の状態で走らせてタイヤに負荷を掛け、発熱させるというものです。トーアウトはタイヤが発熱しやすくなり、バーストの危険性が高まるため、市販車では絶対に設定してはいけない状態。ですが、実際にその状態で走ってみるとタイヤにどんなことが起きるのか、それを確かめるのも我々テストドライバーの仕事なのです。

加藤:やはりサーキットでのテストは、過酷ですね。実は以前、レーシングドライバーがドライブ中、タイヤがバーストしたことがあったのです。もちろん、タイヤメーカーの技術者は「バイブレーションが出たらスピードを抑えて下さい」と注意していたのですが、レーサーは振動に気づくことなくそのまま走行し、結局、タイヤがバーストしてしまったのです。

そこで、実際にバイブレーションが起きているのかどうか、私自身が確認のためにコースインしてみると、270km/hくらいでかすかな振動を感じたのです。でも、270km/hで走行中の振動なんて、よほど気をつけていなければ分かりませんし、その速度域ではまだ何も起きない。でも何かが違う、きっと何かがあると思い、タイヤを組み替え、もう一度コースへ出ていくと、やはり同様に、微かな振動を感じたのです。

そこで、タイヤメーカーのスタッフにタイヤをチェックしてもらうと、走行中にできたものなのか、トレッド部に5mmほどのキズを発見できたのです。それ以上走っていたら、バーストしていたかもしれません。でも、神経を研ぎ澄ましてドライブしていると「何かが違う」と分かるんですよ。「ほら、来た!」と。

ーー豊富な経験をお持ちのおふたりからご覧になって、今の若いテストドライバーの方々に足りないものってありますか?

加藤:先ほど挙げたトラブルはほんの一例に過ぎませんが、中にはそういった危ない思いをしたことのないドライバーもいます。すると、お客さまに渡しているクルマと同じメンタリティでテスト車両をドライブしがちなんですね。それが当たり前になり、クルマを信じきっていると、いつの日か危ない目に遭うんですよ。心構えがあるのとないのとでは、とっさの時に歴然とした差が生じるんです。

あとは、車種に関しての経験も必要でしょうね。私はコンパクトカーのマーチも、海外向け大型SUVの「パトロール」も担当していますが、そういった経験はすべてムダにはなっていません。いろんなクルマの経験なくしてGT-Rの開発ができるか、というと、恐らく無理でしょうね。

松本:その辺りは、単純にドライビングテクニックだけの問題ではないので、本当に難しいんですよね。

ーー経験豊富なおふたりからご覧になって、テストドライバーに必要な素養とはなんでしょうか? 速く走れる腕でしょうか?

加藤:我慢できること、ですかね。クルマが好きなら好きなほど、我慢が必要です。

松本:耐久試験なんて、本当に我慢の連続です。数カ月で市場換算距離にして数十万km走ったのと同じくらい、走り続けなくてはならない部署もありますからね。

加藤:自動車メーカーですから、もちろん社内にクルマ好きはたくさんいるんですよ。でも、マーチから「キャラバン」、輸出用のパトロールまで、すべてのクルマが好きという人は、むしろ少ない。例えば、「スカイライン」が大好き! という人でも、ある時はずっとキャラバンをドライブしなければならない。「クルマには乗りたいけれど、これには乗りたくない」というワガママは、テストドライバーには許されませんからね。

ーー近い将来“トップガン”であるおふたりがリタイアされた場合、日産自動車のテストドライバーはどうなると思いますか?

加藤:全く心配していません。優秀な人間が必ず出てくるはずです。次の時代に必要とされる人間が絶対に出てきます。

クルマの開発って、独立独歩なんですよ。今の実験部の形態は、我々が日産自動車に入った頃、昭和40年代の終わり頃に出来上がったものです。かつては、自動車工学を指導しておられた大学教授の方が作られた試験機を活用し、テストしていたのですが、それを日産自動車のエンジニアが分解・研究し、どういうデータをどのようにして採れば、クルマの性能を数値で示せる、とシステム化したのです。

同様の研究は、当時、他社でも行われていたと思います。でもかつては、メーカーどうしの交流なんてもちろんなく「ウチはこういうデータを採っています」といった技術交流が本格的に始まったのは、21世紀に入ってから。そうやって、時代は変わっていくものなんです。

もちろん、仕事ですしライバルですから分別はわきまえますが、若いテストドライバーとともに、他社のテストドライバーとニュルで食事に出掛けることもあります。そういう交流の中から、新しい世代を担うテストドライバーが出てくると思うんです。きっと我々が“ああだこうだ”といわない方がいいんですよ。必要な時が来れば“次世代のトップガン”がきっと頭角を現すはずです。(Part.4へ続く)

(文/村田尚之 写真/村田尚之、日産自動車)

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