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小さな貝にベルトを通したような腕時計。ROLEX SPEEDKING 1940's -映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【31】

&GP / 2019年2月28日 21時0分

小さな貝にベルトを通したような腕時計。ROLEX SPEEDKING 1940's -映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【31】

小さな貝にベルトを通したような腕時計。ROLEX SPEEDKING 1940's -映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【31】

ロレックスの腕時計というと、日本における一般的なイメージは「お金持ちの持っている高いブランド時計」「ステイタス」「超一流な世界最高の時計」などだろうか?
確かに一流で高額ではあるけれど、実際にはどんな時計なのか? 知る人は意外と少ないのではないだろうか?

たぶん自分の感じているロレックスの印象は一般的なイメージとは少しズレている。

ここでは、自分が実際に思うロレックスの腕時計について語りたいと思う。

 

■元祖アウトドアウォッチ

ロレックスは1900年初頭に創業している。スイスの時計産業の中では当時でも新米だったのだろう。創業者のハンス・ウィルスドルフは時計販売のトップセールスマンだったようで、腕時計に何が最も必要なのか? 一般的な視点で理解していたように思われる。

時計は機械ゆえ、技術者の視点だと、どうしても使用者の実際の使用状況より機械そのものの価値に傾きがちなのである。

推測だが、創業者のハンス・ウィルスドルフは、そんな老舗の時計メーカーにおける機械へのステイタス思考に疑問を持っていたのではないだろうか?

それと同時に後発メーカーのため、他に強力な特徴を兼ね備えた腕時計の開発が必要だ、と考えたに違いない。

こうして1926年に生まれたのが、現在でも受け継がれている防水、防塵、完全密閉の構造を持つオイスターケースであった。

他メーカーのものと違い、オイスターケースはステンレスや金無垢の塊を丸ごとくりぬいて中に機械を入れ、リュウズはスクリュー式にねじ込む方式を採用して密閉性を高めている。

当時、そこまで信頼のできる腕時計は無かったのだろう。

 

腕時計の場合「常に外にさらされるアウトドアで使用されるものだ」というのが、ハンス・ウイルスドルフの一つの結論だったと思われる。

つまり、当時のG-SHOCKのようなタフな役割だったのだ。

このタフな時計を広めるため、ロレックスはオイスターケースの腕時計をつけてイギリスのドーバー海峡を泳いで渡ったメルセデス・グライツを広告に登場させて宣伝を巧みに操った。

セールスマンであったハンス・ウイルスドルフの能力が生かされたのだろう。

 

続いて1931年には、オイスターケースに自動巻きの機構を組み込んだオイスターパーペチュアルが開発される。

これは、実際に手巻きのオイスターケースの腕時計を使った使用者が、ねじ込み式リュウズに慣れていなくてリューズを閉め忘れ、そこから水分などが侵入し事故が多発したためだと思われる。

自動巻きにすれば、リューズで巻く機会は激減し、さらに便利に、またリューズのネジ部分の摩耗も防げるという意図だったと思われる。

 

初期のオイスターパーペチュアルは、機械に自動巻きのローターを追加せねばならず、オイスターケースをそのまま使用したため、裏ブタが膨らんだデザインとなった。

これが、後にアンティークウォッチ界で一大ブームとなった、いわゆる「バブルバック」である。

急遽施した苦肉の策の裏蓋の膨らみが、ぷっくりとコロンとして魅力的なデザインとなり、また腕に装着するととても良い雰囲気になるため、大変な人気となったのだ。

 

いすれにしても、このオイスターケースとパーペチュアルと名付けられた自動巻き機構の搭載で、今でも続くロレックスの基礎は完成した。

 

1950年代に入ると、今でも大人気のエクスプローラー、サブマリーナなどが次々と開発され、冒険家、探検家などの使用と宣伝で、徐々に現在の機械式高級スポーツウォッチの代表として、その地位を築いていったのである。

 

■貝にベルトを通したような時計

▲サイドから見るとロレックスのオイスターケースの流線形で貝のような美しさがよくわかる

僕はロレックスの価値はオイスターケースだと思っている。

オイスター(カキ)とはよく言ったものだ。カキのように硬く頑丈な殻で、繊細な内部を守ることができる。それと共にケースの貝のような形状(特に1950年代以前のもの)も美しくモノとしても十分魅力的だ。

この独特のケース形状は他メーカーには無い最大の特徴である。

 

機械ももちろん信頼できるものであり不満は無いが、他メーカーのスパルタンな(例えばパテックやロンジンなど)機械美の良さとは別な部分の価値だと思う。

クオーツ以降はともかく、機械時計しかなかった時代、それなりの値段ではあったものの、雨や汗やほこりを気にせず気軽に使える便利で信頼性の高い腕時計はロレックスが最も優れていたのだろう。

 

日本では’50年代以降に確率されたエクスプローラーやサブマリーナ、GMTマスターなどのスポーツモデルが大人気だが、個人的な意見としては、あのロレックスの標準サイズは日本人には合わないと思う。

大きすぎるのだ。

あのサイズが似合うには、少なくとも背丈は175㎝以上は必要ではないだろうか?
背が高ければ、腕が細くても大きい時計は似合うと思っている。

 

この20年ほど、腕時計はとにかく大きくなり「オレがオレが」と押し出しが強くなる一方で、この傾向に関して自分的には大変疑問に感じている。

’40年代以前は腕時計のサイズは32~34mmぐらいが紳士サイズの標準だった。

小さいのが標準だったのだ。

これには僕は賛成だ。特に日本人の腕にはこのぐらいがちょうど良いと思っている。

特にロレックスの古いものは、貝のようにプチっと厚みがあり、小さくても存在感がある。

加えてオイスターケースのものならば、昔のものでも他の古い腕時計より遥かに気軽に日常的に使う事ができるのだ。

 

まさに綺麗で頑丈な小さな貝にベルトを通して腕にしたような楽しさが古いロレックスの良さだと思っている。

 

■僕のチビ貝ロレックス

▲このロレックスの文字盤には王冠マークが無い

▲オリジナルの尾錠が付いていて、そこに王冠マークが付いているのが気に入っている

僕のロレックスは’40年代のOYSTER SPEEDKINGという(文字盤に記されている)古いものだ。ケース径29mm、ステンレスのオイスターケースでバブルバックではない小さい地味な手巻きモデルである。

なぜスピードキングという名が付いているのかはよく知らない。

この名が付いているものはケースが小さく、手巻きムーブ、文字盤はセミユニークダイアルと呼ばれ、針は通称ベンツ針と呼ばれるもので、センターセコンドのものが多いようだ。

▲アップで見るとまるで海に沈んだ海賊船みたいにも見える

文字盤には膨大なバリエーションが存在し、コレクター泣かせなのが’40年代ロレックスの特徴でもある。

他にもアスリート、バイセロイ、ロイヤルなど、ケース形状とムーブメントで各種ペットネームが存在する。

僕のスピードキングは、’90年代中頃に購入したものでかれこれ20数年ほどオーバーホールしながら使い続けている。

主に秋から冬にかけて普段の時計として活躍しているのだ。

僕は背丈が165cmで腕も細いので、このぐらいがちょうど良い。

小さいのでシャツの袖口を傷つける事もなく、どこかにぶつける心配も少なく、また貝のような流線形なので、傷も付きづらい利点もあるのだ。

 

思えば、この時計はいつのまにかずいぶん長い付き合いになった。

買った年も正確には覚えていない。

▲1996年に撮影した写真。この頃、購入したはずだが正確な年代は覚えていない。1996年以前であるのは確かだ

もうすっかり自分の生活の一部に溶け込んでいるので普段あまり意識する事がなくなってしまっている。

いくつか持っている他の古い腕時計に比べると、そのへんに無造作に転がっていることも多いが、よく考えたらこんな適当な付き合いができるのも、古いロレックスの良さだ。

僕のプチっと厚い小さなチビ貝は、今日も健気にチクチクと元気なのである。

>> [連載]暮らしのアナログ物語

 

(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。

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