手紙のような本。38年間愛読した漫画、森雅之『夜と薔薇』ー映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【29】
&GP / 2018年12月31日 9時0分
手紙のような本。38年間愛読した漫画、森雅之『夜と薔薇』ー映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【29】
ネットが一般的になってからというもの、出版業界は大不況である。
情報の類はほとんどネットから無料で入手できるので、雑誌は売れず、休刊が相次ぎ、当然本も売れない。売れないから良いものも作りづらい。
出版社も売れるものを作ろうと、めんどくさい事が書いてない薄っぺらな情報のものを大量に出そうとしたり、お金にまつわる本ばかりが多くなって悪循環だ。そんなギスギスしたご時世なので、大切に持っていたい、長い間手元に置いておきたい、と思わせる「本」は激減したように思う。でも、そんな世の中だからこそ、秘密の宝物のような本は逆に輝きを増すのではないだろうか?
■僕が愛する本
写真の本(マンガ)は、僕が高校1年の16歳(1980年)の時に通信販売で買ったものだ。当時、小さい出版社から小規模で発売されたもので、通常の書店には置いておらず、その出版社から出ていたマンガ雑誌の広告でこの本の存在を知った。そのマンガ雑誌は「ぱふ」と言って、同人誌に近いマニアックな月刊のマンガ雑誌だったが、僕の地元、浜松では通常の書店でも、このマンガ雑誌は購入できた。
そこに連載されていたのが、森雅之さんのマンガで、いつも楽しみに読んでいたのだ。
単行本は通販のみだった。
でも、僕は欲しくなったので注文したのだ。
▲森雅之『夜と薔薇』
特に話らしい話があるわけでもなく、日常の地味な出来事だったり、詩のようなマンガにも思えるけど、大上段に振りかぶった感じはなく、やたら感傷的になる事もなく、また、気取った感じも皆無で、何ともやさしい、それでいてとても楽しくなるような、不思議な読後感の短編集だった。
特に印象に残ったのは、森さんの書いた序文のこの言葉だった。
僕は手紙のような漫画を書きたい。手紙のように嬉しいものをかきたい
当時、この言葉が、とても心に引っかかった。
そして、この言葉を裏付けるような「夜と薔薇」という本…
以来、ずーーっと僕の本棚に居座った。
ごくたまにパラパラとめくって繰り返し読んでは「ふふふ…」と暖かな気持ちになり、まさに嬉しかった手紙を取っておいて、時々、読み返すような、そんな気持ちで、ごく自然に僕の部屋に他の本と共に鎮座していた。
この本を入手して以降、なぜか森雅之さんの漫画の後を追う事もなく、情報も入ってこないままだった。
特に探す事もなく、いつの間にか月日は流れていった。
■それから約38年。
ふっと、あらためてこの漫画を読んで驚いた。
当時からまったく色あせていない事に気がついたからだ。
時代に流される事がなく、とても普遍的な力を感じた。
そして、ある日、このお気に入りの単行本の事をツイッターでつぶやいた。
「手紙のような漫画を書きたい…」
この一文が長年心にひっかかってて、自分も何かを作る時、時々こんな気持ちで作る事がある、という意味の事をつぶやいた。
自分の場合、『由美香』という映画を作った時がまさにこんな気持ちになっていたからだった。
この映画は、林由美香のためだけに作った。
彼女がお婆ちゃんになった時、ゲラゲラ笑って見れるものになれば、それでいいと思った。しかし、それは叶わね夢となった(ここでは詳しくは省く)。
そんな手紙のような気持ちで作ったのは、『由美香』しかなかった。
「手紙」という個人的な文章には邪心がないのだろう。
だから「手紙」というのは個人的な事のはずなのに、実は最も普遍的なものになり得るのでは? と、後で気がついた。
ツイッターではそこまで書かなかったが、「手紙を書く」ように何かを作るのは、とても大切な事なのだろうと思った。
「夜と薔薇」という本は、そんな事を気づかせてくれたと思う。
そんな事を呟いたら、なんと、ツイッター上で森雅之さん本人と繋がってしまった。
森さんは、画家であり絵本作家でもある森環さんと共に、まだまだ現役で活動されていた。
大変失礼ながら、僕は、森雅之さんの後の情報をまったく知らなかったので、もうマンガは描いてないのではないか?と、勝手に思いこんでいたのだ。
とんでもない間違いであった。
やめるどころか、今でも北海道の札幌で、38年前とまったく変わらずマンガを描き続けていたのだ。
その活動は、マンガだけに止まらず、イラストや絵本にも広がっていった。
そして、2017年、過去の子供向けマンガをまとめた作品集『僕の金魚』を出版。僕は、38年前と同じように通販で購入した。
昔とまったく変わっていなかった。
相変わらずの楽しさで、嬉しくなりながらも、しみじみと読みふけった。
その後、北海道へ自転車旅に出た時、森さんご本人にお会いする事になった。
なにせ、自分が16歳の時に最初に知って好きになった作家さんである。
まさか、自分が50代半ばになった時に、こんな形でお会いできる事になろうとは、夢にも思わなかった。
まさに「夜と薔薇」という本は「手紙」のようだ、と思った。
長い長い38年という年月をかけて、ある日突然届いた不思議な手紙のような本。
元々、宝物のように接していた本だったが、さらに輝きを増して、今、僕の目の前に、いつもの珈琲と共にある。
「本」というものは、こんな力があるんだ、と思った。
ネットなどで、せわしなく次から次へと流れては消えていく情報、賞味期限も恐るべきスピードで過ぎ去っていく。
とにかく、終わったら次、終わったら次、の毎日だ。
はたして今、30年以上、力を失わない「本」はどのぐらいあるだろう?
少なくとも、森雅之さんのマンガは、いつだって僕のそばにいて
「まあまあ、美味しい珈琲でも飲んで、ゆっくりしたらいいよ」
と、語りかけてくる。
いつか、いつか誰か、見知らぬ誰かに、素敵な何かを伝えるために、きっと30年でも50年でも、森雅之さんの本はそのまま変わらずに誰かのそばにいるのだろう。
>> 森雅之 公式ホームページ
(文・写真/平野勝之)
ひらのかつゆき/映画監督、作家
1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。
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