ザ・ノース・フェイス「Geodome 4」が示すテントの新境地【特集「Go Nature!」】
&GP / 2019年4月23日 19時0分
ザ・ノース・フェイス「Geodome 4」が示すテントの新境地【特集「Go Nature!」】
ザ・ノース・フェイスの球体テント「ジオドーム4」。この画期的なテントは、日本で企画から開発まで行われたものだ。どこにあっても強烈な存在感を放つこのテントはなぜ生まれたのか。開発責任者の話を聞いた。
■「ジオドーム4」は “アートなテント”
「美しくアートなテントを作りたい」
ザ・ノース・フェイスでバックパックなどギア類の企画開発マネージャーを務める狩野茂さんがまず考えたことだ。
2018年春。ザ・ノース・フェイス新商品展示会の会場に突如現れた球体のテントは、たしかに美しかった。ほぼ “球” と言って差し支えない形状。立っているだけなのにあふれる存在感。しかし、誰もが思わず足を止めるそのテント「ジオドーム4」を見て、これがファミリー向けテントだと思った人がどれだけいただろうか。
大人2人と子供2人が寝られるサイズ。慣れれば簡単に立てられる構造。これらの機能性を聞くと、たしかにファミリー向けだと納得できるものばかり。しかし、その佇まいからは、ファミリーという言葉から最も遠い場所にあるモノに感じる。そう、まさに “アートなテント” なのだ。
■ザ・ノース・フェイスの歴史に連なる球体テント
▲株式会社 ゴールドウインザ・ノース・フェイス事業部エキップメントグループ マネージャー 狩野茂さん バックパックを中心に企画開発を担う。山岳用の1~2人用テントは開発してきたが、大型テントは「ジオドーム4」が初。「30年後、50年度にも、あのテントいいよねと言ってほしいですね」
「ジオドーム4」の開発が始まったのは、2015年。ミーティング時に狩野さんが「球形のテントを作りたい」と発表したことがきっかけだった。
「元々ギアっぽいものが好きだったんです。だからテントも好きでした。テントって、なぜか物欲をそそられるんですよね(笑)。4~5年前に山岳用テントは手掛けていたんですが、ちょうどキャンプカルチャーが盛り上がってきたこともあり、ファミリー用のテントが作りたいなと。
でも、ドーム型やモノポールなど、よくあるテントの焼き直しはおもしろくない。“美しくアートなテント” を作りたい。実はその時、頭の中ではすでにジオデシック構造による球体テントがいいなと思い描いていました」
ザ・ノース・フェイスは、これまでも球体のテントを開発してきた歴史がある。それが、創業者の手により生み出された「オーバル・インテンション」と、その発展形である「2メーター・ドーム」だ。
「とはいえ『2メーター・ドーム』はサミットテント(山岳遠征用)。とにかく重くて高価格。これでは普通のキャンプには過剰です。作りたいのは、日本のファミリーキャンプ向けであり、グループやファミリーに使ってもらえる4人用のテントでした」
■サミットテント並の驚異の耐風性を誇る
▲世界的な発明家、バックミンスター・フラーが手掛けたドーム型建築物を掲載した本は狩野さんお気に入りの一冊。何度も開いて見ていたという
テントを作りたいと所信表明した翌2016年の年明けから開発はスタートする。
「最初の構想段階であったのが “家のように立って活動できる天井高を確保したい”ということでした。そこで、ある大学のジオデシック構造に詳しい建築関連の研究室に相談し、一緒に開発することになりました。
『ジオドーム4』は高さが2.1mあります。この数字、実は建築基準法で定められている、居室の室内高2.1m以上というところから決まったものです。キャンプのテントって寝るだけですよね。でも、中で他のこともできるぐらい快適な空間にしたいなと。中に入ると、上に空間が広がっていて開放感があるものがいい。それが2.1mの決め手でした」
ドーム型テントの場合、内部の端は高さがないため、ある意味デッドスペースと化し荷物置き場などになりがちだ。球体であったとしても、半分に切った形では端が使いづらいことにはかわりなく、さらに床面積も広くなる。そこで考え出されたのが、球の真ん中部分よりさらに下で切り取った形だった。
「これなら内部スペースがすべて有効に使えます。しかし気になるのは耐風性でした。丸いテントって転がるイメージがあるじゃないですか。そこで、サンプルをテントポールの世界的メーカーであるDAC社の実験施設に持ち込み、風洞実験を行ったんです。1回目は秒速20mの風で少しゆがみました。2回目は秒速26m。時速でいうと100km近い風圧に耐えたんです。DAC社によると、一般的な遠征用テントで20mを超えると優秀とのことだったので、満足いく結果が出たなと」
■目指したのはiPhone!誰もが簡単に設営できる
▲「2メーター・ドーム」を紹介するパンフレット。PCを持ち込んでいる様子から、山岳遠征のベースキャンプで利用していたことが分かる
耐風性と共に難問だったのが、設営しやすさだ。基本的に風に強くなればなるほど、ポールが増え設営が面倒になってくる。それではファミリーキャンプにはふさわしくない。
「『2メータードーム』はポールを12本使います。これでは立てるのが大変だし、全体の重量も重くなり価格も高くなる。そこで『ジオドーム4』はポールを6本にまで減らしました。縦に通すものが5本と、横に通すものが1本。これなら設営も簡単になるので、ファミリーでも立てられます」
そうして作られた最初のサンプルは、ポールだけで全体のテンション(張力)を保つ構造となった。しかし、設営したテントの生地を押すと柔らかい。もっとパンと張れないものか。そこで考えたのが、デザインのアクセントにもなっている紐だった。
「『ジオドーム4』を見てもらうと分かるんですが、基本的にはサッカーボールと同じ純正32面体を切った形です。五角形と三角形の組み合わせ。この五角形の中心に備え付けのポールを取り付け、面の合わさる場所と紐で結ぶ。
すると五角形の中に三角形が5つできますよね。三角形は増えれば増えるほど強度が上がるんです。この構造にたどり着いたことで、飛躍的に強くなりました。また、インナーテントとフライの間にスペースが生まれて、結露なども防げるようになりました」
しかもこのポールと紐はテント生地に最初から付けられているので、設営時には何もする必要がない。シンプルな設営方法を保ったまま、強度を上げられたのだ。立ててみると分かるが、「ジオドーム4」は想像以上に簡単に設営できる。
「テントを立てたことがある人なら、おそらく初見でも立てられます。iPhoneって説明書を読まなくても買ってすぐ使えるじゃないですか。幅広い層に使ってもらう以上は、そういうものを目指したかったんです」
狩野さんがテントに求める “美しい佇まい”。それを実現させた、テントの可能性を広げる球体型ファミリーテント、それが「ジオドーム4」なのだ。
【球形テントを実現させた科学的アプローチ】
ザ・ノース・フェイスの開発力や技術力の高さを世に知らしめた半球形のドーム型テント。その最新作となる「Geodome 4」に秘められた科学的理論を紐解いていく。
THE NORTH FACE
「Geodome 4」(19万4400円)
大人が立って快適に動ける天井高と、他にはない独創的なデザイン、そして組み立てやすさを持つ4人用テント。フロアは九角形のバスタブ構造だ。5つのメッシュ付き窓とポケットを備える。フロアサイズ:230×218cm、収納サイズ: 73×26cm、重さ11.07kg
■「Geodome 4」を表す3つの数字
1. 高さ2.1m
大人が立っても十分な高さに感じる2.1mは、建築基準法での最低天井高と同じだ。これにより、テントは寝るだけというイメージを覆す、開放感のある居住空間を実現している。また半球ではなくその下まであるため、内部でテントを背にして座れるほど、スペースが有効活用されている。
2. 三角形55個
五角形の中心にポールを備え付け、そこからワイヤーを5本伸ばすことで、五角形から5つの三角形を生み出している。これにより五角形部分の張力が増したが、実は三角形は増えれば増えるほど強度が増すことから、全体の強度アップにも貢献している。「Geodome 4」には全部で55個の三角形がある。
3. ポール6本
縦5本と、横1本の計6本だけで組み上がる。テントポールは交差する部分で上下互い違いの編み込み構造にすることで強度が増すが、このテントでは、ポールを順番にスリーブに通していくだけで、自動的に交差部分が編み込みになるよう設計されている
▲五角形中央のポールにより、フライと本体の間に隙間が生まれ、結露などを防げる。色はサミットゴールドに近いサフランイエローを採用
■ザ・ノース・フェイスの歴史に残る逸品
異才の発明家、バックミンスター・フラーが提唱したジオデシック構造を採用したドーム型テントはザ・ノース・フェイスの象徴ともいうべき存在だ。フラーの唱えるさまざまな理論を用いて作られたテントは、独創的な形状ばかりに目が行きがちだが、実は理に適った構造になっている。その構造をさらに発展させたのが「ジオドーム4」だ。
これまでのドーム型テントは半球状だったが、さらに下に伸ばした形になっている。これは建築物以外ではあまり見ないものだ。もちろんテントでは世界初となる。この新たなチャレンジをわずか6本のポールで成し遂げたのは、ブランドの根底に“DO MORE WITH LESS”というフラーが提唱した考えがあるからだ。
これは “最小限の物質で最大限の効果を得る” という意味で、開発マネージャーの狩野さんによると「ザ・ノース・フェイスに携わっている者全員の根底にある言葉」だという。パーツ数をできるかぎり少なくシンプルにすることで、軽量化を図り、さらに立てやすさまで実現している。
「パッと見、特殊なものに見えるかもしれませんが、実はさほど特殊なものは使っていないんです。フラーの考えをしっかり反映させ、唱えた理論を取り入れた結果がこのテントなんです」
当然ながら簡単に作り出せたものではない。試行錯誤を重ね、6回も試作品を作り完成させたテントは、強度、軽さ、居住性、立てやすさ、どれをとっても申し分ない仕上がりになっている。そして、しっかりとフラーらしさにあふれている。
「元々テントが好きなんです」と話す狩野さん会心の作品は、ザ・ノース・フェイスの開発力の高さを証明する歴史に残る逸品といえるだろう。
■「Geodome 4」を読み解く5つのキーワード
▼バックミンスター・フラー
“20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ” の異名を持つアメリカの発明家。自身が考案したドーム状の構造物 “ジオデシック・ドーム”は、フラードームとも呼ばれる。
▼イコシドデカヘドロン
20枚の正三角形と12枚の正五角形からなる立体のこと。サッカーボールの構造も基本的にはこれにあたる。「Geodome 4」は下部約1/3を切り取った形だ。
▼ダイマクション
フラーが発明したコンセプト “より少ないものでより多くを成す” ものの名称。「Geodome 4」は、たった6本のポールで空間を生み出せる設計となっている。
▼テンセグリティ
連続した張力と、連続しない圧力の相互作用で整合性を維持する構造のこと。フラーが提唱した概念で「Geodome 4」のワイヤー補強構造がこれにあたる。
▼ジオデシック
平面あるいは曲面上の任意の2点を結ぶ最短距離のこと。フラーは正十二面体型ドーム構造の特許を取得しており、数多くのジオデシック・ドームを製作した。
【THE NORTH FACEが誇るドームテントの歴史】
1960~70年代のアメリカで起こったドーム型住宅の流行。「簡素な素材で作れるドームに住んで簡素な生活をしよう」という考え方により生まれたこのムーブメントに呼応して開発されたのが、ザ・ノース・フェイスの将来を決定付ける大ヒット商品「OVAL INTENTION」だ。この独創的なドーム型テントは、その後も理念を受け継いだモデルを誕生させ、開発力の高さをアピールする存在となっている。
1975年
「OVAL INTENTION」
世界初のジオデシック構造を取り入れたテント。ザ・ノース・フェイス創業者であるケネス “ハップ”クロップ をはじめとする3人の若きスタッフによって生み出された。1976年には英加合同のパタゴニア遠征にも使われている。
1984年
「2 METER DOME」
「OVAL INTENTION」の成功を受けて作られた半径2mの大型テント。ヒマラヤ遠征をはじめ、現在も多くの山岳遠征などのベースキャンプで使われている。フライの黄色(サミットゴールド)は遠征用製品にしか使われない特別色だ。
2018年
「Geodome 4」
ジオデシック構造とテンセグリティ理論を改善し生み出された最新ドームテント。これまでの2つとは異なり、半球形ではなく半分より下まで使うことで、かつてない広さと、小型ながらも変わらぬ高さを実現している。日本企画の製品だ。
本記事の内容はGoodsPress5月60-63ページに掲載されています
(取材・文/樋口拓也 写真/園田昭彦<人物>)
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