新発想モビリティILY-Aiから見えた、未来の乗り物の可能性と“あるべき姿”
&GP / 2018年3月9日 19時0分
新発想モビリティILY-Aiから見えた、未来の乗り物の可能性と“あるべき姿”
近年、自動車メーカーだけでなく、さまざまなジャンルの企業が開発に鎬(しのぎ)を削っている“パーソナルモビリティ”や“超小型モビリティ”。昨2017年の東京モーターショーにおいても、2輪タイプや3輪タイプ、立ち乗り式や車いす式など、多彩なモデルが展示されていました。
中でも、アイシン精機のパーソナルモビリティ「ILY-Ai(アイリー・エーアイ)」は、スタイリッシュなデザインと先進的な安全機能が話題となった1台。
一見すると、小型の3輪電動スクーターのようにも見えるILY-Aiですが、乗車モードの“ビークル”、立ち乗りスタイルの“スクーター”、荷物の運搬に便利な“カート”、コンパクトに収納するための“キャリー”と、4つの形状にトランスフォームする多機能でちょっとユニークな乗り物なのです。
現在、実用化に向けて開発が進むILY-Aiは、2018年1月29日から2月23日まで、愛知県蒲郡市にあるラグーナテンボスの指定エリアで、一般来場者向けに実証実験(試乗会)を実施。そして、3月5日から(3月30日まで)は実証実験エリアを拡大し、ILY-Aiを使った園内ガイドツアーがスタートしています。今回は、実証実験中のILY-Aiが「どのような乗り物なのか」、「どのような発想から誕生したのか」を探ってきました。
■搭乗型移動ロボットへの発展も視野に開発中
さて、アイシン精機と聞いて「自動車用トランスミッションのメーカー」とか「トヨタグループの…」と思いついた人は、かなりのクルマ趣味人かもしれません。確かに、オートマチックトランスミッションやマニュアルトランスミッションはグループを代表する製品ですが、今回のILY-Aiの開発からも想像できるとおり、それはアイシン精機、アイシングループが持つ顔の一面に過ぎません。
自動車関連では、ブレーキやエンジン部品に始まり、パワースライドドアやドアハンドルといったボディ関連、センサーやナビシステムなどの電装パーツに至るまで、開発・製造を行っており、世界中の自動車メーカーに供給しています。さらに、ベッドやマットレス、家庭用ミシン、シャワートイレといった住生活関連製品を手掛けるほか、過去には、電動車いすなどの福祉関連機器にも携わるなど、実に多彩なジャンルで事業を展開しているのです。
新規事業にも積極的な取り組みを見せるアイシングループですが、今回のILY-Aiはといえば、電動車いすに関する産学協同プロジェクトをきっかけに開発がスタートしたのだとか。アイシン精機 イノベーションセンターの細井広康さんはこう説明します。
アイシン精機 イノベーションセンター 細井広康さん
「センサーを使った安全機能の開発を、産学協同プロジェクトとして行っていたのですが、車いすだけでなく、新しいモビリティにもチャレンジしよう、というのが、ILY-Ai開発のスタートでした。“シニアカー”と呼ばれる高齢者向けの電動車を使うほどではないけれど、長距離を歩くのは疲れるというアクティブシニアもいらっしゃいます。また、大きなテーマパーク内の移動は、若くて健康な方でも疲れますし、重い荷物を運ぶというシチュエーションもあるでしょう。このILY-Aiは、ご高齢の方が気軽に外出できることももちろん意識していますが、誰にでも乗ってもらえる、使ってもらえる、そして、カッコいいと思ってもらえるようなスタイルを追求しました」
確かに、白と黒のボディは軽快感があり、スリムなボディもなかなか未来的でクールな印象です。実はILY-Aiの“ILY”とは“Innovative Lifestyle for You〜革新的なライフスタイルをあなたに〜”の頭文字で、そこにアクティブとインテリジェントの頭文字“A”と“i”をプラスしています。
現在、実用化されているパーソナルモビリティといえば、高齢者を対象としたシニアカーと、「セグウェイ」に代表される、若者やレジャー向けのパーソナルトランスポーターに二極化しつつあります。「機能最優先でデザイン的には…」、「レジャー感が強すぎて…」というのは極論かもしれませんが、良くも悪くもアクが強すぎるのも事実でしょう。
対して、ILY-Aiが目指しているのは、そうした枠にとらわれない、多くの人の生活に溶け込む革新的なモビリティ。そのために、先進的でシンプルなデザインはもちろん、高度な安全機能にもこだわっており、飛び出した人や障害物を検知すると停止する自動ブレーキを搭載するほか、運転操作においても、扱いやすいインターフェースを採用しています。
「電動車いすが開発の発端でしたので、特に安全機能は重視しました。車いすやシニアカーでは、路肩に脱輪したり、溝にはまったりといったアクシデントが起こるケースもあるのですが、やはり高い安全性が備わってこそ、ユニバーサルなパーソナルモビリティだと思うのです。そのため障害物検知のために“3Dレーザーレンジセンサー”という高性能センサーを搭載しました。これは、前方の障害物までの距離だけでなく、形状も捉えられるほか、夜間でも使用できるセンサーです。これにより、障害物や人の飛び出しを認識できるだけでなく、どの程度の段差なら車両を進められるのか、停止させるのかという微妙なコントロールも行えるのです。
現在の仕様では、前進/後進を右手のところにあるスイッチひとつで操作できるのですが、これも簡単な操作に重きを置いた設計です。また、旋回操作はハンドルで行いますが、ステアリング機構ではなく、左右両輪の回転差で回るようにしています。ステアリング式で車輪の舵を切るのは王道ですし、構造も単純なのですが、対向2輪の回転差を使って回ると小回りが利くので、狭い場所でも扱いやすいのです」(細井さん)
実証実験によって集めたデータや試乗会で得られた意見を参考に、まだまだ改善していく必要があるというILY-Aiですが、人が乗るために「まずは安全ありき」というのは、自動車メーカーの流れを汲む企業らしい思想といえるでしょう。また、こうしたシステムの開発はもちろん、電動車いすに関する情報や技術、車体に使用されるアルミ材の加工や構造設計も、アイシングループがこれまで自動車部品製造で培ってきた歴史やノウハウがあってこその賜物だといいます。
しかし、細井さんによると「我々が思い描いている世界感は“ILY-Aiの市販化”だけにとどまらない」のだとか。
「現在、開発しているILY-Aiは、食べ物でいえば“素うどん”といいますか、ベースモデルとしての意味合いも持っています。さまざまなハードルはありますが、我々が目指したい姿のひとつとして、公道での自律走行があります。例えば、任意の場所から『帰れ』という指示を出すと、自動で指定した場所に帰るといったことも開発・検討しています。そうした自律走行の技術や法律が確立されると、ILY-Aiは人の移動だけにとどまらず、配送などのインフラのひとつとして活躍するようになるかもしれません。また、他の交通手段との連携やライドシェアなども考えられるようになるでしょう。
そうなると、ILY-Aiの活用や運用に、AI(人工知能)が必要となります。アイシングループではこれまでも、各部門でAIの研究を行ってきましたが、昨2017年に、東京の台場にAI専門の開発センターを新設しました。将来的に、ILY-Aiが大勢の人がいる中を走行するようになることを考えると、そうしたAI技術の搭載が必要になるタイミングも来るのではないかと思っています」(細井さん)
つまり現状のILY-Aiは、細井さんたちが思い描くパーソナルモビリティの第1歩に過ぎないのです。
「ILY-Aiのサイズや速度などは、国土交通省が新設した“搭乗型移動支援ロボット”というカテゴリーの基準を満たしたものです。現在、特区申請された場所であれば走行できるなど、規制緩和も進んでいるので、できるだけ早い時期に、多くの皆さんにILY-Aiを体験していただきたいですね」(細井さん)
ちなみに、筆者もラグーナテンボスの園内で試乗しましたが、シートやハンドルまわりのガッチリとした作り、迷うことなく操作できるスイッチ類、そして“歩き”と“自転車”の中間くらいのスピード感は、これからのパーソナルモビリティの姿として、とても好感を持ちました。
「2020年の東京オリンピックくらいまでには市場導入したい!」(細井さん)と、鋭意開発と実験が進むILY-Ai。どんなカタチで我々の前に姿を現すのか、今から楽しみですが、その前に、未来の乗り物をいち早く体験してみたいという方は、ラグーナテンボスへ足を運んでみてはいかがでしょうか?
(文&写真/村田尚之)
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