【DS 7クロスバック試乗】確信犯の“悪趣味”はバロック様式からの引用!?:岡崎五朗の眼
&GP / 2018年10月29日 19時0分
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【DS 7クロスバック試乗】確信犯の“悪趣味”はバロック様式からの引用!?:岡崎五朗の眼
2018年に登場したニューカーの中でも、1、2を争うマニアックな存在といえるのが、フランス・DSオートモビルズの「DS 7クロスバック」。
“旧来からのクルマの評価軸”では見えてこない奥深さを秘めた1台ですが、その本当の魅力とは、果たしてどんなところにあるのでしょうか? モータージャーナリストの岡崎五朗さんは、DS 7クロスバックの真価は「フランス伝統の美意識に通じる、いい意味での“悪趣味”の部分」と考察します。
■バロック様式の美意識にも通じるギミック&ディテール
――まずは“旧来からのクルマの評価軸”で評価した際の、DS 7クロスバックの良し悪しを教えてください。
岡崎:走りはなかなか優秀だよね。従来からパワーフィールに定評があり、走っても気持ち良く回る1.6リッターのガソリンターボ、車内にいる限り静粛性が高いディーゼルターボと、エンジンはなかなかハイレベル。そこに組み合わされるトランスミッションも新世代の8速ATで、スムーズかつ良好な燃費を実現してくれる。それに、車内も広々としているし、ラゲッジスペースも大きい。室内空間に不足を感じる人は、まずいないんじゃないかな。
そんな中、あえてこのクルマに「×」を付ける人がいるとすれば、それはデザインじゃないかと思う。例えば、エンジンを始動させると回転しながら文字盤が出てくる、上級グレード「グランシック」に採用されるB.R.M社製アナログ時計や、キーロックを解除したら3つのLEDが紫の光を放ちながら回転するヘッドライトなどは、パッと見ただけで「なんだこれ!? やり過ぎ!」と感じる人がいるかもしれないね。
――確かに、回る時計や動くヘッドライトといったディテールは、個性的という言葉を超えているかもしれませんね。
岡崎:でも個人的には、そういったDS 7クロスバックの、いい意味ので“悪趣味”の部分は、劇的かつ豪華絢爛で活き活きした表現が特徴とされる、バロック様式の美意識にも通じるものだと思うんだ。
バロック様式は、16世紀から18世紀初頭にかけて欧州各国に広まった美術、建築、文化の様式で、それ以前に発展したルネサンス様式と比べ、もっと動きが豊かで華美な表現が多い。特に建築物は顕著で、バロック建築の建物、特に代表的なヴェルサイユ宮殿などは、外から見るとルネサンスの流れを汲む端正なデザインなんだけど、中に入っていけば行くほど演出が豪華になり、それこそ王様の寝室へ行くと、そこが一番ハデという仕立て。時にバロック様式は、演出過剰として批判もされたけれど、実際には、あっという間にヨーロッパ中へと広がっていったんだ。それに近い精神やセンスを、DS 7クロスバックには感じたね。
――始めからそれを意図してのデザイン・設計なのでしょうか?
岡崎:開発陣がそういったことを意識していたかどうか定かではないけれど、やり過ぎで、どこかセンスの悪いものを、カッコいいと評価する文化や歴史がフランスにはあって、わざとセンスを悪くしてそれを楽しむ風潮がある。例えば、フランスのファッションデザイナーであるクリスチャン・ラクロワがデザインした衣装やインテリアなどは、絢爛豪華で非現実的。ものすごく色彩にあふれているよね。そういう美意識を楽しむ文化が、フランスやヨーロッパにはまだ根づいているんだろうね。
同じヨーロッパでも、それはドイツ・バウハウスの対極にある。ドイツ車は今、世界のメインストリームになっていて、例えば、アウディが採用しているムダなラインがなく、シンプルなデザインというのが、いわばカーデザインのお手本にもなっている。そんな中、メインストリームに対抗する価値観をDSブランドが提供してきたのは、個人的にはものすごく価値のあることだと思う。「うわ、何これ!」と思わせるDS 7クロスバックのルックスには、主流の価値観やトレンドへの、一種のアンチテーゼみたいなものが込められているよね。
世界には、DS 7クロスバックに対し「こんな派手なデザインにしたのは、中国マーケットを意識したからでしょ?」と断じる人もいるけれど、イタリアで始まってフランスで完成したバロック様式の歴史を踏まえてこのクルマを見ると、開発陣やフランス人の中には、これを正当に評価する土壌が、しっかりあるんだと思う。
――なるほど。ものすごく奇抜なディテールに惑わされ“DS 7クロスバックはかつてない高級車のスタイル”と捉えがちですが、実はフランスには、このクルマを生み出す土壌というのが、はるか昔から存在していたわけですね。
岡崎:そういう意味でDS 7クロスバックは、フランスの伝統や、昔からある文化を掘り起こしたクルマ、ともいえるよね。フランス、特にパリなどの都市部では「エッフェル塔を作ります」、「凱旋門を作ります」、「ルーブル美術館にガラス製の透明なピラミッドを作ります」といった具合に、昔から定期的に新たな提案が打ち出され「そんな醜悪なものを作るな!」と、ものすごい物議を醸すことがしばしばあった。破壊的な仕掛けを定期的に打ち出すというのは、フランスの人たちの気質なのかもしれないね。そして、新たなものを打ち出す時には「悪評が立つからこの程度に抑えよう」とどこかで妥協するのではなく、それまでにない完全に新しいものを、徹底的に作り込んできたんだ。
――そういう点でDS 7クロスバックも、ドイツやアメリカ、日本の高級車のそれとは、全く方向性が違いますよね。
岡崎:DS 7クロスバックを見ていると、日本を代表する高級車であるレクサスのインテリアは、レクサスというブランド、引いては日本を背負っているデザインなのかな? と考えてしまうよね。何も「障子紙を使え」とはいわないけれど、日本の高級車も今後、演出の方法を考え直すべきタイミングに来ているんじゃないかな。ヨーロッパの人たちが好むけれど、実は日本人には表現するのが難しい“禅の世界”などを、クルマのデザインに採り入れられないものかな、と思うんだよね。DS 7クロスバックの徹底ぶりを目の当たりにして、日本車のことが心配になってきたよ。
■破壊的でなければDSを名乗る意味がない!?
――2015年に誕生したDSブランドですが、これまでのラインナップはすべて、シトロエンの1モデルとして誕生した車種の、延長線上にあるモデルでした。その点DS 7クロスバックは、DSブランド誕生後に開発されたブランニューモデル。新しいモノを打ち出すためにはやはり、徹底しなければ、という意思が働いたのかもしれませんね。
岡崎:しかも、ブランドの起源となったシトロエン「DS」というクルマ自体が、ものすごく先進的で破壊的なクルマだった。その精神を引き継ぐためには、何か破壊的なものを打ち出さなくてはならない。そうでなければDSを名乗る意味がない、と考えられたクルマだったのかもしれないね。
DS 7クロスバックは、そういう強いメッセージが込められたクルマなんだろうね。その文脈からあの時計やヘッドライトを見ると、確固たるバックグラウンドがあるからこそ、思い切ることができたんだと思う。いわば確信犯だよね。
――そうでなければ、あれだけのことはなかなかできないですよね。可動部品が増えるということは、その分、壊れる確率も高くなるわけですから。
岡崎:フランスの自動車ブランドは近年、どちらかといえば質実剛健の実用車しか作ってこなかった。大統領専用車も、シトロエンの「XM」やプジョー「605」といった、日本なら普通の人でも買える、乗れるクルマばかり。そんな国で新たなラグジュアリーカーブランドを立ち上げようというのだから、それなりの強いメッセージがなければ成功しないと思うんだ。
だからこそDSブランドの首脳陣は、フランスの歴史を含めた強みなどを新たなカーブランドに込めよう、と考えたんじゃないかな。特にDSブランドは“夜のパリ”をイメージしたプレミアム、にインスピレーションの起源を位置づけている。だから、DS 7クロスバックのような表現のクルマが登場するのは、必然なのかもしれないね。
――デザイン以外に、DS 7クロスバックからそういった歴史的遺産のようなものを感じるポイントはありますか?
岡崎:それはやはり、サスペンションだろうね。このブランドの起源ともいうべきシトロエンのDSは、1955年に発表されたんだけど、それ以降、多くのシトロエン車に採用され、独特の乗り味を実現してきた“ハイドロニューマチックサスペンション”が初めて本格採用されたクルマだったんだ。
ハイドロニューマチックは、エアスプリングと油圧シリンダー、油圧ポンプを組み合わせた独特の機構だけど、コストや信頼性の面から、2015年に日本で最後の限定車がリリースされたシトロエン「C5」を最後に、採用が見送られていた。
だから「DS 5」がデビューした時の国際試乗会で、エンジニアの人に「ハイドロニューマチックがなくなるみたいだけど、DSブランドには、やはりあのような独創的なメカニズムが必要なのでは?」と尋ねてみた。すると、実は彼らも同じように考えていて「ショックアブソーバーに工夫を盛り込むことで、ハイドロニューマチックのような乗り味を生み出す方法を考えているところだ」という回答だったんだ。
まさにそれが、DS 7クロスバックに新採用された“DSアクティブスキャンサスペンション”なんだよね。カメラで前方の路面状況をスキャンしてダンパーの減衰力を調整することで、“らしさ”あふれる乗り味を実現している。確かにまだパーフェクトとはいえないけれど、そういうトライをしてきたところも、彼らのDSブランドにかける意気込みを感じさせる。デザインと同時進行で、フランス車の伝統を守り抜いているんだよ。
――これまでなかったフランスのラグジュアリーカーのあり方を提案してきた点は、ものすごく注目に値しますね。
岡崎:DS 7クロスバックは、限られた人しか本当の魅力を理解できないかもしれないけれど、心の琴線に触れた人にとっては、まさに他に比べるものがないクルマになりそうだよね。
<SPECIFICATIONS>
☆グランシック PureTech(ガソリン)
ボディサイズ:L4590×W1895×H1635mm
車重:1570kg
駆動方式:FF
エンジン:1598cc 直列4気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:8速AT
最高出力:225馬力/5500回転
最大トルク:30.6kgf-m/1900回転
価格:542万円
<SPECIFICATIONS>
☆グランシック BlueHDi(ディーゼル)
ボディサイズ:L4590×W1895×H1635mm
車重:1700kg
駆動方式:FF
エンジン:1997cc 直列4気筒 DOHC ディーゼル ターボ
トランスミッション:8速AT
最高出力:177馬力/3750回転
最大トルク:40.8kgf-m/2000回転
価格:562万円
(文責/&GP編集部 写真/ダン・アオキ)
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