「グレンストック」店主が語る国産革靴の実力と魅力【CRAFTSMANSHIP】
&GP / 2019年3月27日 20時0分
「グレンストック」店主が語る国産革靴の実力と魅力【CRAFTSMANSHIP】
【特集】CRAFTSMANSHIP
日本で古くは装束で身に着ける履物を「沓」。同じく革製を「履」と表記した。明治維新の文明開化、革製西洋靴が入ってくると「靴」となった。まだ歴史の浅い国産革靴だが、今や本家に負けない実力者。その魅力を探ってみよう。
■一工程、一工程、職人がプライドを持って仕事をしている
日本に西洋靴が入ってきたのは明治維新以降。まだまだ150年程度の文化だ。それも軍隊や一部の上流階級の人々が履いたのであって、庶民は文明開化後も長らく草履や下駄を愛用していた。古代エジプトのサンダルをルーツに持つと言われる西洋靴に比べれば、日本製の靴の歴史は短い。
しかし、である。日本人はその短い時間の中で、西洋から輸入された靴をリバースエンジニアリングして、日本人の足にあったものへと変化させてきた。「例えば某高級英国紳士靴は、出来上がるまでに192工程あるんです」と話すのは、東京の港区・六本木で、リペアと併せてオーダーシューズも手がける五宝賢太郎さん。
「この192工程を日本語に置き換えると “手間と手数をかける” ということになります。日本の靴は、どんなにマシンメイドにしても、一工程、一工程に手仕事が入っているんです」
▲五宝賢太郎さん 国立茨城大学で人間工学とプロダクトデザインを学んでいた在学中から、業界では有名な靴職人・稲村有好氏に師事。2009年に自身の靴工房「グレンストック」を設立。リペアと併せて、オーダーシューズの製作も行なっている
靴は製造過程において、工程数を減らすことで値段を安く抑えることができる。しかしながら、そうすることで履きにくく、傷みやすいものになってしまうことがある。海外の工場で作られた靴では、そういった例が多いのだ。
「日本製の2万5000円から3万円を超えるくらいの一般的なビジネスシューズでも、120くらいの工程を経て作られているんです。ところが、全ての工程に手仕事が入っていて、次の工程を受け持つ人がやりやすいようにしています。この職人たちの規律ある仕事で成り立っているんです」
ある程度大量生産される靴で、自分が受け持つのが120分の1であっても、靴職人たちは仕事にプライドを持っているということだ。日本人の美徳と言ってもいいだろう。
■値段の高い靴ほど修理がしやすい
「ところが、そのしっかりした作業がデメリットになることもあります。手間をかけすぎてパリパリの靴が出来上がってしまうことがあるんです」と五宝さん。
“パリパリの靴”とはどういうことなのだろうか。
「革は作っていく過程で伸びて柔らかくなっていきます。しかし、伸びを防ぐために裏に不燃布などを貼ることがあります。それが丁寧過ぎて、何層も重なった細工が施されてしまうんです。そうするとアッパーが硬い、足馴染みの悪い靴に仕上がってしまうことがあるんです。一長一短ですね」
丁寧で、細かな細工が好きな日本人であるが故に陥ってしまう現象だと言っていいだろう。確かに、試し履きのときはぴったりだと感じても、いくら履いても足に馴染まない革靴に出会ってしまった経験がある人もいるはずだ。
「オーダーシューズだとそれがいらないので、革の伸びだけで外はパリッと、中はフンワリという足当たりの良い靴が出来ます。実は値段の高い靴ほど修理がしやすいんですが、例えばオールソールという、靴底を全部交換する修理があります。その際にアッパーのコルクと靴底の間に新聞紙を一枚貼ります。すると次の修理でコルクを傷めることなくソールを剥せるんです。高い靴は、最初からそんな細工が施されているんです」
ある日、五宝さんは英国製革靴のソールの張り替えを頼まれた。依頼者は初めての修理だということだった。が、剥がしてみると…、日本の新聞が貼ってあり、驚きと感動を覚えたという。
「何で日本の新聞だったのかわかりませんが、値段の高い靴は修理しながら長く履いて欲しいという思いなんでしょうね」と五宝さん。
■上手い職人ほど表舞台に出てこないことが多い
そんな五宝さんに、修理職人という目線から今注目する、日本の靴メーカーを尋ねてみると…、「正直、大量生産品は修理がしにくいですね(笑)」と。
「でも、いくつかメーカーさんを挙げるとすれば、ユニオンロイヤルや小笠原シューズですね。それからファッションという点に特化すれば、銀座フタバヤはピカイチです。秋田にある宮崎製靴も素晴らしいものを作っています。あと、オーダーメイドを手がけている、大阪の梅田にあるコバヤシ靴店も、すごくいい作りをしています」
日本の靴作り全体として言えるのはソールを接着剤で貼り付けるセメンテッド製法が上手いのだという。どこも独自のレシピを持っていると五宝さんは言う。
しかし、アッパーと靴底を縫い合わせて作るウェルテッド製法を得意とする職人も日本にはたくさんいる。
「そうなんです、素晴らしい、とてもクラフテッドな職人さんもいるのですが、その人に特化した技術になってしまう。“この人に縫ってもらいたい”という発注になります。そうなると、メーカーも工房も放さなくなってしまいますから、なかなか表には出てこないんですよ(笑)」
今も昔も、全体的に日本人は真面目で実直、そして勤勉だ。そんな気質が、西洋から入ってきた靴文化を自分たちのものとしてきたのだ。自分の足にぴったりと合う、日本製の革靴を探してみてはどうだろうか。
■日本製の靴は、職人達の規律ある仕事で成り立っているんです
「道具も自分で作ります。この針は鋼材から削り出して使いやすいようにしてあるんです」(五宝さん)。靴作りの専門学校に行くと、3針ほど縫うだけで1カ月費やすという。
「ところが2014年にドラマの撮影でご一緒した渡辺謙さんは、初めてで30分の間に7針も。僕のやり方を見ていただけなに、役者さんの集中力はすごいですね」(五宝さん)
「オールソールは、こうやって縁に刃を入れて剥がすと、ミッドソールとア ッパーの縫い目が現れます」(五宝さん)。高い靴ほど作業がやりやすい。
▲奥が1940年代に、豚革で作られた日本の軍靴。手前は同じ年代のイタリア製の靴。日本製はアッパーと靴底を地面にあたる側で縫い合わせているの対し、イタリア製はアウトストレッチで縫製している。
店舗は六本木の賑やかな通りから路地を1本入ったところにある。よく見なければ、ここが靴のリペアとオーダーシューズを手がける店舗だということは気がつかないかもしれない。店内に置かれた機械や道具類はディスプレイではなく、今も現役で使用されている。
グレンストック六本木店
住:東東京都港区六本木5‒16‒19
営:11:00~20:00
休:日曜日
本記事の内容はGoodsPress4月46-57ページに掲載されています
(取材・文/松尾直俊 写真/原地達浩)
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